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私と殿下の5年間とこれから

 殿下と出会ってから早くも5年が経過した。

 この5年間、私は殿下の誤解を解くことを中心に頑張った。

 だが、すべて殿下の変態ぶりに玉砕することとなった。

 私がなにをしても、殿下は思いもよらぬ方向に受け取るのだ。殿下は手強かった。


 しかし、殿下が変態(ドエム)となるのは私と二人きりの時だけ。

 公式の場や人目がある場所では、皆の憧れの王子様という鋼鉄の仮面を被っている。

 殿下にうっとりとした視線を送る令嬢たちに、騙されるな、と声を高々にして叫びたい。

 とても優しくて紳士な理想の婚約者というのは殿下の外面であって、本性はただの変態(ドエム)なのだ。

 あの顔でうっとりとした視線で「殴ってくれ」と言われる私の身にもなってほしい。


 そして、誠に不本意ながら、私たちはとても仲の良い婚約者として社交界に知れ渡っている。

 それもこれもあの殿下(へんたい)のせいだ。

 人目のある場所で、私にベタベタとくっつき、「王太子は婚約者にベタ惚れ」という風評を植え付けた。

 お蔭で王宮では私たちが二人そろって歩いているだけで微笑ましそうに見られるようになった。誠に遺憾である。

 殿下が私に執着するのは、私から無意識に出るドS発言ゆえなのだ。

 決して、決して、恋愛感情があるからではない。断じてそれはない。

 少なくとも、私は一切そんなものは持ち合わせていない。


 そうだとも。

 例え前世でイーノス押しだったとしても、それはあくまで二次元のキャラクターとしての彼が好きだったのであって恋ではないし、現実(リアル)として恋をするのとはまた別物なのだ。

 ただ、5年も一緒にいる相手だ。恋ではないけれど、信頼関係は築けていると思う。

 いずれ婚約破棄されるとわかっていても、私は彼が嫌いではない。

 ヒロインに惚れて婚約破棄をされたとしても、私はきっと彼を嫌いにはなれない。

 5年間、彼を傍で見てきたのだ。嫌なところもそうでないところも、知ってしまった。

 そんな相手を嫌いなれるほど、私は薄情ではないのだ。残念なことに。



 この5年間で、私たちは成長した。

 殿下は言葉遣いを変え、一人称を“私”に改め、より王太子らしくなった。

 そして変態(ドエム)度合も高まった。…実に残念なことに。

 私が冷たく彼を見据えるだけで、それだけで彼へのご褒美となるのだ。

 もうなにをしたらいいのかわからない。

 殿下に嫌われよう作戦は完全に失敗に終わったのだと認めざるを得ない。


 私は、といえば、まあそれなりに公爵令嬢として、次期王妃としての人脈作りや王宮作法など仕方を勉強し、より貴婦人らしくなったと思う。

 ゲームのエドウィーナがそうであったように、体も大分成長して、ボン! キュッ! ボン! と世の女性が羨むナイスバディへと成長した。

 この成長が一番大きかったな…うん。


 そして、なぜか。そう本当になぜなのかわからないけれど、私はとある一部の令嬢たちに「お姉様」と呼ばれ慕われている。

 慕われている、というよりも崇拝されているという感じに近いが、とても慕ってくれているので私としては嬉しい。

 悪役令嬢たる所以か、私は人に遠巻きにされやすいのだ。そんな中で私を慕ってくれる彼女たちはとても可愛い。

 そんな彼女たちと一緒にいるのは楽しいのだけれど、彼女たちはたまによくわからない会話をする。


「お姉様と殿下は今日も仲良しね…」

「殿下が羨ましいわ、お姉様とあんなにくっつけて」

「殿下はお姉様に罵られたりされているのかしら。ああなんて羨ましい…」

「殿下のその場所(ポジション)を変わってほしいわ」

「でもだめね。殿下はお姉様にご執着なさっているから…わたしたちはお二人の仲を見守りましょう」

「そうね、お姉様は鈍感だから…お二人を見守るのは楽しいわ」


 などなど…実によくわからない会話をしているのだ。

 そんな彼女たちが熱い視線を送るのは、殿下に、ではなく私の兄に、である。

 殿下は彼女たちにとってはアウトオブ眼中なのだ。

 聞いても、「殿下? 殿下はお姉様のものでしょう?」と返されるのだ。

 殿下は私のものではない、と言っても笑って取り合ってくれない。


 そんな彼女たちは遠巻きに殿下ではなく、お兄さまを見つめ、うっとりとする。


「ああ…ダミアン様、素敵…。その穏やかな顔で罵られるところを想像すると…」

「ああだめっ…! ぞくぞくしてしまうわ…」

「あの瞳に冷たい目で見つめられて『この汚らしい雌豚め』と言われたい…」


 と、こんな会話をする。

 彼女たちはMの素質を持った令嬢たちのようである。

 なんで私の周りはこんな人しかいないのだろうか。

 呪いなんだろうか。転生したときにチートの代わりに呪いでも授かったんだろうか。

 実に謎だ。




 そして、私たちは15歳の誕生日を迎えた。

 来年の春には、ゲームの舞台である魔法学園に入学をすることになっている。

 王立の魔法学園は実力主義で、実力さえあれば平民だろうと入学することができるところだ。

 それゆえに、有能な若者を輩出することで有名である。

 有能な若者が集う場所であるがゆえに、将来有望な人材に取り入ろうとする貴族や出世しそうな人物の妻になろうとする令嬢たちも集う。

 様々な思惑が絡み合いながら、魔法や学問を学ぶ場所。それが王立魔法学園である。


「エドナ、これからは毎日逢えるな」


 微笑みながら私を見つめて言う殿下に、私は淑女らしい微笑みを作るのに少し苦労して答えた。


「そうですわね」

「ふっ…学園生活が楽しみだ」


 それには同意できない。

 なぜならそこで殿下はヒロインと出会い、私は破滅への道を歩むことになるのだから。


 ―――処刑だけは、絶対回避してやる。


 国外追放なら、なんとかなるだろう。

 幸いにも私は魔法の素質があり、その魔力量も通常の人よりも多いことが判明している。

 ここで魔法の知識を学び、国外追放をされたあとは、魔法を用いて生計を立てる。

 魔法さえ使えればなんとかなる。と、聞いたことがあるのでこれを信じたい。


「だが、少し残念なこともある」

「残念なこと、ですか? 殿下のその性癖以外に残念なことがありまして?」

「…さりげなく私を貶す君も素敵だが。こうして、二人きりでお茶を飲むことができなくなるのが残念だな」


 王立魔法学園は全寮制。男子寮と女子寮に別れており、お互いを行き来することは特別な許可がなければできない。

 たとえ王太子殿下であってもその規則は適用される。

 ――私は別に殿下と二人きりになれなくても構わないけどな!

 なんて言えるはずもなく、私はなんの感情も込めず、顔には笑顔を張りつかせて「ソウデスワネ」と言っておく。


「心にも思っていないことを笑顔で告げるエドナもつれなくていいな…」


 私は殿下に笑みを向けたまま、殿下を無視してお茶を口に含む。

 しかしそれすらも殿下は嬉しそうに見つめるのだ。

 完全に病気だ。誰かコノヒトの病気を治して!



 しかし、相変わらず変態(ドエム)な殿下の様子に私は少しだけ、ほんの少しだけ安心感を覚えた。



 ―――――そして、ゲームの幕が開く。







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