家族、つまり世話が焼ける。まったく....
地下から盛大に沸いて出た奴らを、なんとか片付けて進んできた。
少々危ない場面もあったが、案外と伊藤と皇都の聞き分けが良くて助かった。
ソロ凸してる弟を追いかけて広間につけば、龍人はガタガタ震えて蹲っていやがった。
「龍人!おい!」
意味不明な謝罪と拒絶と怯えをぶつぶつ吐き続ける龍人の焦点は合っていない。完全にスイッチが切れてる。
顎を引っ掴んでこちらへ向け、頬をバシバシと容赦なく叩く。
「おい!こっち見ろ!龍人!」
肩を掴んで首がもげそうなほど揺らしたり、思い切り殴ったりする。こういう時は容赦することはない。
「いい加減目を覚ませ!」
両手で頭を挟み全力で頭突きを食らわせる。視界が白く弾けたが、ようやく小さな声で反応があった。
「....いたい」
「お前、硬すぎるだろ....」
痛む額を押さえながら立ち上がり、蹲る龍人の手を取って引っ張り上げる。一度立ち上がるが、手を話した途端にへたり込んだ。根性が足りねえな。
「ふぁ....こしぬけた」
「小娘か貴様」
「しっけいな。にっぽんだんじですよ?」
「そのひらがな文みたいな喋りやめろ」
龍人は困ったような悲しいような顔でシュンとするが、残念ながら絶望的に可愛くない。童顔やイケメンはともかく平凡顔でやられてもな。
「かえるーかえるー」
「わかってるって、うるさいな!」
紗那は龍人が復帰した時点でそそくさと逃げた。クソ!
肩を貸して立ち上がらせ、残った奴らを掃討している社長たちの方へ戻る。
「え? え!? 部長どうしたんですか!?」
「うるさーい。あとでー」
「っ!?」
皇都が愕然とした顔で固まる。
見たことなかったか。ここまで龍人が消耗したことは思い出す限りない。ここまでの状態は昔の件がある以前でしか見たこと無いな。
予想以上にずっと緊張していたらしい。今回も気が抜けたと言うより、限界だったんだろう。LG社に着いてからも、口調と態度が変わらなかったのを思い出す。思ったよりにオレたちも冷静ではなかったか。
「本社いく前に復帰するのかこれ....」
「どうだろ。困ったメンタル弱者め。あ、もう掃討おわったよ」
「ずらかるか」
奥から出てきた紗那が呆れた顔で龍人の頭をつつく。うーうーとうなりながら顔をしかめる龍人の抵抗は弱い。
ずるずるとやや引きずり気味に支部ビルから出れば、先に出ていた隊員たちがあちこちで固まって装備の確認をしていた。予定では、ここから天津方面にぶち抜いて生存者を回収しつつ撤収だが、物資が足りるのか不安になるところだな。
足取りの安定しない龍人に肩を貸しながら社長の方へ近づいていくと、不意に龍人がつぶやいた。
「うるさいなぁ」
「まずっ! 全員伏せろ!攻撃態勢を取るなよ!」
するりと腕から抜けた龍人を無視して叫ぶ。何のことか分かっていないながらも、切羽詰まった叫びに隊員は素早くしゃがんだ。
「絶対銃口あげんなよっ! 首飛ぶぞ!」
聞き違え無いよう叫びながら、あっという間に駆けて行く龍人を追う。
静動のはっきりしない独特の歩法が視界に移っていてもその追跡を困難にする。普段ならこんな精度で幻歩など決して出来ないが、今の龍人は制限が完全に外れている。
一見、静止している様に見える動きで走る。瞬く間に隊員が固まっている場所の一つへ向かうと、その上に飛び上がって、二刀を抜き放った。
「撃つな! 避けろ!」
上から落ちてきた影に銃口を上げかけた隊員を止める。落下してきた影は龍人の跳躍コースと重なった途端にバラバラとぶちまけられた。硬そうな赤茶けた肉片が周囲の隊員に降り注ぐ。
「コースに入るな! 避けろ避けろ避けろ!」
着地と同時に龍人が駆け出す。
今度は先程よりも認識しやすいが、速度が段違いだった。進路上にいる隊員が慌てて逃げる。抜き身のブレードを持った龍人に接触したら下手すると命が危ない。
走り抜けた先に落ちてきた赤茶けた化け物が寸断され、その一つが蹴り飛ばされる。飛んでいった先にまた一つ、影が落ちて直撃した。
そこそこの大きさの肉塊をぶつけられた赤茶けた化け物がもんどりうって倒れる。立ち上がる前にすっと近づいた龍人が化け物を殺した。
