私と殿下2
それから私は、殿下と顔を合わせるたびに顔を引きつらせる羽目になった。
誰かがいればいいのだが、二人きりになった途端、殿下は天使のような王子様ではなく、ただの変態と化すのだ。
「エドナ?」
「なんでございましょうか、殿下」
「今日はなにをしてくれるの?」
にっこりと天使のような笑みを浮かべなら私に話しかけるイーノス殿下。
思わずうっとりと見惚れてしまうほど、その笑顔は愛らしい。
―――私以外の人間から見ればな!!
しかし、その本性を知っている私は、そんな笑顔に騙されない。
「なにをしてくれるの?」のナニは、10歳児がするナニではない。
「ナニとは、なんでございましょう?」
「それは、もちろん」
更に笑みを深めて、ヤツは言った。
「僕を罵る方法に決まっているでしょう?」
……はい、変態発言頂きましたー!
ご馳走様です。もうお腹いっぱいなのでお帰り下さい。
なんて、言えるはずもなく。
私は顔が引きつらないように表情筋を総動員させ、微笑みを貫き通す。
「…嫌ですわ、殿下。殿下を罵るなんてそんな恐れ多い……」
「おかしいなあ。初めて会った時、『顔は普通』とか『わたくしに跪きなさい』とか『頭がおかしい』とか結構なことを言われた気がしたんだけどなあ?」
「ぐっ……それは…その。き、きっと殿下の空耳でございましょう。あらやだ殿下、妄想癖があるのですね? わたくしがそんなこと言うわけないでしょう」
オホホホホと扇で口元と覆い、私は笑ってみせる。
しかし殿下はにこにことした笑みを浮かべ、「本当にそうかな?」と呟く。
「僕、あの時結構プライド傷ついたんだよね…仕方ない、それを今から父上に…」
「殿下、お待ちになって。早まってはなりませんわ」
慌てて私が殿下を引き止めると、殿下は期待した眼差しで私を見つめた。
「それじゃあ、罵ってくれるよね? 僕をこんな風にしたのは君のせいなのだから」
そう言って微笑む殿下は10歳児には思えないほど妖艶だった。だが、私は恐怖しか感じない。
私は顔を青くしながら、殿下を罵る方法を懸命に考える。
一生懸命考えていると、殿下がふと思い出したようにポンと手を打つ。
「…ああ、そういえば。エドナにプレゼントがあるんだった」
「プレゼント…ですか?」
私が首を傾げると、殿下は懐から何かを取り出し、私に差し出す。
「はい、これ」
「ありがとうございま……!?」
素直にプレゼントを受け取った私は、そのプレゼントを見て固まる。
殿下が私のために用意したもの。
それは――――
「殿下」
「ん? なに?」
「わかっているのですが、一応念のため確認してもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「これは…鞭、ですわよね?」
「うん、そうだね」
「馬を叩く、あの鞭ですわよね?」
「うーん、これは馬を叩くためのものではないけど、まあ、同じものかな?」
「そうですか」と私は笑顔を引きつらせた。
色々ツッコミたい。
馬を叩くためのものじゃない鞭って、馬を叩く以外に鞭って使い道があるのですか、とか。
そもそもなぜ鞭を私にプレゼントしようと思ったのですか、とか。
いや、わかっている。
皆まで言わずとも、わかっている。
きっと殿下はアレをお望みなのだろう。
そう、いわゆる、SMプレイ、というやつだ。
そう思い至った私はぞわりと鳥肌が立つのを感じた。
―――やばい。これは本格的に、やばい。鞭なんて使ったら、殿下だけではなく、私も危ない道を渡ってしまう…!
鞭を使うことだけは絶対しないようにしよう、と私は心に決めた。
「ああ、それ、魔法道具だから。肌身離さず持っているように」
「え? なぜですの?」
「なぜって? 君がどこにいるかすぐわかるようにするため、だよ?」
「……左様ですか」
何も言う気がしなくなった私は、鞭をどこに隠し持てばいいのだろう…と悩む。
スカートの中に隠すしかないか。
こんなもの隠し持っていることがバレたら、ただでさえ悪役顔をしていて勘違いされることが多いのに、もっと勘違いをされてしまう。
何か企んでいるとかまあ、その辺りの勘違いなら許せる。
だが、殿下のようにドSだと勘違いされるのは勘弁願いたい。
「それで、エドナ?」
「はい」
「いつになったら罵ってくれるの?」
期待するように私を見つめる殿下に、思わずたじろぐ。
ああ、やめて! そんなに期待した目で私を見ないでぇ!
「……なんて汚らわしいのかしら。そんなにわたくしに罵られたいの?」
何かのスイッチが入ったように、私の口からそんな言葉が勝手に飛び出した。
ちょっと待て、何を言っているんだ私!?
焦る内心とは裏腹に、口元を扇で覆い、嘲笑うように私は殿下を見つめた。
「そんなに言うなら、そうねぇ…」
私は部屋を見渡し、そして手に持っている物を見て、微笑む。
「これであなたを叩いてしまいましょうか?」
パシン、と先ほど殿下から頂いた鞭で床を打ち付ける。
そんな私の姿を、殿下はうっとりと見つめた。
なに言っちゃってるの私―!?
そんな私の心の叫びなどお構いなしに、私の口からはドSな言葉が飛び出す。
「ふふ…叩いてほしいのね? でも、叩いてあげないわ。叩いて欲しがっている人を叩いても、面白くないもの」
ふふふ、と笑う私はどこからどう見ても悪役だろう。
どこからこのドS発言が出てくるのだろうか。
いや、私の口からだってわかっているけれども。
私の内心の葛藤を知ってか知らずか、殿下は愉快そうに微笑む。
「やはり、君は面白いな。君を婚約者に選んで良かった」
満足そうに、殿下は呟くのであった。
朝から変態な話ですみません…。