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My Remodeling  作者: 奏人
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クレイドル


僕は、何もしていないけど。


注射器を持っている僕の手には、彼女の右腕が添えられていた。

「優柔不断ね」

「そういう問題でもない気がするけどね」


視界が、水面の波紋みたいに静かに揺らいだ。

即効性の麻酔薬だ。

首をぐらりと回すも映ったのは首から上のない彼女。機械に繋がれた彼女の頭が僕を見た。

「脱着式なんだ、初めて知ったよ」

もう意識が沈み始める。努めて普通に話した。

「もっといろいろあるのよ?」

そりゃぁ、見てみたい。

次に彼女の顔を見るのは、成功した僕か、彼女に改造された僕か。

せめて、反応が完璧じゃないとかで焼却炉に放り込まれないのを祈るばかりだ。



僕は、最後の人間でありたかったのだろうか。


****



彼は小さな寝息をたてながら、私のクレイドルに背中を預けている。

これに座ったほうが対応しやすいと言ったのも嘘。

これに座ったほうがデータが取れると言ったのも嘘。

私以外にクレイドルは反応しないし、第一彼は生身の人間だった。


私がずっと彼のことを感じていたいだけ。

私の体が彼の頬に手を当てる。ちゃんと右手で。...私の体だけど、嫉妬するなぁ。

感触が伝わる。でもこれは一旦電気信号に変換されたデータで、ダイレクトじゃない。

せっかく残した触覚神経が意味無いじゃないの。


いい加減離れなさい? と私の体に最高権限で最優先命令で送るもこっちに頭のない首を向けただけで、すぐに彼の方に首を戻した。アクチュエータが小さな動作音を発した。


この生意気な脊髄め。


でも許すわ。どれだけ分裂しても私は私。彼は彼。

それに、もうすぐ彼も私と同じになるんだから。


私の体がしっかりと最後まで押し込んで空になった注射器を横の金属トレイに置く。

今、小さな物体が彼の中で同化しようとしている。

結果は彼にも私にも、どんな論理回路を使っても分からないけど。


むしろ私に分かる訳ない。ナノマシンの開発なんて、小さ過ぎて私には無理だ。

何回か彼と同じ研究をしてみたい、と願ったこともあるけど。考えれば考えるほど私の頭はショートしていった。危うく生身のまま残された右脳がDNAレベルで損傷を負いそうな時だってあった。


そういうことは理解できるのに、彼のやることは分からないし、彼も私のやっていることが分からない。

可笑しな話だわ。


正直、やることがない。

完全に同化して適用されるかどうかは彼にかかっているわけだし、私は精々彼の、体温と脈拍と心拍数とアドレナリンと脳血流とホルモン分泌と肺活量と血圧と血中酸素濃度と眼圧と血糖値と赤血球数と心電図と血流速度と胸部X線と心筋運動とそれからそれから。

まだあったわね。監視リストでも作っておきましょう。



****



赤くはなかった。熱も感じない。血と肉と鉄の匂いもしない。

どうやら、焼却炉じゃないらしい。

目をしっかり開けて驚いた。主に自分の左腕に驚いた。驚いたけど妙に納得した。

指がない。手がない。おまけに肘もない。代わりについてたのはよく切れそうな、くねり曲がった物騒な刃物だった。彼女と同じものだった。

両足と右腕は生身だった。こうなると自分の顔を見てみたい気分になるが生憎、鏡が近くにない。

「なぁ、」

「ちょっと待ってね。今頭付けるわ」

横の彼女が機械から自分の頭を取り外す。そして首のフレームにはめ込む。やたら大きな音がするけども、彼女の顔に苦痛は浮かんでないから大丈夫だろ。

「やっぱり外してると慣れないわね。酔いそう」

「何回目だよ」

「何回でも慣れないものよ」

ぐるぐると頭を2回程回した彼女は次に、左右にこれまた2回程振り回す。その表情が満足気になったのを見計らってまた声をかけた。

「で、これはどういうことだい?」

すらりと伸びた左腕を掲げる。彼女はまた、静かに笑った。

「貴方が打ち込んだナノマシンに、命令を出してみたの」

「勝手に使ったのか」

「私にも使えるようにしていたのは誰かしら?」

吐息をついた。


「成功したと思っていいのかい?」

「それは貴方のみぞ知ることよ」

じゃあ、成功したんだろう。

だが、この手は不便だ。彼女にとってはよく使うんだろうけど、僕にとっては不便極まりない。


元の腕に戻ってくれないだろうか。


「戻ったな」

「戻ったわね」

それはそれは奇妙だった。

今まで彼女が様々な奇形生物を生み出したことはあったけども、まさか自分の一部がリアルタイムで変化するところを見るとは思わなかった。軽く動かしてみても、全く今までと変わりなかった。

「...それで、これはどんなメリットがあるの?」

「ただの思いつきだよ」

「思いつきで自分を賭けたの?」

「君が言えたことでもないだろうに」

それもそうね。そう彼女は呟いた。

少し僕の体を眺めてから、やがて居心地が悪くなったかのように、実験してくるね。と言って去っていった。


内心僕はわくわくしていた。終わってみるとなんてことない。むしろ開放感でいっぱいだった。

これが進化と言うならば、僕は鎖から逃れたんだ。


最後の人間という鎖から。


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