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船旅

 ある時、並列する全ての世界に向けて招待状が送られた。財宝が眠るという宝島への招待状。しかし、その財宝が眠るという島はどこの世界にも存在せず、世界の人々は馬鹿げた噂だ、と見向きもしなかった。だが一方で、一部の真実を知る者、あるいは夢物語を信じる酔狂な者は島の実在性を信じ、そこに存在するであろう財宝へと思いを馳せた。


 暗闇の港、豪華な客船が横付けしている埠頭に、常月舞奈は立っていた。舞奈はジャングルの奥地でも探検するような重厚な服装に、はちきれるほどに膨らんだリュックサックを背負い、肩には兎の人形を乗せていた。

 舞奈はこれから乗る客船を見上げ、ぽつりと呟いた。

「お姉ちゃん来るのかな。テトはどう思う?」

 するとそれに答えるように人形の口が開き、中から可愛らしい少女の声が響いた。

「さあね。てか、多分来ないっしょ。もう何度も言ったことだけど」

 舞奈はその声にむっとした調子で答える。

「もしかしたら来るかもしれないじゃん。お姉ちゃんこういうの好きなんだしさ」

「どうだか。最近あの人、人助けに目覚めたみたいだし。今の仕事ほっぽりだして来るとは到底思えないな」

「でもさー」

「でももへちまもない! さっきからずっとぐちぐち愚痴りやがって!グダグダ言っても変わんないだろ。来るんなら島でいくらでも会える。だったら今は黙って船に乗る。もうそろそろ出発の時間だぞ?」

「ふんだ。テトには私の心が分かんないんだ」

「シスコンの心なんか分かるか! いいから、さっさと船に乗れ」

「はいはい、分かりました。でも、最初はすごく反対してたのに、これに参加すること許してくれたし。なんだかんだ言っても優しいよね、テト」

「お前が出させろ出させろ、うるさいからだ。聞こえなかったようだからもう一回言うぞ?いいから、さっさと船に乗れ」

 舞奈は肩を竦め、少々大袈裟にため息をつくと、のろのろとした足取りで船の中へと入っていった。


 舞奈は宝島を信じる酔狂な者の一人だ。舞奈は姉から島の話を聞いていた。姉も人づてに聞いただけで参加はしていなかったらしいが、姉が、私も参加したかったと、楽しそうにはしゃいでいたことを、舞奈ははっきりと覚えている。舞奈はその時、また同じような事件があれば姉と一緒に出るんだと、心に誓った。


 そこは乗り込んだ船の客室の一つ。質素な作りながら高そうな調度品が置かれている。

 その一つである高そうなベッドの上でテトは寝転がって本を読んでいた。客室の中に舞奈の姿はない。舞奈は荷物を置くやいなや姉を探すために部屋を飛び出していった。

「まったくあいつは困った奴だ。出てって三時間か……そろそろ戻ってくるか? もうすぐ夕飯の時間なんだけど」

 時計に目をやると、時刻は六時半。乗るときに受けた乗務員の説明では夕食は七時から九時まで。まだ時間的には余裕があるものの、腹の空き具合はどうにもまずい。自分の体が腹の減るように作られている事を少々嘆く。

「まあ、時間はまだまだあるけど、いざとなったら一人で行くか」

 とりあえず七時までに戻らなかったら一人で行こう、と心に決めると再び視線を本へと戻す。その時、ドアが力なく開いた。目を向けると舞奈が立っていた。

「どうだった……って聞くまでもないね、その顔じゃ」

 舞奈の顔は悲しみと疲労の入り混じった表情で、早く言えば泣きそうだ。しかも、なぜかずぶ濡れになっていた。テトは少し考えて、外のデッキにプールがあったことを思い出す。落ちたのか。心の中でため息をついた。

「一応聞いとく。なんで濡れてんの?」

 すると舞奈は泣きそうだった表情を、微妙に歪ませた。笑おうとしてるらしい。完全に失敗しているが。

「えっと、一応言っとく。滑ってプールに落ちた」

「……」

 予想していた通りの答えだが、実際聞いてみるとあまりのアホさ加減に少々腹が立った。とはいっても、ここで怒鳴ったところで、お姉ちゃんがとかなんとか言って話にならないことは目に見えているので、落ちた事については何も言わないことにした。腹が減るだけだ。

 時計を見ると六時四十分。早く行かないと席に座れなくなるかもしれないので、目の前でごにょごにょと言い訳を垂れ流している舞奈に優しく声をかけた。

「分かったから、風邪引かないうちにさっさと拭いて着替えな。そろそろ夕飯の時間だから」

「うん……でも……お姉ちゃんいなかった」

 舞奈はしょんぼりしながらタオルを持って、風呂場へと向かった。わざわざ風呂に入る必要はないだろうと思ったが、舞奈が落ち込んでいる手前そんな言葉をかけられず、シャワーでも浴びれば気持ちも晴れるかもと自分を納得させた。あそこまで落ち込むのは久しぶりなので少々心配だ。

 最近、舞奈が少しおかしい。姉への依存心が非常に強くなった。前はそこまででもなかったのに。

 どうにかして強い心を持って欲しかった。この危険なイベントに参加することを許したのもそれが理由だ。確かに舞奈がうるさかったのは事実だが、それでもこんな危険な所に来させたりはしない。過酷なサバイバル環境に身を置けば少しは鍛えられるだろうと、思ったからだ。