「クソっ! 新手かよ、死ね!」
「もう死んでるよ。てか気配薄すぎ」
「そんなことはわかってる。三体だけか?」
静かに気配を探ったシャナが小さく頷く。
赤茶けた化け物は二足歩行の虫に見える。硬そうな外殻に鈍い色の筋肉がみっちりと詰まっていて、まともに戦闘になれば捉えにくさと合わせてかなり厄介だろう。紗那ですら見逃した気配をオレが拾えるわけもない。
見上げればビルの中間辺りの窓が割られている。ビル自体は離れているためにガラス片がこちらへ来なかったんだろう。かなりの跳躍力だ。
「気配は覚えたけど、離れたところだとわからないかも」
「それは仕方ない。慎重に行くしか無いな」
行軍速度を落とさざるおえないが仕方ないだろう。
打ち合わせを社長とやり直して行軍ペースを調整する。まあ、ひとまず日が落ちる前に抜ける算段はできた。
予定....意味がなくなったな。
当初落ちるだろうと思われた行軍速度は、むしろ予定よりも早いくらいのペースで淡々と進んでいた。
なにせ、すぐに切れるだろうと思われていた龍人の完全平衡が一向に切れる様子がない。完全平衡は龍人の六感を最大に引き出した上、最適化された行動を淡々と取るようになるからあまり良いものではないが、こちらが手を打つよりよほど早く敵を見つけて殲滅する。
紗那が慣れてきたおかげで見つけるのは先手が取れるが、間違っても攻撃行動など取ろうものなら誤って切り捨てられかねない。下手に手を出せない以上、相手に攻撃される前に龍人をけしかけるなんていう方法を取らざるをえない。嫌な気分だ。
「龍人は後どれくらい持つと思う?」
「わかんない。戦闘区域では切れないと思うけど」
「....まあ切れたら切れたか。あまり離れないでいてくれよ」
「あねの言いたいことわかるけど、追いつけると思う?」
「出来るだけ、だ」
口調の軽さの割に、酷く苦い顔だ。速度と手数は紗那の十八番、それを奪われては敵わないだろう。
そうして、もう撤収地点、という所で紗那が嫌そうな顔をした。
「多分茶色いの。沢山」
「沢山...?」
「他の気配と混ざってる。茶色いのを識別出来ただけいいと思ってよ」
「そうか....どうしたもんかな」
困ったな。
行軍前に社長に確認した限り、近接戦に強い人間はそう多くない。かと言って撃とうとすると龍人の識別脅威度が跳ね上がって殺されかねない。近接武装の場合、脅威度に関わらず優先順位が下がるし奴らが来れば意識がそちらに向くから、近接武装で戦う分には誤爆されないと思うが....
「で、社長。策はあるか」
いつの間にか隣に来ていた社長にそう問う。
「まあ、全員帯剣してるし? おおかた龍人が狩るだろうからボチボチ防衛戦展開するしかないんでねーの」
「適当だな」
「そうでもないさ。現実的にもそれが安全かつ確実、だろう?」
全くその通りではあるが、言い方が釈然としねえな。ようは腹立つ。殴るか。
「逃げんな」
「いま絶対殴ろうとしただろ! お前の馬鹿力で殴ったらしばらく意識飛ぶわ!」
「良いじゃないか。一般人なら頭が吹き飛ぶぞ」
「良くねぇ!? 断じて良くねぇ!」
「チッ」
逃げられたか。
一旦進むのを止めて、防衛に良さげな地形に移動する。丁度よく敵は前からばかり、十字路を背に陣を敷けば、逃げ道にも困らないだろう。敵は正面一方。どこかしら逸れても三方の内、敵の薄いところから撤退すればいい。
ふらふらと進もうとする龍人を止めるのに四苦八苦しつつ待てば、死に絶えた人波とと異形と化した元人間がうぞうぞと湧き始めた。少ないその数も路地からわらわらと流れ込んであっという間に大通りを埋め尽くした。
「さて始めるか」
「準備おっけー」
「んーうるさいなぁ」
「良さそうだな。
では諸君。抜剣っ!
」
次回、
・時代錯誤の撤退戦
・現世に微睡みを
たぶんまた一遍に投げます。
あ、カクヨムにて外伝、OverBlood-Archives-を短編連載してます。
あと、本物川大賞用に一本書いてるのでたぶん何時もよりさらに投下が遅くなります...
ではまた。