私とヒロイン2
「この平民が!」
そう言ってアシュレイを突き飛ばす女子生徒たち。
断じて、断じて言うが、私はここをたまたま通りかかっただけである。甘い物が食べたいなーと呑気に考えながら歩いていただけなのだ。
歩いただけで罪になるか? ―――答えは否、だ。
だというのに。
「エドウィーナ様!」
私は呼び止められ、渋々振り向く。
ああ、この虐めの場面を鎮める役は私ではなく他の誰かに任せようと思っていたのに。
あまりアシュレイと接点を作りたくないのだ。下手に接点を作って私が虐めの主犯のように思われたら困る。ただでさえ、悪役顔なのに。
見てみぬふりが出来ない自分のこの性格が嫌になる。
「まあ、皆さんお揃いで…」
「エドウィーナ様! 殿下に纏わりつくこの目障りな平民をなんとかしてください!」
私はその言葉にぴくり、と眉を動かす。
なんだそれ。私が悪者みたいじゃないか。失礼な。ただ悪役顔なだけなのに。
私はアシュレイのことを目障りだと思っていないし、殿下に纏わりつく、というのが事実じゃないことも知っている。
ただ、ちょっと殿下と話をしているだけなのだ。
殿下はなんにおいても優秀な成績を修めるが、魔法よりも武術の方が優れている。
一方のアシュレイもとても優秀な成績を修めており、アシュレイの場合は武術よりも魔法が優れている。
二人の力はだいたい同じくらいで、実践の授業での殿下のお相手は決まってアシュレイだった。今はまだ殿下が優位に立っているが、それもいつまで保つかわからない。それくらい二人の力は拮抗しているのだ。
その時にちょっと話をするだけ。それ以外で殿下とアシュレイの会話はほとんどないはず。
それなのに、アシュレイが殿下に纏わりつくとはとんだ言いがかりだ。
「ふふ…」
「エドウィーナ様…?」
突然笑い出した私に、アシュレイを囲んでいた女子生徒たちが怪訝な顔をする。
「ふふ…ごめんなさい。おかしくて…」
「おかしい…?」
おうむ返しに聞き返す彼女たちを、私は冷ややかに見つめて笑みを浮かべる。
彼女たちは思わず一歩後ろに下がる。
「ええ、だって、そうでしょう? バーナーズさんは殿下にとってかけがえのないご学友…そんなお方を目障りだとおっしゃるだなんて、おかしくはなくて?」
ねえ、おかしいでしょう―――そう笑う私の目はきっと笑っていない。
「貴女たちはわたくしのためを思ってやってくれていることなのかもしれない…でも、そうね。はっきり言って、迷惑だわ。わたくし、気に入らない相手は自らの手で貶めたいの。だから、もうこんなことはしないでちょうだい」
―――でないと、貴女たちをいじめてしまうかもしれないわ、この手で。
そう告げると、彼女たちはひっと声を上げる。
私はそれを愉快そうに笑い見る。
わかったかしら、と言えば、彼女たちはコクコクと首を縦に振り、慌てて逃げていった。
フッ。他愛もない。悪役令嬢たるわたくしの手にかかればモブの悪役キャラの5人や6人撃退するのなんてわけがないのだ!
見よ、この悪役顔! アーハッハッハッハ!
……なんか虚しくなってきた。もうやめよう、自分を貶めるのは。
「あの…エドウィーナ様…助けて頂き…」
「勘違いなさらないで」
お礼を言いかけたアシュレイの言葉を私は遮る。
驚いたように私を見つめる彼女を、私は感情の籠らない目で見つめる。
「わたくしは貴女のためにやったわけではありません。わたくし自身のためにやったことです。勘違いなさらぬよう」
そう言って冷ややかに彼女を見つめれば、なぜか彼女はうっとりと私を見つめていた。
ん? あれ? この感じどこかで…。
そう、身近にいる誰かと同じ感じが…。
「――エドウィーナ様…いえ、エドナ様とお呼びさせてください」
「…はい?」
「どうか私をあなたの下僕にしてください!」
「は…?」
ワタシヲ アナタノ ゲボクニ シテクダサイ――――
これってどういう意味だっただろうか。
ゲボクってなんだっけ? 食べ物の名前だっただろうか?
それって苦いんだっけ、辛いんだっけ?
なんて現実逃避をしながらも、私の余計なことをいう口は勝手に動いていた。
「…貴女を、わたくしの下僕に? 笑わせないで。貴女ごときが、わたくしの下僕になれると?」
「相応しくないのは重々承知しております! お願いします! エドナ様のためなら、なんでもします!」
「…わたくしのためなら、なんでも?」
「はい!」
キラキラとした眼差しで私を見つめるアシュレイ。
その目を見て、私はわかった。わかってしまった。
―――この目は、殿下が私に向ける目とそっくりだと。
ということはつまり、アシュレイは。
―――ドM!?
「では、三回まわって犬の真似をしてみなさい」
アシュレイが、ヒロインがドMだと気づいてしまった私は、内心とても混乱していた。
だけど、口はするすると動く。
ほんとこの口どうにかして!
アシュレイは本当に3回まわってワン! しちゃうのだろうか。
いや、しないよね。うんしないさ、さすがに…。
「わん!」
した!?
ほんとうにしちゃったよ、この子!?
ええ…もうどうしよう…。
ドMは殿下だけで精一杯です、二人も必要ありません…。
「…これで、下僕にしてくださいますか?」
キラキラとした目で私を見つめるアシュレイ。
やめてぇ! 私この目に弱いのぉ!
「…いいでしょう。せいぜい、わたくしの役に立つように頑張りなさい。だけれど、使えないとわかったら容赦なく切り捨てるわ」
「はい…! 精一杯、お仕えします」
ああ、もうドMは二人もいらないのに…。
嬉しそうに笑うアシュレイに私は負けてしまったのだった。




