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私とヒロイン1

 ふと目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。

 私が起きる気配を察したのか、侍女がやって来て「お加減は如何ですか、お嬢様」と聞きにくる。

「なんともないわ。心配をかけてごめんなさいね」と微笑みながら言えば、侍女は安心した顔をした。


「それはようございました。―――それにしても、本当に殿下はお嬢様を愛されていらっしゃるのですね? 見ているこちらがどきどきしてしまいましたわ」

「殿下? ああ…」


 私は少し前までの記憶を思い出し、顔をしかめる。

 寮に入る際に殿下はひと悶着を起こしたのだ。


「わたくしのためにわざわざ叱られるようなことをせずとも、人に任せればよいのに…」

「愛ですわ、お嬢様。殿下の愛です。あんな素敵な殿方は他を探してもおりませんわ。殿下に愛されるお嬢様は幸せ者ですわね」


 ふふ、と楽しそうに笑う侍女に私は顔をしかめそうになるのを堪え、「そうね」と微笑みを作る。

 本音を言えば、あんな歪んだ愛なんて要らないわ! なのだが。

 殿下のお蔭で、明日から私を見る目がより一層温かいものになるだろう。


 ―――あれが殿下の溺愛なさっている婚約者のエドウィーナ様よ。

 ―――なんて羨ましい…わたしもエドウィーナ様のように愛されたいわ。


 そんな周囲の会話が脳内で再生される。

 ああ、なんて居たたまれない…。

 穴があったら入りたい、そんな心境に陥った。




 翌日、私は普通に学び舎へ足を運ぶと、私を待ち構えていた殿下が駆け寄って来る。

 来るなぁ! 周りの目が痛いでしょ!?

 と叫びたいのを堪え、私は表情筋を総動員させて微笑みを作る。


「エドナ! 具合は良くなった?」

「はい、殿下。お蔭様で。殿下、わざわざわたくしを運んでくださり、ありがとうございました。けれど、女子寮に強引に押し入るのはいかがなものでしょう。混乱こそ少なくて済んだものの、王族の方がしていいこととは思えませんわ。以後このような騒ぎを起こしませぬよう」

「…ああ、君の言う通りだね。今後は気を付ける」


 殿下は神妙に頷く。


「ですが、殿下のお心は嬉しく思います。ご心配をお掛けしました」

「いいんだ。君に掛けられる心配なら、いくらでも」


 そう言ってにっこり微笑んだ殿下を見て、周りの令嬢たちがキャー!と例のごとく悲鳴をあげる。

 なんだか最近殿下の笑顔を見るたびに聞こえるので、気にならなくなってきた。

 慣れというのは恐ろしい。




 そんなひと悶着を終え、私は所用があり一人で廊下を歩いていると、なにやら言い争っているような声が聞こえ、足を止める。

 どこからかしら、と周りを見渡せば、人目につきにくい場所で数人の女子生徒が集まっているのを見つけた。

 なんとなく嫌な予感がして、私はそっと気配を消して近づく。


「あなた! 殿下にぶつかっておいて謝りもしないとはどういうことなの!」

「平民ごときが、殿下の手を借りるだなんて、なんて図々しい」


 どっかで聞いたことある台詞だなぁ、と思い、私が呑気に聞いていると、女子生徒のうちの1人が私の存在に気づいたようで「エドウィーナ様…」と呟く。

 ああ、見つかったか、と私は優雅に見えるように微笑み、「ごきげんよう」と挨拶をする。


「なにをなさっているのかしら?」

「い、いえ…その…」

「わたしたちは…」

「殿下に無礼を働いたこの平民を諫めていただけで…」


 しどろもどろに話す彼女たちの背後を見つめれば、体を縮め戸惑った顔をしてこちらを見ているアシュレイと目が合う。


「まあ、そうだったの」


 私の記憶が正しければ、彼女は殿下に手を借りたあと殿下にきちんと謝っていたはずだが、まあ、曲解でもしているのだろう。


「では、ここは殿下の婚約者としてわたくしが彼女に話をします。皆さん、わたくしの代わりに嫌なことをさせてしまって、ごめんなさいね」

「い、いえそんな…!」

「わたしたちは別に…」


 彼女たちはもごもごと何か言ったあと、慌てて立ち去る。

 彼女たちの後ろ姿が見えなくなったあと、私は改めて彼女と向き合う。


 改めてアシュレイと向かいあって、おや、と私は内心首を捻る。アシュレイは私よりも背が高い。女性にしては高い部類だろう。

 だけど彼女の持つその雰囲気のせいか、あまりその背の高さが気にならない。


「貴女…名をなんとおっしゃるのかしら」

「あ…。し、失礼致しました…!私はアシュレイ・バーナーズと申します」

「そう、バーナーズさんとおっしゃるの。わたくしはエドウィーナ・シャルル・フィルポットと申します…ご存じだったかしら?」


 ええ、と彼女はぎこちなく頷き、警戒するように私を見つめる。

 それはそうだろう。なんといっても私はこの悪役顔。警戒されない方がおかしい。


「バーナーズさん」

「はい…」

「彼女たちの言うことなど、気にしなくて良いのよ」


 私がそう言うと、彼女は「え?」と目を瞬かせる。


「わたくしは貴女が殿下に謝る場面をこの目で見ました。それに手を差し伸べた殿下の手を振り払うことなど、できないでしょう。だから、貴女は悪くない」

「あの…」

「貴女は間違ったことなどしていない。だから、胸を張っていなさい。わたくしが言うべきことは以上です。それでは、ごきげんよう」


 ふっと彼女に笑いかけ、私はその場を立ち去る。

 背中に彼女の視線を感じるが、気にしない。


 ……もしかして、今笑いかけたのがまずかったのだろうか。

 今のふっという笑いがなにか企んでいる顔に見えてしまったのだろうか。


 いや、そんなことはない。

 きっとさっきの会話で「わたくしは貴女を虐めるつもりはありません」という意思が伝わったはずだ。うん、たぶん。

 振り返って彼女の顔を確認したい心境だが、そんな格好の悪いことなどできない。



 この時、私はどんなに格好悪くても振り返るべきだった。

 そうすれば、わかったのに。


 ―――アシュレイが、殿下と同じ部類の人間(ドエム)だということに。





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