俺と屍と鉄パイプ。あと、生者たちの選択肢。
連載に戻します。第1.5部が出揃った時点でまた完結にしますので。
「さて、今説明したとおり、今後奴らのことをStDと呼称する。変異体どもは配った資料を見てくれ」
資料に目を通す。
「Ferric Arms社(以下FA社)・中国西部支部.襲撃計画」と書かれた表紙を一瞥し、通例呼称として簡易軍用語のリストとStDや変異体のデータを開く。軍用語はだいたいわかるが、StDと変異体に付けられた呼称を覚え直すのは少々骨だろう。
「今回は臨時で龍人達に参加してもらうが、頭数が不足しているから他の生き残りたちにも訓練の上、参加してもらいたい。基本的には後方支援になる。
現場で動く人間は直接戦闘員に絞ると1000人に満たない程しかいない。全体でも1万人程だ。今作戦に限って言えば、投入する直接戦闘員は270名。中間及び後方支援は1860名。ただし、周辺の制圧を含めた人員だから突入組はまだまだ少なくなる。
現状で支援に割り振っている人員をある程度戦闘員に振替たい。その補間として働いてもらいたいわけだ」
まあ、LG社の企業規模に対して戦術部の所属人員は圧倒的に少ないからな。こうも同時多発的にやられると後手に回るのも人員が不足するのもい仕方ないだろう。
正社員にしたって各支部に数人で後は年間契約社員だけだしな。契約だから給料は高いが首になりやすい。必死こいて働いてくれていいよな。ブラック企業っぽいけど。
「で、だ。いきなり本部を襲撃なんて危なっかしいことはしたくない。一般社員の中にも作戦に参加したいらしい奴らもいるからその辺と纏めて基礎訓練をする。で、選別がてらFA社の支部を襲撃するぞってなわけよ。オーケー?」
「なるほど。それで使えそうな奴は本部襲撃に突っ込むと」
まあ諸々洗い出しも兼ねてるだろうが。とは口に出さない。洗い出しの意味がなくなるだろうしな。
ご名答、などとニヤつく社長を鼻で笑いながら資料を捲っていく。相手の予想戦力が結構笑えない感じがしているが、まあどうにかなる算段があると思っていいんだろうな。‥‥いいんだよな? ま、最悪社長を盾に逃げるか。
「参加してくれる奴はコレが終わったあとマルタに言ってくれ。つーわけでマルタよろしく」
「了解しました」
「さて、細かい作戦云々は各自の訓練が終わって参加メンバーが決まってからになるわけだが、何人かにはこっちから頼むことがある。
無月家。お前ら全員近接武装としてもらう。銃も渡すが弾数が回らん。龍人は前回の武装にいくつか追加するだけだが、灰斗と紗那には全く別の武装をしてもらう。
灰斗は動力鎧のテストも含めて全身鎧と両手剣だ。総重量は30kg以内に収まる予定だからまあ大丈夫だろう。
紗那には、改良型Swordmanとかいろいろテストがてら頼みたいことがあるから後で穂月に聞いてくれ。
赤城家、お前らも前に出てもらいたい。装備やなんかは適正が分からないから一通り他の奴らと訓練してからになると思う。まあ、近接武器が何かしら使えればいいんだがな。
他の奴らの装備は訓練が終わってから適正毎に配備する予定だからまあ、色々慣れておけ」
基礎体力的に前衛に俺と灰斗が付くのは確定的だし、きっと社長と穂月も前に出張るだろう。他の人間はローテーションで前衛に回すとして、化け物相手の戦闘なんぞ想定されていないのだから近接武装の数は足りないのだろう。弾の備蓄も多いとは言えないだろうし少々難儀ではあるな。
「ま、一回目のお話としてはこんなもんだな。家に帰れるようになるにはかなり掛かるだろうし、もはや心残りすらない様な奴らもいるだろう。そうゆう奴らでここに残りたい、あーつまりうちの会社に入りたい奴らは、それもマルタに言っといてくれ。普通に事務とか製造とかもあるから適正面で仕事に困ることは殆ど無いだろ。後なんかあったか?」
「特にありませんが、社長は執務がありますのでこの後同行していただきます」
「げ、後でいいじゃん」
ぶーたれる社長に穂月が、無表情の顔の口端だけを僅かに上げ微笑んだ。マジ怖ぇ‥‥
