ダイラタンシー現象
厳島神社って聞いたことあるかな?そう、日本三景の一つに数えられる、有名な所。あそこって、満潮時には鳥居までの続く道が海の中に沈んで、歩いて渡れなくなるよね。
でも昔は、その満潮時に巫女が舞を踊りながら、海面を歩いて鳥居までたどり着くっていう神事があったんだって。当時は神通力だ、神のご加護だとか言われていたみたいだね。
でも最近の科学では、その仕組みが解明されてるんだな。それがダイラタンシーっていう現象。
ダイラタンシーは、液体と固体が共生している状態で、普段は液体のようにドロドロしてるんだけど、強い力が加えられると固体化するっていうもの。体感したかったら、片栗粉と水を1:1でひたすら混ぜ合わせて出来た溶液に、箸を勢い良く突き刺してみるといいよ。もしくは山芋を大量に摩り下ろしたものを、泡だて器でかき混ぜるとかね。どっちも抵抗力が半端ないから。
そんなダイラタンシーを用いた厳島神社の神事。それに関する裏の逸話を、今回は紹介しようと思う。
平安末期、当時は安芸国と言われていた広島だけど、そこを治めていたのが、かの有名な平清盛。清盛は神仏を崇めいたんだけど、その一端として厳島神社の改築を買って出た。それはそれは大掛かりな工事だったらしく、現在の神社と同じくらいの大きさになるほどの、大変規模が大きい作業だったらしいね。
工事は長い年月と多大な費用を投資したが無事終了し、祝いの祭典が開かれることになったんだ。
そこで時の斎の巫女が舞を奉納する手筈になった。斎の巫女っていうのは、『いつきのみこ』って読むんだけど、神様が居付く、慰憑くとかってことで、神降ろしの役や、神託を告げる役割があった人のこと。
歴代の斎の巫女達は、信仰心を持って賢明に踊れば、神の加護が付いて海に沈まないと、言い伝えられていたらしく、それに習って今回も、満潮時に舞が踊れるよう、祭典を執り行うことにした。
当日、朝から御神体を崇め、神降ろしの儀、五穀豊穣の儀など納め、予定通り巫女が踊る頃には、満潮になっていたらしい。巫女は陸地から礼儀を尽くしながら、海へと足を運んでいく。するとどうだろう?言い伝え通り海面を歩いたではないか。
周囲からは神のご加護じゃ、巫女様の奇跡じゃなどと、民衆達の言葉が飛び交う。巫女自身、そのことに驚いていたが、より信仰を深め、熱心に舞った。
その儀式も半分ほど消化した頃だろうか、鳥居までの道なき道を中ほどまで進んだ巫女の様子がおかしい。何かに躓いたかのような素振りを見せ、体勢を立て直すためにその場で立ち止まると、徐々に体と海面が近づいていく。
村人達がどよめいていると巫女から、
「助けて!体がどんどん沈んでく!身動きが取れない!」
という叫びが上がった。しかし、皆海を渡れるのは信仰厚き巫女だけだと思い、足を踏み入れるものは誰もいない。ただでさえ、そういう思い込みが発生しているのに、何処からともなく、『神様の祟りじゃ!巫女の信仰が足らずお怒りになっているのじゃ!』などと騒ぎ立てる人が出るからもう大変。
辺りは阿鼻叫喚で、喚きながら巫女が沈んでいく様を見届けるしか出来なかった。胴まで埋まり、肩が浸かり、頭が消え、最後にもがく腕が見えなくなる。
数拍の間を置いて、その場から一斉に逃げ出す人々。転んだ人は走り去る人に轢かれ、押された人は壁に衝突して意識を失う。半刻が過ぎた後には、悲惨な斎場だけが残り、清盛は大層青ざめたそうな。
これ以後、院政勢力に目を付けられ、政もうまくいかず、仕舞いには"仏敵"の汚名まで得る事となる清盛。この時点で、清盛の行く末はもう決まっていたのかもしれないね。
どうだった?砂に足が勝手に沈んでいくって経験は、体験したことがあると思う。そして、沈むのは簡単だけど、そこから真っ直ぐに持ち上げるには、かなり力を入れないといけない。
この巫女さんの場合、ダイラタンシーの液体部分で体が埋まり、そこから出ようと抵抗するが、その抵抗力で砂は硬くなり、抜け出せなくなる。でも足元は力が加わっていないから、そのまま沈んでいくって悪循環に陥ってしまったんだろうね。
日本の歴史上では、奈良や京都なんかの盆地で、中心部がまだ沼地だった頃に編み出された、伝統的な歩行技術があったらしいが、これを利用して、戦国時代に城攻めから逃げ出した軍が、沼地を走って渡ったなんて記録もあるんだって。敵軍は沼地を走れるなんて思わず、追走出来ずに逃したっていうから、知識って言うのは学んでおいて損はないよね。
今回話した内容は、公式記録では伝わっていない。原理を理解しておらず、端から神の奇跡なんて信じ込んでいた昔の人たちには、それらは神罰、仏罰として扱われ、悪しき心を持った人を後世に残したいとは思わなかったんだろう。まあそれらも"彼ら的には"って付け加えるけど。
さて、今日のお話はこれでお終い。君も足元を掬われないよう、気をつけるんだよ。




