こんな商売しているとたまには遭遇することも
夏だな。気温も上がり快晴で、こんな日は海水浴とか行きたいよね。
普通はさ、可愛い女の子達と海だよね。なのに、俺らってば猛暑の中、事故現場の穴の中。
時々悲しくなります。
それはさておき、閑話休題。
時節柄かたまたまか。
夜中の出動での事。
夏休みとお盆の帰省ラッシュや、ここのところの雨による水害等で封鎖と規制された道路を避けて、俺らは迷わず山道のルートを選んだ。途中、携帯電話の電波も圏外になり、電話もメールも出来なくなるけど、無線積んでいるから気にもしなかった。
ナビシートに居た俺は、威が眠くならないようにとひたすら喋っていたのだが、流石に疲れてラジオを入れる。
明るいDJの声と軽快な音楽。しかし、しばらくたたない内にラジオも入らなくなる。
小さな町をいくつか抜けて、また山道に入ったせいだ。
不意に無線から、人の声が。
だが不明瞭で聞き取れない。
こちらから、応答してもうんともすんとも言わない。思わず威と顔を見合わせる。
俺は、直接、受令機でLIS(地方監察局)の渡瀬に連絡を入れた。
ところが、渡瀬は無線で通信などしていないと言うのだ。
おい……勘弁してくれよ?
威は勘が鋭い質だからかよく遭遇するらしいけど、俺は見えないし、感じない。霊感なくて良かったーとしみじみ思ってたのに、ついに遭遇ですか? 有りがちな怪談だと、揶揄していたのに似たような体験するとは……。
「おい」
威が低い声で言った。
「何?」
「あれ、さっきも見たよな?」
「え……?」
前方に聳え立つ切り立った岩壁が、ヘッドライトの明かりでぼぅっと浮き上がる。
「え、なんで? さっき通過したよな?」
前方には闇にぽっかりと口を開いたトンネル。
「言いたかないけどな、さっきから同じルートをぐるぐる辿ってる」
「え~っ? マジで」
「煩い!」
思わず喚いた俺を、威が一喝する。
トンネル入口付近。
電灯も暗く、なんとなくだが、空気も重い……。
ヤバい。
完全に雰囲気に飲まれてるよ、俺。
入らない筈のラジオから、男の声。
いや、女?
どちらにしても、やけに低くて聞き取りにくい。なのに、なんで単語を拾うかなっ俺の耳は。
ちらりと威を見やると、引きつった表情。
聞こえた、のか?
しかし、こいつのこんな顔初めて見る。
威でも、幽霊は怖いのか。意外と可愛いとこあんじゃん。
「もしかして、怖いの?」
「こぇーよ。俺、アクセル踏んでないのに……」
「は? それはどういう……。シフトどこ入れてんのさ、ニュートラルに……」
「入れたよ。ハンドブレーキも掛かってる」
威が、俺の言葉を遮るように言った。車は、速度を保ったままトンネルへ。
出たら、異世界で、匂いに誘われてそこの飯食ったら、豚になっちゃうとかじゃないだろうな?
ジブリ映画を思い出した俺は、そんな事を独りごちた。
薄暗いトンネルの中、バックミラー越しにこちらを覗き込む顔、顔、顔。
「た、た、たけし! ヤバいかも。み、 見たっ!」
俺は恐怖のあまり威に思わず抱きつき、きつくしがみついた。
苦しいと威が迷惑そうに呻く。
「離せ!」
「やだっ!」
「お前、ウザい……」
無理やり引き剥がされて、じろりと睨まれる。
「うわっ!」
窓をバンと叩かれて、外を見た俺は凍りついた。
頭が半分吹き飛んだ血まみれの男が、硝子越しにこちらを睨んでいる。
なんでだよ……。
俺、普段まったく霊感ないのに。
……もしかして、威に同調してるのか? そんなことってあるのか?
GTRは引きずり込まれるように、トンネルの奥へと進んでいく。
「くそったれ!」
呟いた威が、シフトをバックに叩き込みサイドを解除し、アクセルを踏んだ。
車は、ガクンと揺れてエンジンの唸りと共に、逆走する。
トンネルを出て、車を旋回した。
今まで来た道を戻り休憩スペースの路肩に車を止めて、俺らは降りた。
「うわっ……」
同時に悲鳴に似た呻き声を漏らす。
車体には無数の手の跡と引っ掻き傷。 物凄い力が、外側から掛かったようにドアが微かに変形し、ひしゃげている様に見えた。
そう、まるで沢山の手が、車を引っ張ったかような……。
俺らは、改めてトンネルのある山肌を見た。
山全体が雲谷に覆われ、その中から無数の手が空に向かって伸びているように見えた。得体の知れない何かが、耳元を撫でていく。
思わず首筋を拭った自分の手は、汗で濡れていた。
暗くて分からなかったけれど、近くには慰霊碑があったかもしれない。
そこのトンネルは、開通工事の際、発破や土砂災害で多くの方が犠牲になったと後に聞いた。