「今日の九時までの分は終わらせていただきますので。三日分程でしょうか?出来ますね」
「三日分、二時間ちょっとか。あ」
「はい、では参りましょう。」
墓穴を掘った社長があっと言う間に連れて行かれる。連れ去られる社長を見送ったマルタがこちらを見渡した。
「では、どうするかお決まりになりましたら声をかけて下さい。今決められない方は、本社中央受付におりますのでお呼びつけ下さい。訓練の日程などに関しましては、決定しだい各部屋の情報端末に表示致しますので、一日一回は確認するよう、お願い申し上げます。」
マルタの一礼と共に、徐々に周囲がざわめきだす。大方、どうするか話し合っているんだろう。
この後どうするか灰斗たちと話し合いながら周囲の会話を拾う。どうやら意外と参加する方向に進んでいるようだ。後方支援とはいえ、恨み辛みの晴らす機会を逃すまいとはしたたかな奴らだ。
「龍人さん。昨日の検査結果が出ましたので医療棟へお越しください。詳しくは医療棟の受付で」
「ん、了解。ちっと行ってくるわ」
「あいよ。部屋戻ってる」
結果が出たか。さて、俺が把握している分とどれほど相違があるか。まあ情報くらい提供してやらねぇとな。さっさと終わらせてくれるに越したことはない。
受付で話を聞き、医療棟の一室へ向かう。
乳白色で統一された屋内はさほど冷たい印象を受けないが、ここは最先端レベルの医療技術を扱う場所だ。そうゆう場所に付きものな死臭は免れ得ない。
臭うのは下だが、目指すは上だ。そのことに少しだけ安堵しているのは何故だろうな。まだ、慣れきっちゃあいないってことか。まあこんなもの慣れないなら慣れないままの方がいいんだ。躊躇いさえしなければな。
医療棟の四階のやや奥まったところ、シンプルにDr.セレアと何故か仮名交じりに書かれた扉を叩く。特に返事を待たないで開けると、白衣を来た女、Dr.セレアがこちらを睨んでいた。
「せっかちは嫌われますよ? それに下手をすると問答無用で撃たれます」
「で、結果は?」
「人の話を聞いて下さい!」
怒りでかやや顔を赤く染めたセレアを諌めつつ、先を促す。
「まあ取り敢えず結果を教えてくれや。色々面倒な感じになっているだろう?」
「はぁ‥‥まあ、そうですね。これから話すことは一般の方々には内密に願います。少々刺激的な内容なので。」
「まあ当然だろうな。うちの姉妹には話すが、他には言わんよ」
「はい、お願いします」
少し息を吐いて、セレアがマグカップを差し出してくる。ふむ、コーヒーか。そこそこ美味しいな。
セレアも自分の残りを一息に煽って入れ直し、マグカップを一旦置いて資料を手渡してくる。まあ専門用語祭りでさっぱり読めんが。
「読めるかわかりませんが渡しておきます。
一番上、それが奴らが呼称するウイルスの名称です。[Relief Virus]救済などという大層な名前なのは、元が医療用のウイルスであったためです。軍用に転用される内に医療用のRウイルスは失われてしまったようですが。軍用に転用されるようになった理由などは現状では不明です。
次を見て下さい。その一覧の数値は循環系や免疫系などの働きを数値化したものです。循環系は心拍数と血圧の増大と赤血球の増加が見られます。免疫系は白血球は殆どが変質しているようで、恐らくはウイルスに感染した部分が代替しているものと思われます。
脳の損傷による身体能力の制限開放とエネルギー供給の増大によって、スタッドの身体能力は尋常ならざるものになっています。ただしそれを操る部分が欠落しているために、表面上は異常な筋力の上昇が見られるだけに留まっています。
脳の損傷に関しては、全体の約28%が死滅、40%近くが機能低下、脳に近い三半規管の壊死と眼球の白濁が見られます。また、皮膚感覚もあまり機能していないようですが、匂い、音、熱に関してはより敏感になっているようです。
次です。病状の進行に関してですが、あなたの言うとおり感染が広がるにつれ体細胞の変質と再生能力の増大が見られます。そこから徐々に心拍数と血圧が上昇していき体温が一時的に上昇、脳細胞の一部に壊死が生じることで一時的に仮死状態に陥り、その後自我を失った状態で目覚めます。
