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私と兄と殿下

 私の兄、ダミアン・ディヴ・フィルポットはゲームの攻略対象者である。

 妹の私とは違い、父そっくりの容姿を受け継いだ兄は、とても柔和な顔立ちをした、私とは正反対の見目麗しい容姿だ。

 サラサラの銀髪。若葉のような翠の瞳。

 常に控えめな笑みを浮かべた温和なひと。それが私の兄である。

 兄は私と二つ違いで、現在は12歳。

 しかし、これくらいの年齢の2歳差というのは大きいもので、私の目から見て、兄はとても大人のように感じる。


「エドナ?」

「あ。ごめんなさい、お兄さま。少し考え事をしていたら、足が止まってしまって…」

「考え事? なにを考えていたんだい?」

「ないしょですわ」


 私が意地悪くそういうと、兄は眉を下げて悲しそうな顔をする。


「連れないな、エドナ。俺に教えられないようなことを考えていたの?」

「それもないしょです」


 ニヤっと兄に笑いかけると、兄も一瞬だけ表情を緩めたあと、すぐに厳めしい顔を作る。


「…もしかして、イーノス殿下のこと?」

「…殿下のこと、といえばそうなような…違うと言えば違うような…」


 私が真剣に悩んでいると、お兄さまは眉間に皺を寄せた。


「あの駄王子め…俺のエドナの心を独占するなど百年…いや、一万年早い。この罪、どう裁いてくれようか…」

「……お兄さま?」


 何やら不穏なことを呟く兄に、私は固い表情を浮かべた。

 兄は私を見てにっこりと笑い、大丈夫だよ、と言う。

 なにが?


「エドナ。殿下に嫌なことをされてらすぐに言うんだよ? 俺が倍返しにして報復してあげるから」

「お、お兄さま…」


 にこにこと、害意とは無縁そうな笑顔をしながら、口では不穏なことを呟く兄に、冷や汗が出た。

 兄であるダミアンは、一見温和だが、その本性はSなのである。

 これは完全に母譲りだろう。

 しかし兄は、好きな人を物理的に虐め倒す母とは違い、笑顔で無茶ぶりを押し付け精神的に追い詰めることを好む鬼畜なのである。

 兄に目をつけ…いや、気に入られた物はげっそりと痩せ細るか兄の忠実な(しもべ)…ではなく友人となる宿命(さだめ)なのだ。

 そしてどうやら私のせいで、殿下は兄の餌食(ターゲット)になったようである。

 私は殿下に心の中で手を合わせた。憐れ、殿下。殿下に幸あれ。


 しかし、これでドMな殿下も満足できるだろう。

 なにせ、正真正銘のドSに目を付けられたのだから。


 とにかく、これで私のお役目御免ね! よっしゃー!

 お兄さま、ありがとう!





 ……なんて、思っていた時もありました。

 今はもう遠い昔の話だけど…。

 私は目の前で、いつもよりご機嫌な様子で座りお茶を飲んでいる殿下を見て、遠い目をした。


「どこを見ているの、エドナ?」

「…ないしょです」

「僕に隠し事をするの? ああ…焦らしているんだね?」

「違います。それは殿下の勘違いです」

「ふふ…焦らされるのも嫌いじゃないよ、僕は」

「焦らしていません」


 私の主張を無視し、殿下はにっこりと微笑む。

 人の話を聞け!


「だけど、ね、エドナ」

「…なんでございましょう」

「僕と一緒にいる時は、僕以外の誰かを見つめたりしてはいけないよ」

「…なぜですか?」

「なぜかって…それを聞くの?」


 ぐっと殿下が私の方に身を寄せ、妖艶な笑みを浮かべた。

 これが10歳児だと…? 今でさえこんなに妖艶なのに、ゲーム始まった時になったらどうなるんだろう…?

 怖いような、楽しみなような、複雑な心境である。


 正直に言おう。

 私は前世で、イーノス押しだった。

 イーノスのスチルに何度悶えたことか…! イーノスルートは何回も攻略した。

 バットエンドもトゥルーエンドも何回も見た。

 何回も見たが、何回見ても同じように悶えた。


 性格こそゲームとは違い残念な殿下ではあるが、容姿はゲームのままなのである。

 そんな殿下の妖艶な笑み。ああ、早く大きくなった殿下のその笑みを見たい…!

 今でさえこうなのだから、ゲーム開始時の殿下はもっと凄まじい威力のある笑みを放ってくれるに違いない。

 楽しみだなあ…。


「エドナ?」


 殿下の声に私はハッとする。

 いけない。どうやら空想の世界へ旅立っていたようだ。

 私は取り繕うように笑みを作りかけたところで固まった。

 殿下の顔が私のすぐ目の前にあったのである。

 まさに目と鼻の先という距離。


 ち か く ね ?


「君が僕以外を見つめることは許さない。なぜなら、君は僕のものだから。僕以外を見つめてはいけないよ、わかった?」

「あ、あの…わかりました。わかりましたから顔を…」

「本当に? 本当にわかっている?」


 しつこいわぁ! わかったから顔離してよぉ!

 と言うのを堪え、私はコクコクと頷く。

 その時、穏やかな声が背後から聞こえた。


「お取込み中、失礼致します、殿下」


 後ろを振り返れば、控えめな笑みを浮かべたお兄さまが立っていた。

 殿下はお兄さまを見つめ、いつものアルカイックスマイルを浮かべた。


「やあ、ダミアン。僕に何か用? ああ、それとも、エドナに?」

「殿下に頼まれていたものが出来ましたので、ご報告に」

「ああ、そう。ありがとう、助かった」

「いえ」


 普通の会話、である。

 そう、一見普通の会話なのに、なぜか、寒い。

 殿下と兄の間の空気がやけに冷たいのだ。

 殿下と兄を交互に見つめた私は気づく。

 いつも控えめな笑みを浮かべている兄だが、その目は笑っていないことを。

 そして、その瞳が不本意そうな色を宿していることを。


 ……この二人になにがあったんだろう?


 そういえば、兄は報復するとかどうとか言っていたが、あれはどうなったのだろう。

 殿下と兄の様子を見る限り、報復はまだしていないか、失敗に終わったかのどちらかだろう。

 どっちだろう…兄の様子からして、後者の可能性が高い気がするけど。


「この間は楽しかったよ、ダミアン。君と仲良くなれて良かった」

「…そうですか。俺も殿下と親しくさせて頂けるようになって、光栄です」


 兄は苦虫を百匹くらい噛んだ顔をしてそう言った。

 表情を取り繕わない兄は珍しい。そんな兄を、殿下は相変わらずの考えの読めないアルカイックスマイルを浮かべてみている。


「……このクソ王子め…いつか絶対泣かせてやる…」


 兄が殿下に聞こえないくらいの小声でそう呟いた。


 ……本当に、この二人の間になにがあったんだろう?






エドナは知らないのですが、フィルポット公爵家はドSの家系です。

エドナに父は公爵家に婿入りしたのでSではありません。

エドナ以外は大体知っている事実。エドナのドSの起源はここに!


そして今回エドナのドS発言がないという…(汗)


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