直下降、つまり墜落。
「本気でやんの社長?」
「怖気づいたか?」
「まさかよ」
現在高度13,000m、大型輸送機の後部ハッチから、雲海を見下ろす。
GPSのパターンシグナルはグリーン。問題なく動作しているが、通信速度的にあまり期待出来ない。
「おさらいだ。5分後に、支部上空へ到達。そこから降下して出来れば屋上に着地。あとは順当に制圧して構わない。戦力はそれほど多くはないはずだが、油断はなしだ」
「全く。ずぶの素人にやらせるような事ではなかろうによ」
「まあ、そう言うな。少数で圧力をかけるとなるとこの作戦が手っ取り早いんだよ」
「否定しねぇな」
全くもって。
装備の方だが、流石に孤軍奮闘で飛び道具なしは死ねる。二刀と軽量化した22口径カービンにコンパクトタイプの拳銃一丁。ついでに、径を変えずに厚みを増やして重くされた鉄パイプを一本。完全に打撃武器と化してるな。あとはナイフを数本。
「なあ。引っかかってパラシュートが、とかねぇよな?」
「保証できんが、まず無いと思うぞ?」
会社の製品に不満は無いが、こうゆう時に限ってやたらと当たりの悪いのが俺だからな。たとえ着地に成功しても、装備が破損する可能性は十分にある。全ロスしてもまあ、戦えないことはないが効率は最悪になる。
「時間だ」
告げられた言葉に、後部ハッチの縁に歩み寄る。
「しゃあねぇな。行くかい」
「下は任せろ」
「おう。頼む」
短く返し、雲海の下の目標を思い浮かべ
「残り18秒........5,4,3,2,「行ってくる!」1,今」
飛び降りる。
最終落下速度は約220km/h、時間にして約三分半強。ついでにくっそ寒い。マイナス50℃くらいらしいが、実際の落下中は空気に体温を奪われ続ける。防風防寒がしっかり効いているとはいえ、かなりきつい。
あっという間に雲海に飛び込んで視界が悪くなる。そう遠くない位置でチカチカと瞬きが走る。雷かよ。とすれば下は雨か。
余り濡れると、全体的に重くなるから嫌なんだがなぁ。そう思っている内に、さらさらとした氷雪の雲からじっとりと濡れる蒸気の雲に変わる。
思ったより薄い蒸気の雲を抜けた先は、薄昏い街並み。鉄と灰で組み上げられたビルの群れだ。まあガラスやポリマーも使われているが、例えにそう細かい事を言っても仕方ないだろう。
天候は小雨。ただしそこら中で雷が鳴っている。ついでに落ちてもいる。まあ避雷針に、だが。
湿度が100%を超えているのか、叩き付けられる風と共にジャンプスーツに水滴が浮かぶ。防水膜に防がれてはいるが、布地の隙間から僅かずつ染みて濡れてきている。着いたら脱ぐから下まで染みないと良いが。
『高度、移動速度、共に問題ありません。そのまま降下してください』
「このまま落ちたらあの赤灯だらけのビルか」
『そうです。パラシュート展開まであと23秒です』
「了解」
無線越しの硬い口調、完璧な日本語。喋り方と言い勤勉さと言い、オリヴィアの性格が大分穂月に似てきたな。流石に師と仰ぐだけある。まあオペレーターとしては都合がいいが。エレノアんとこのリンダあたりは姦しくてかなわん。あれでオペレーターを十年以上も努めているベテランなんて冗談臭いが。腕は良いんだがな、全く。
無駄な思考の垂れ流しで20秒を潰し、パックのリップコードに触れて合図を待つ。
『....2,1,今』
「あ....」
取れた。
「ちょっパイロットシュート出てこねぇし!?」
『落ち着いてください。メインを切り離して、リザーブを開いてください」
「わかってるわっ!」
刻々と近づいてくるビルに喚く心臓を宥めながら、メインキャノピーを切り離して、リザーブキャノピーから予備のパラシュートを開く。
「あぁうんこれ無理だわ!」
『ご愁傷さまです』
「くそっ! 窓も無ぇとかよ!」
パラシュートを開いた時点で、ビルはすぐそこ。高度が下がりすぎて屋上に降りるのは無理だ。
灰の壁が迫る。身体を捻って短い方のブレードを抜いてスイッチを入れる。刺さればいいが。
『耐蝕鋼板付きの鉄筋コンクリートですが、厚くはないので刺さるかと思います』
「だと良いがな!」
そも、手足が持たなければ顔面から突っ込むぞ。
熱く灼けるブレードでパラコードを切断しないように気をつけながら、手足を関節が固まらないように注意しつつ目一杯伸ばす。ストロークを確保して全力でクッションすればなんとかなるだろ。
迫る灰色にタイミングを取って張り付く。
思った以上にすんなりと壁材を貫いてブレードが突き刺さったが、衝撃の強さに手足が痺れる。落ちないように手を握り締めて痺れをやり過ごし、もう一本ブレード抜いて刺し変えながら屋上へ上がった。
「全く、ひどい目にあったよ」
『お疲れ様です。作戦開始まで五分』
「あいよ」
絡まったパラシュートをブレードで切り捨て、ジャンプスーツを脱いで装備の位置を調整する。
サプ付きとは言えココで撃つわけにも行かないから、取り敢えず目視で装備に問題がないか確認。まあ多分大丈夫だろ。
『作戦開始です。一先ず上層三階分の制圧をお願いします』
「了解。案内は任す」
さてと。仕事を始めよう。