目覚めた後も変質は進行し、膨大なエネルギーを一度に消費することで強い飢餓状態へと陥ります。そうすることで、本能的な防衛反応が発生し、食欲が増大。見境なく周囲の生命体を捕食するようになります。
おさらいとしてはこんな感じですね。
そしてコチラが本題になりますが、あなたとスタッドの細胞・血液の差です。
あなたがどのようにして自我を保ったまま変質が進行したのか、そしてその高速再生と血液の自活能力、出来るだけの事はしたつもりですが、はっきり言いましょう。
わかりません。」
分からないときたか。まあそう簡単に自分の正体を確定出来るはずもない。
「まあ、しようがないだろう。俺の感覚的な話になるが、スタッドにならなかった奴らには恐らく精神的にいくつかの要因があったんだろうと思う。黒いのや緑のや朱いのや俺とかな。」
「精神的な要因ですか」
「そうだ。このウイルスは遺伝子なんていう超微細なレベルの生命体でありながら何かしらの方法で一つ一つが会話することで一種の集合意識を形成している。その集合意識に自我を乗っ取られればスタッドになるってことだろう。」
Rウイルスの集合意識は漠然としすぎていて、正直未だによくわからないものなんだがな。ただ、どこかからもっと明確な意志が逆流してくる事があるが‥‥
「そんな漠然としたものに乗っ取られることなんて‥‥」
「そう、それが難しいところなんだ。本来ならありえないくらい意志薄弱としたはっきりしない何かでしか無いはずだ。だが、俺達人間の精神は所詮脳っていう器に納まる程度でしか無い。いや、言い方が悪いな。精神が例え魂に宿ろうとも、肉体を動かすのは所詮脳であり、脳が俺達という意志を受信しているに過ぎない。
ならばそう、ジャマーと同じだ。意味が無い意志だとしても単純出力が圧倒的に大きければ、身体のコントロールは奪われる。そして、身体のコントロールが奪われた状態では恐らく、逆流が起きる。」
「それ‥‥は‥‥意志の、逆流!?」
セレアの顔色が急激に悪くなる。精神科医でなくともソレが意味することがわかったらしい。俺ですら気付いたんだから、察しのいいやつなら気付いてもおかしくはないだろう。
「そうだ。そうすることで完全な肉体のコントロールが行われる。最適化もな。だから俺の遭遇した朱いのは明確に意志を持って俺を襲ってきたし、ある程度の技術と呼べるものを使ってきた。それは元の彼らでないにしろ、生きている人間を相手にしているのに近い。身体能力がある分ヘタするともっと厄介な相手かもしれないがな。」
「‥‥これ以上は結論を急いても仕方がないですね。ありがとうございました」
「いや。情報の自己完結は危険だからな。意見が交換できたのは互いにためになったさ」
実際、感覚的にはどうとでも言えるがデータで出すことは専門家で無ければ無理だ。良くこれだけのデータを纏められたと思う。本当にココの連中は規格外に優秀だわな。
「一先ずは以上になります。また新しく報告があれば連絡しますのでよろしくお願いします」
「ああ、頼んだ。一応作戦行動に付いて行く予定だから、その間は顔を出せない」
「はい。その場合は龍人さんの情報端末の方に送らせていただきます。社長に受け取っておいて下さい」
「わかった。じゃあな」
資料を置いて部屋を出る。
あれは外部に洩らせるようなデータじゃあない。本当は死んでないなんて伝えてトリガーの指が鈍るのは今は得策じゃない。
グルグルと回る思考と混沌としてきた情報を整理しながら、自分たちに与えられた部屋へと急いだ。
「訓練は設備の関係で三日後くらいになるって言っていたぞ」
「え、なにそれ初耳」
部屋に入った途端コレだ。いつ聞いたのやら‥‥三日後か。
「ってことは途中参加アリにすんのかね。まあ大した問題は出ないだろうが、遅く入った奴らは練度が怪しいだろ‥‥。後方なら問題ないか。どうせある程度防御にも気を使うだろうしな」
「そうだな。後はぼちぼち訓練に混ざったり、指揮系統確認したりとかその辺やればいんじゃね?」
