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07 夕刻から翌朝

 宿に戻りギルを探すと、1階の食堂部分で人に囲まれていた。どうやら店主も一緒のようだ。

「ギル!」

 声をかけた途端、アタシまで人の渦に追い込まれる。

「怪我したアリスを助けたのお嬢ちゃんだって?」

「商店の旦那と商談してっから薬売りだとばかり思ってたが、あんた、白魔術師か祈祷師かい」

 その言葉に店主が反応した。

「この嬢ちゃんは薬草師と祈祷師を兼業してるんだと。俺の嫁さんの怪我も診てもらったんだ」

「おいおい、そりゃホントか? 薬草師と祈祷師を兼業なんて聞いたことねえ」

 あ~、店主との商談が残ってるってのに、もうそれどころじゃない。気が付いたら女将が食堂のテーブルをいくつかつなげた上で料理を並べていて、宿の1階はすっかりパーティー会場の様相になっている。

「「魔狼退治の勇者たちにかんぱ~い!」」

「おい、ちょっと待て! 怪我人はまだ意識不明なんだぞ! いくらなんでも不謹慎だろ!」

 はっちゃけていく村人に呆れ半分で抗議したが、呑みはじめた奴らに届くわけがない。

「……言うだけ無駄だよ、トーコ。彼らは騒ぎたくてしょうがないんだ。もし怪我人が意識を取り戻したらきっとまたこうやって宴会をするさ」

 すぐ傍に寄ってきたギルが小さくため息をつく。

「仕方ねぇ、今は諦める」

 アタシも誰かから回ってきた空の皿にトングやスプーンで料理を取り、空いている席に着き、黙々と食事することに専念し、ほどほどで引き揚げたのだった。



 翌朝。宿の部屋で起床すると、もう通りが活気づいていた。共同井戸で顔を洗ってこようと階下へ降りると、テーブルの上こそ女将の手際で片付いていたが、宴会の参加者はかなり長時間にわたって呑み続けたらしく酒の匂いが残っており、隅で何人か酔いつぶれていた。おかげで前夜に呑みすぎたはずはないのに、やや頭痛に悩まされながら表に出る羽目になる。

 外に出た途端、歩いていた住民たちがアタシに視線を向けた。

「マジかよ。みんなアタシに興味津々って奴?」

 諦め半分にひとりごちて井戸の方へ歩く。井戸には共用の小さなバケツもあるので、そこに水を汲んで顔と手を洗い、振り返る。

 さっきアタシを見ていた連中が5メトー(地球単位換算で5m)くらい離れてずっと見ていた。おいおい、畑とか家の仕事はいいのかよ……。

「見せもんじゃないんだけど?」

 ぼそりと呟くと、みんな蜘蛛の子を散らすように動き出した。それでもアタシの一挙手一投足に視線を向けてくる。

「アタシはこれから商談の続きをしなきゃなんないんだ、あんたたちも仕事に戻れや!」

 連中にそう声をかけて宿に戻り、リュックを持ち出して商店へ。

「おじさん、いる?」

 店先から声をかけたら、なんと出てきたのは嫁さんだった。

「あ、一昨日はありがとうございました」

「怪我の具合はどうだ?」

「あれから1日のうちに腫れもずいぶん引いて、歩くのも楽になりましたよ」

「ならよかった。ところで、昨日の騒ぎで先送りになった商談があるんだけど、おじさんは?」

「亭主なら水を汲みに行ったはずですけど」

「アタシさっき顔洗いに井戸まで行ったけど会わなかったよ? ちょっと待ってみようか」

 ついでに、一昨日貼った薬を外して怪我の具合を診る、と言うと、嫁さんは店先に小さな丸椅子を2つ持ち出して来てくれた。

 1つに嫁さんを座らせ、もう1つに右足を載せて薬を外し、傷を診る。

「うん。だいぶ良くなってきてるね、よかった。この分じゃ夕方には薬は要らなくなると思う」

 そこへ店主が戻ってきた。

「おう、トーコだったっけ。待たせたみたいだな」

「嫁さんの傷の状態も見たかったから別に。さっさと商談終わらせようよ」

「そうだな」

 薬を巻き直した嫁さんの右足が直前まで載ってた椅子にどっかと座った店主と、地面にしゃがみ込むアタシは、そこで意識を切り替える。

水薬(ポーション)1本と虫下し5袋だったよな?」

「あと軟膏なんだが、小分けに出来るか?」

「わけないぜ」

「じゃあ、20グリーを4つ」

「全部で80グリーな? とすると、お代は銀貨23枚と銅貨15枚ってことになるが、いいか?」

 金貨はそうそう出回らないから、金貨に相当する枚数になっても全部銀貨で払うのが普通だ。

「構わねえぜ。むしろ銅貨が半端に出ちまうから銀貨24枚でどうだ」

「いいのか?」

「嫁さんとアリスを助けてくれた礼ってことで」

「じゃあ断る理由はないな。わかった、銀貨24枚でいい」

 アタシは水薬(ポーション)1本と虫下し5袋をまず渡し、リュックから軟膏の壺と一緒に簡易天秤と分銅、薬包紙になる粗い織りの紙を4枚取り出す。

 そして店先の品物台に天秤を置き、きっちり20グリーずつ4回に分けて紙にくるみ、それと引き換えに銀貨24枚を受け取った。

「ありがとよ。あと、これはおまけだ。3か月前に来てた薬草師はこの村の南東2キリムくらいのところの森に拠点を作ってるって言ってたぜ」

「そりゃありがたい情報だ。助かったぜ」

 道具と薬を片づけてリュックを背負い、宿へ歩き出そうとしたアタシに店主が声をかけてくる。

「今日中に村を出るのか?」

「ああ、アタシたちは王都まで行かなきゃならないんだが、魔獣のせいでちょっと予定より長引いちまった」

「そっか。気を付けてな」

「ん。そっちも息災で」

 そこに護衛と馬車を引き連れたギルがやってきた。

「終わったか?」

「ああ、今戻ろうと思ってたトコだ」

「ちょうどよかった。一応お前の部屋も確認してきたから忘れ物はないと思うが、そろそろ出ようと思う」

「わかった」

 そしてアタシたちは通りを歩いていた住民に見送られ、昼前に村を後にしたのだった。

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