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僕の初恋のきみ

イーノス視点の、エドナとの出逢いの話です。

 この国の王太子として生まれた僕は、その役目を果たすために淡々と生きてきた。

 勉強も礼儀作法も剣術や魔法も、王太子として必要なものだから覚えた。

 教えたれたことは忘れない。ただそれだけなのに、周りの人間は僕の事を優秀だと褒め称える。

 ただひたすらに王太子としての役割を果たす、なんの面白味もない退屈で窮屈な日々。


 そんな日々を冷めた目で過ごしてきたある日、父が婚約者を選びなさい、と言ってきた。

 はっきり言って、婚約者など誰でもいい。僕の邪魔にならず、ただそこにいるだけならば。

 だが父は、なんの我が儘も言わず淡々と王太子としての役目を果たしている僕に、せめて婚約者くらいはある程度自由に選ばせてあげようと考えているらしい。

 その日から僕は婚約者候補の令嬢たちと日替わりで会うことになった。


「殿下にお会いできてとても嬉しいですわ」

「わたし、殿下のことを以前から素敵だな、と想っておりましたの」


 同じような台詞を言う令嬢たち。

 僕は愛想笑いを浮かべ、「ありがとう」と答える。


 つまらない。

 どの令嬢も同じような話ばかりで代り映えしない。

 これは誰を選んでも同じだな、と顔には笑顔を張り付けたまま、冷めた目で彼女たちを見ていた。


 どうしようか。誰を選ぼうか。


 そんなことを考えながら、最後の1人であるフィルポット公爵令嬢に逢うため、僕はゆっくりと王宮内を歩く。

 どうせ彼女も他の令嬢たちと変わらないだろう―――

 そう考えて、憂鬱になる。

 また夢見がちな話や自慢話を聞かなくてはならないのか。面倒だ。

 そんな思いをすべて笑顔の下に押し隠し、彼女と対面を果たした。


 一目見た彼女の印象は、彼女なら僕の隣に並んでも遜色しないな、という自惚れたものであった。

 美しい銀糸のような緩く巻かれた銀髪も、葡萄酒のように深みのある紅い瞳も、僕とは対照的な色合いで美しい。

 笑顔を浮かべて彼女を見ると、なぜか彼女は僕の顔を見て呆然としていた。

 そしてそのまま固まった。


 どれくらいそうしていただろう。僕は顔が引きつり出すのを感じた。

 彼女の父であるフィルポット公爵が彼女を催促して、彼女はようやく動き出した。

 にこり、と淑女らしく控えめに微笑み、彼女はどこかの教本に載っているお手本のような綺麗な一礼をした。

 さすが公爵令嬢だ。教育が行き届いている。


「……大変失礼致しました。わたくしはエドウィーナ・シャルル・フィルポットと申します。イーノス殿下にお会いできて光栄ですわ」


 そう僕に挨拶をした彼女は、今までに会ってきた令嬢たちとは違い、僕に媚を売ったり、気に入られようとする気配がない。

 話をしても自慢話などは一切せず、ただ黙って僕の話を聞き、時には相槌を打つ。ただそれだけだった。


 彼女なら面倒臭くなくていい。

 婚約者は彼女にしよう。

 僕は笑みを浮かべたまま、この時点でそう決めていた。


 彼女と二人きりになると、彼女は僕を見つめ、先ほどまで浮かべていた淑女らしい微笑みを捨て、傲慢そうな笑みを浮かべた。

 顔にこそ出さなかったが、彼女の豹変に内心、戸惑う。

 なんだ?


「ふーん……貴女が噂の完璧な王子様でしたのね?」


 そう言って僕を不躾に見つめる彼女。

 “完璧な王子”―――それは、どんな時も微笑みを崩さず、冷静に判断を下す、なんにおいても優秀な成績を修める僕に付けられた綽名だった。


「でも、存外、容姿は普通ね」


 僕は彼女に言われた一言が、信じられなかった。

 とても美しい容姿だと、母にそっくりだと、そう褒められ育てられた僕にとって、衝撃な一言だった。

 僕は、なんにおいても優秀。身分も、容姿も、性格も、能力も。すべて優秀だ。

 そう言われて育てられた僕は、自分は普通の人とは違うのだと思い込んでいた。

 そんな中、彼女に言われた“普通”という言葉。


「……ふつう?」

「ええ、そう、普通だわ。貴方はわたくしには似合わないわね」


 フン! と鼻を鳴らし、僕に勝ち誇った笑みを浮かべる彼女。

 そんな彼女を見て、僕は猛烈に恥ずかしい、と思った。

 彼女は僕と並んでも遜色がないなどと、なんて自惚れたことを考えていたのだろう。

 彼女は美しい。

 ――――そう、僕なんかよりも、よほど。


「どうすれば、君に似合うようになるんだ?」


 気づけばそう口にしていた。

 彼女は頬に手を当て、「そうねぇ…」と考え込む。

 そしてにっこりと美しく微笑み、僕に告げた。


「わたくしに跪きなさい。貴方がわたくしの従者になればよいのよ。王子様よりも従者の方が貴方にはお似合いだわ」


 クスクスと嗤う彼女。

 僕はぞくり、としたものを感じた。

 なんだろう、この感じは。

 はっきり言って、屈辱だ。王子よりも従者の方がお似合いなどと、不敬だ。


 ―――だけど。


 ぽつり、と呟いた僕に、彼女は少しその美しい眉をしかめ、「なにか仰いまして?」と尋ねた。


「初めてだ……こんな屈辱……」


 そう呟いた僕を、彼女は面白そうに見つめる。

 その瞳には冷たい色が宿り、ぞくぞくとした。

 なんだ、この感じは。


「すごく屈辱なのに……なんだこの気持ちは。君になら、もっと罵られてもいいような気がする……」


 彼女は怪訝そうな顔をして、僕を見つめた。

 その瞳に、またぞくりとした快感が全身を駆け抜ける。

 ―――ああ、もっと…。


「……なにを仰ってるの? 貴方、頭がおかしいのではなくて? 医師の診察を受けることをお勧めするわ」

「……もっと」

「はい?」

「もっと罵ってくれないか」

「はぁ?」


 信じられないようなものを見る目で僕を見つめる彼女。

 その瞳から、目が離せない。

 彼女になら、跪いてもいい。そう思えた。


「僕は君だけに跪こう。王子としてではなく、ただのイーノスとして。僕は君のもの。そして君は僕のものだ」


 彼女の前に傅き、彼女の白い小さな手を取り、その甲に口づける。

 呆然としてそれを見つめる彼女に、僕は快感を覚える。


 彼女になら、罵られるのも嫌ではない。むしろ快感だ。

 ―――だけど。


 矜持の高そうな彼女。そんな彼女を僕が独占できたら?

 その瞳に、僕だけを映すことができたならば。


 なんて、素晴らしいのだろう―――




「君はもう、僕から逃げられない」


 こうして僕――イーノス・ジェド・ロッドウェルは恋に、堕ちた。






イーノスがドMと化すのはエドナに対してだけです。


拍手をこっそり設置しました。

拙い絵が出迎えます。嫌いな方はご注意を。

現在、小話は他の連載作品のみとなっております。

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