前線組以外は奴らの呼称を覚える必要すら薄いからな。基本、色と見た目でだいたい何を指してるか分かるしな。後方ですることなんて精々荷運びとか位だろうし、訓練も最低限自衛のためだろうと思う。
まあ根本的に社員に対する身体能力の要求がオカシイからな、この会社。社員全員武装している事を考えれば、この少数精鋭が成り立つのも頷ける。後方に必要な人員が一番割合喰うからな。
「前の指揮は社長とお前で二分だろ?先行遊撃で俺に紗那に穂月、後、ゾンネんとこのおやっさんか爺さんが来ると思うが。俺達が固まるとしたら、指揮の関係で少数精鋭っぽくなるんじゃないか?赤城がどうなるか次第だが」
社長の方は部隊レベルの指揮者は多くても総括出来るような人材は少ないからな。聞いた限りそいつらは他の方に投入するらしいし、そうなれば社長が直で行くしか無い。状況対応能力を上げるなら最前線で直接指揮する役割が灰斗に回って来るのは疑いようがないだろう。
「オレ素人だけどな」
「知ってた。むしろ俺ら一般人だから今更だろ」
と言いつつ、社長と関わりのある人間を一般人と評していいのか疑問が残るところだが。
多少、無駄話を挟みながら今後の方針を話し合う。社長の方で考えてる案がわからないと計画まではいけないが、大雑把な指標だけでも決めておいた方が今後が楽になるだろう。
「灰斗の装備が恐らくアレの完成形なら、前線で声張りながらブン回すスタイルになるだろ?俺の長柄剣は広さ的に厳しいと考えると、ブレードオンリーのスタイルになる。そこに紗那がSwordManとくると‥‥前衛のバックアップは誰だ?聞いとかないといけないな」
「広い所はオレが行くにしろ、狭い通路になると振り回し辛いからな。討ち漏らしは紗那に任せるとして、そう来ると高低差がないとバックアップは厳しいんじゃねぇの?」
「とくれば、補助で近接をもう一人追加? 選択肢としては妥当な所か」
問題は誰か、だな。下手に戦力を集中させるわけにもいかないし‥‥んー、ゾンネんとこのは無理だな。となると、近接が出来て俺らについて来れる人間‥‥そんなに強くなくてもまあ大丈夫、とくれば‥‥
「なんでだろうな、思いつく人選の尽くが‥‥」
「一般人、だな」
人の少なさから、社長のとこの配置はなんとなく予想できる。そうすると余っていく人間が狙撃手とか援護兵とかがメインの奴らばかりになってしまうんだが‥‥指揮的に赤城夫婦まで連れて行く余裕はないし、そうなると、皇都か伊藤か藤沢辺りが何気に戦闘能力高いんだよな。皇都は回避特化だが。こいつらなら社長のトコの戦力削ることもないし。しかし、男どもは目立った奴ら残ってねぇな。前に出したからなぁ。生き残っていれば使えそうな奴らは結構いたんだけどな。
「まあ、そのへんは取り敢えず追々決めていくとしてだ。今日は遅いから寝るとして、明日からは装備の調整から先にやっていくか。動力磑ってのが気になる。灰斗の筋力なら問題ないだろうが」
「武器の方はアレ一択。動力磑のスタイルがどんなのかにもよるが、30kg以下ならしれてんだろ。」
まあ、倍の60kgって言われても行けそうな気がするけどな。スタミナが足りんか。
「じゃあその辺でぼちぼち行こうか」
「ってことで、飯だ―! 行って来い!」
「わ た し か(笑)」
「お ま え だ(笑)」
私は料理係ではないというに。まあ、昼飯は結構好評だったが。
「あ、パフェ」
「あーはいはい、わかりましたよ。私が用意しないと出ないもんねココの食堂」
「そーそー。よろしく」
グダっていた紗那が起き上がりざまに言った要求に呆れる。
大げさに溜息を吐いて、体の力を抜く。肩凝るわ。
「さて、じゃあおにーさんもちょいと頑張ろうかね。」
「オレ、ラーメンな」
「オムカレー」
昼と同じメニューを要求されて思わず飽きないようにするには、と考えるあたり色々手遅れだが気にしたら前田。いや誰だ!?
まあいい。まあいい。いいことにしておけ。しておく。
「そうさな。30分ばかしで出来るからぼちぼち来いよ」
「「らじゃたー」」
気の抜けた返事にまた大げさな溜息を吐き、献立を頭に巡らせながら部屋を出た。