 そんなことを考えていると、舞奈が全裸のまま、慌てたように風呂場から飛び出してきた。何事かと身構えるまもなく、舞奈の口から切迫した声が溢れ出す。

「ねえ!この部屋ってテレビある? 今日ドラマやるの忘れてた! てか、これから島での生活どうしよう!テレビ見れないよ!」

 忘れてた。こいつはアホだった。テトは考えていたことを忘れ、夕食のメニューに思いを馳せることにした。


 招待状が来た時、舞奈の心は躍った。その島に行けば姉に会える、と。姉が一年前に仕事に就いてからというもの、世界を飛び回る姉に、舞奈は一度も会っていなかった。

 姉が家を出る時にプレゼントした携帯でメールのやり取りはしている。しかし、姉の周りは何故かいつも電波が悪く、メールが届く確率が5割、届いたメールが壊れていない確立が2割、電話がかかる確率にいたっては0割と、絶望的だった。離れていても携帯があれば、と考えていた舞奈にとってはショックだった。

 舞奈は姉が好きだ。別に恋愛感情を抱いているわけではない。ただ、人として姉のことが大好きだった。姉はいつも優しかった。勿論、両親や友達も優しかったし好きだったが、姉はその中でも一番だった。それに姉はカッコよかった。他者には奇抜に見える姉の行動が、舞菜には輝いて見えた。


「そこまで急ぐ必要なかったな」

 現在七時二十分。かなりの乗客が夕食会場に入っていたが、それでもまだ席に余裕がある。

「すっごく広いね!」

 母親に電話して、見たかった番組を録ってもらうよう頼んだ舞奈は、ひどく上機嫌だ。驚くほど広い夕食会場を見回して感嘆の息を吐いている。

「あんまりキョロキョロするな。恥ずかしい」

 テトがたしなめると、舞奈は、うっ、と呻いた後、顔を赤くして黙った。しかし一分後、今度は周りの人々を興味深げに見回し始めた。

 確かに別の世界から来たであろう異形や違う文化形態を持っていると思われる格好の者がちらほらいる。それに興味を持つのも道理だろう。しかし、キョロキョロ見回すのは止めて欲しい。この前成人式を向かえた大人がなぜここまで落ち着きがないのか。

 なんにせよ恥ずかしい。しかし、たしなめたところですぐにまた別のものに興味を示し、同じことの繰り返しとなるだろう。別のことに集中させなければならない。なんとか別のことに集中させるために、興奮した様子で辺りを見回している舞奈に話しかけた。

「なあ、舞奈」

「すっごいよ! なんかすごい派手な服装の人がいるし、明らかに人間じゃない人もいるし!」

「ちょっと、なあ」

「向こうにいる人はなんか魔法使いっぽい! えっ!すごっ!あれ竜じゃん? 私始めて見た!」

 全然聞いてない。だれかコイツを止めてくれ。

 

 招待状が送られてから約一ヶ月。招待状を信じた者達の前に待ち望んだ入り口が現れた。行き先はとある異世界の何処か。何処に着いたか人によってばらばらだが、そこから宝島への交通手段があることだけは同じだった。また島までの道程の間に、必ず島についての最低限の知識を説明するアドバイザーがいる。そして島にたどりついた冒険者が探索を行うと、説明の通り遺跡が見つかり、説明のとおりの魔方円を見つける。魔法円は時が来るまで起動しない。時とは遺跡の中に入る事が出来る様になる時だ。これも説明の通りだ。冒険者達は遺跡に入れる様になるまでの間、情報収集と探索準備を行う。初めの冒険者がやって来てから一週間、遺跡の周りの冒険者はかなり増えた。

 パーティーの開催はもうすぐだ。


 船からボートが下ろされる。大型の船では海岸まで進めないため、小型のボートを何隻も出して乗客を島へ運ぶらしい。舞奈とテトもボートに乗って、島へと上陸した。船から降りた舞奈の足取りは重い。どうやら昨日の夜は興奮で眠れず、今日は寝不足らしい。しきりに大口を開けてあくびをしている。デリカシーはないのだろうか。

 島に着いてしばらく歩くと遺跡があった。多くの招待客が周りにたむろっている。

「さて、まずはどうすっかな? やっぱり心強い味方かな?」

 おそらく探索に際して不安に思っている者は多いだろう。声をかければ誰かしらパートナーになってくれるのではないだろうか。ならばそこまで緊急にに考える必要はないかもしれない。ならば後で良い。

「おい! とりあえず、お前の姉を探しに行こうぜ!」

 振り向くと木陰に寄り添って立ったまま寝ている舞奈の姿があった。テトは無言で舞奈の肩に登り、その横っ面におもいっきりブロウを放った。


「いなかったな」

「うん……でも、ちょっと分かってたから」

 姉は結局いなかった。舞奈は今にも泣きそうな顔で俯く。慰めようと思うが、言葉が思いつかない。

 その時、頭上を一羽の鳥が舞った。鳥は舞奈の前に下りると口にくわえた紙を落として再び飛んだ。

「なんだ、これ」

 見ると姉の名前が書いてある。封筒だった。開けると中には手紙があり、こう書いてあった。

『メールを四十通くらい送ったんだけど、届かなかったようなので手紙を書きます。

 どうやら楽しいことに参加するようですね。お姉ちゃんはなんでもお見通しです。お姉ちゃんも出たかったけど出れないのでお姉ちゃんの分まで楽しんできてください。

 それと絶対にお土産を持ち帰ってくること』

 簡潔な手紙はそこで終わっていた。ひどく短い手紙だ。しかし、それで十分だった。

「うおー! やるよ、お姉ちゃん! 絶対宝玉を集めてお土産持って帰るからね!」

 ひどく単純だ。が、今回ばかりは単純で助かった。叫び続ける舞奈を見ながら、テトは思った。

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