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私とヒロイン3

 私が普段通りに歩く。しかし周りはざわざわとうるさい。

 ただ歩いているだけなのに、なぜ周りはこれほどざわめくのか?

 答えは私のすぐ隣にある。


「バーナーズ、君ちょっとエドナにベタベタし過ぎなんじゃないか?」

「そうですか? 気のせいだと思いますけど」

「いや、絶対に気のせいではない」

「殿下、男の嫉妬は醜いですよ?」

「私はただ婚約者が迷惑をしているんじゃないかと気遣っているだけだ」


 私の右隣には殿下が、左隣にはアシュレイが陣取り私の両脇を固めている。そして私を挟んでのにこやかな舌戦を繰り広げる。

 ……勘弁してくれ。ただでさえ、有名な二人に囲まれて周りがうるさいのに、それ以上に隣がうるさい。

 不意に私が立ち止まると、両隣に並ぶ二人が不思議そうに私を見つめた。


「エドナ? どうかしたのか?」

「エドナ様? どうしたんですか?」


 全く同じタイミングで言う二人。

 二人は互いの顔を見合わせ一瞬だけ険しい顔を浮かべたあと、にっこりと微笑み合う。しかし、その笑顔は恐い。

 だがしかし、私は二人以上に迫力のある(と思われる)笑顔を二人に向けた。


「お二人とも、黙って下さらない? 耳障りだわ」


 そう言い放った私を、二人はとても嬉しそうに見たあと、わざとらしく、しゅん、とした表情を作る。


「だが、エドナ」

「わたくしの言うことが聞けないの? あなた方についている耳は飾りなのかしら」


 今日も私の口は絶好調にドS発言をしてくれる。今だけはこのドS発言を勝手にするこの口が有難い。

 まあ、あの二人(へんたい)にはただのご褒美かもしれないけどね。

 案の定、二人はうっとりとした目で私を見ている。

 この変態どもめ!



 アシュレイが私の下僕(自称)になってわかったことは、彼女が私の想像以上に優秀だということだった。

 アシュレイは私のためにくるくるとよく動く。それがこの上なく絶妙なタイミングで、私が指示を出す前に動いてくれるため、なにかと便利だ。

 そしてアシュレイはほぼ私の傍にいるせいか、以前のような嫌がらせを受けることが少なくなったようだ。

 私は楽ができて、アシュレイは嫌がらせが減る。まさに一石二鳥。


 そんなアシュレイは時々わざとらしく間違える。

 例えば「ミルクティーを淹れてきて」と頼んだとしよう。するとアシュレイはストレートティーを持ってきて、「申し訳ありません、間違えてしましました…!」と私に謝る。

 私が「まあ、いいわ」と言うと、彼女は「え?」と顔を青ざめるのだ。そして私に縋り付き、叫ぶ。


「なぜですか、エドナ様! なぜ私を罵ってくださらないのですか!」


 …彼女が私に望んでいることがわかりすぎる発言である。

 つくづく殿下と同じ属性(ドエム)だなあ、と実感する。呆れはもうすでに通り越した。



 殿下と平民で成績優秀の美少女の変態(ドエム)コンビに両脇を固められた私は噂の的である。

 いったいエドウィーナ様はなにをしたんだ、と疑惑の目で見られる日々だ。


 なにもしてませんよ? ええ、普通に接しただけですけどなにか。

 フツーに接しただけなのになぜか懐かれたんですよ、私はなにもしてない。


 殿下とアシュレイは私を挟んで舌戦を毎日のように繰り広げている。それも笑顔で。

 傍から見れば仲良くお喋りを楽しんでいるように見えるかもしれないが、交わされている会話は殺伐としたものばかりだ。

 舌戦と繰り広げるのは構わない。だけど私を挟んで舌戦をするのはやめてほしい。

 やるなら私のいないところでやってください。


 そんな殿下とアシュレイだが、私のいないところでは二人でなにやら楽しそうに話をしている姿を見かけるようになった。

 私はそんな二人の姿を見かけるたびに、“破滅エンド”の文字が脳裏をよぎる。

 このまま私はゲームの通りに婚約破棄をされ、断罪されるのだろうか。




 そんな思いを抱えたある日、私は殿下に呼び出された。

 そして―――


「婚約を破棄させて貰う」


 そう、言われたのだ。

 この展開は予想済み。だけど少しだけ、殿下は婚約破棄をすることはしないのではないか、と期待していた自分がいて、そんな自分が裏切られたと叫んでいる。

 だって、殿下はあんなに私に執着していたのに。

 確かに最近は殿下と一緒にいる時間が激減した。けれど会えばいつも通りだった。

 だから、油断したのだ。

 私、いつの間にこんなに殿下を信頼していたのだろう―――


 出逢った当初から、婚約破棄されることを知っていたのに。


 私は大きく息を吸い込み、ざわめく自分の心を落ち着かせる。

 そして、口を開く。


「……わかりましたわ。ですが、罪を受けるのはどうかわたくし一人だけに―――」


 両親やお兄さまに迷惑を掛けないようにしなくては。

 そう思い、口にしようとした私の言葉を彼女が遮る。


「どういうことですか、殿下! これでは話と違います!」


 顔を真っ赤にして殿下を睨みつけるアシュレイ。

 んん? なにこの展開?

 私はこの展開についていけず、呆然と成り行きを見守る。


「……おかしいな。ここではエドナから『わたくしを裏切るなんて良い度胸ね!』と言われて罵られるはずだったのに……計画が狂ったな」

「計画が狂ったな、じゃないですよ! 折角、私が協力して大掛かりな幻まで作ったのに!! これじゃあ私の働き損です! エドナ様から罵られるためにこんなに頑張ったのに」

「何を言うんだ。私だって頑張ったんだぞ? 人避けをしたり、現実感を出すために状況証拠を作ったり」


 ……二人の会話の意味がさっぱり理解できない私は馬鹿なのだろうか。それとも二人の会話が異次元すぎるだけなのだろうか。

 後者であることを願いたい。

 私は戸惑ったまま、状況説明をしてもらおうと口を開くと逆に質問される。


「エドナ、なんで罵ってくれないんだ!?」

「エドナ様、なんで罵ってくれないんですか!?」


 まったくもって、この状況が読み込めない。

 やっぱり私が馬鹿なのだろうか?

 罵ればいいの? そうすれば説明してくれるの?

 ならば、罵ってやろうではないか。


「……わたくしの話を聞いていて? これはどういうことなのか、と聞いているのだけど」


 私は幼い頃に殿下に頂いた、今ではすっかり愛用している鞭を取り出し、床にパン! と叩きつける。


「あなた方は馬鹿なのかしら。わたくしの言葉もわからないの? わたくしの躾が足りなかったのかしら? ならば、躾をしなくてはね…ふふ。どんな躾が良いかしら。やっぱり、鞭で打つのが良いかしら? あら、鞭に打たれたいの? ならば、お望み通りにしてあげてもよろしくてよ。ただし、手加減はできないけれど」


 だって、わたくし、今とても気が立っているんだもの―――


 鞭を手に持ちにっこりと微笑めば、殿下とアシュレイはそんな私をうっとりと見つめた。

 まじでこいつら叩いてやろうか。

 そんなことを頭の隅で考えつつ、冷たく二人を見つめた。


「この駄犬コンビ…早く説明なさい! でないと、あなた方と一生口をききませんわよ」


 私がそう言って脅すと、二人は慌てて事の経緯を説明しだした。




やっとプロローグまで追いつきました…! 長かった…。

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