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俺と屍と鉄パイプ。  作者: 橘月 蛍
第1部 悪夢の始まり、日常の終わり。
35/47

ハート・オフ 1/2

今回の投稿時点で、約35000PV約5800ユニークでした。

読んでいただきありがとうございます!

穂月を投げた体勢で硬直する俺に回避不可能な腕が迫る。

重心が上がりすぎて次の行動を取るための体重が乗らない。人間相手ならここからでもある程度選択肢を考えられるが、相手は俺の胴よりも太い腕だ。


僅かな思考の隙間に迫った腕を、両手で受け止める。馬鹿みたいな身体能力のお陰でダメージはないが質量差を覆す手段は現状では存在しない。あっさりと弾き飛ばされた背後に床と呼べるものはなく、15m以上下に広がるアスファルト舗装か乗り捨てられた車に落ちるしか無いだろう。

姿勢を整えるには些かバランスを崩しすぎている体を広げて、僅かに滞空時間を伸ばし周囲を探る。直地点と思われる場所には、残念ながら何も無い。さっきは車で衝撃を殺したが、何も無い場所に着地して無傷でいられるかは怪しい。とゆうか根本的に着地などど言う綺麗な落下ではない。

もはや墜落である。


ああ、運が悪い。


視界いっぱいに広がる黒灰色にせめてと手を伸ばしたが、回転する体に対してさしたる意味はなく視界が塗りつぶされた。






痛む体に溜息を吐きながら目を開けると、視界の端に何か巨大なものが映る。

どうやら、倒れたデカイのが横たわっているらしい。潰されなくてよかったな。潰されたら出るのめんどくせぇぞ。

デカイのが倒れた音は聞いていないし、恐らく意識が飛んでいたんだろう。圧縮力には強いが曲げ強度はイマイチなのか...いや、単に関節部分が逝ったとか頭に衝撃が通ったとかその辺りが原因か。

そう簡単に死にはしないが、意識は落ちるのは危険だな。さすがにバラバラにされたりすり潰されたり、燃やされたりすると死ぬだろうし、その辺気を付けるようにしておくか。


ヘリのローター音が聞こえている辺り待ってやがるな?あいつら。

デカイのが倒れた影響で周囲は瓦礫の山になってるが、今の身体能力なら大して問題ないだろ。周囲に殆ど奴らの気配はないが、屋上に妙に気配が多いあたり急いだほうがいいな。




チラホラといる屍どもを雑に斬り払い、二階へ上がる。続けて三階へ上がり屋上へ行こうとした時、思わず足を止めた。

朱鬼を超える今までにない異質な雰囲気。数は一、こちらには気付いていない?あぁ、こちらが気配を消して行動していればこんなものか。こちらからも姿までは確認出来ない。それに気配が拡散しすぎていて位置が曖昧だ。


俺が警戒を露わにした瞬間、気配が急激に収束する。

反射的にブレードを左へ掲げた途端、全身に響く衝撃とともに弾き飛ばされる。浮き上がった体は5m以上をなかば水平に飛んでから床を転がった。

転がった勢いのままに起き上がり、防御に使ったブレードを投げ捨てる。

初撃でブレードを両方叩き折られた。受けに使った左腕の上腕の骨は砕け、左の肋骨も4本くらいヒビが入ったようだ。左腕は使い物にならない。


俺を弾き飛ばした奴を見る。

デカイな。天井スレスレの体高に樽のように肥大した体躯。だが、肥大しているその全ては筋肉らしい。心拍に合わせて全身に走る血管が脈動している。体に対して二回り以上大きくなっている頭には目も鼻も耳もない。鼻の辺りに空いた2つの丸い穴とその下で三日月を描く朱い口。のっぺらぼうと言って差し支えないほど凹凸のない頭部に切り裂いたようなソレが不気味だ。

見た目は鈍重そうだが、さきの攻撃は恐ろしく早かった。加速無しではやりあえるかどうか。


一瞬の間、在る筈のない目と見つめ合った。

先に動いたのは相手だ。倒れこむように踏み込んで一瞬で間合いを詰めてくる。

少しだけ加速した思考でソレを認識して、滑るように横へズレる。踏み込みの二歩目であっさりと追われ巨体が目の前に迫る。

下がっては躱せない。そう判断して右斜め前に出る。正確に踏み込んでくる三歩目に合わせて左斜め前に低く跳ねるように入る。

引っ掛けるように乱暴に震わせた腕を腰を落として躱し向き直る。


反応は良いが動きが荒いし単調だ。問題は有効打を与えるものがないことか。22LR弾は大した効果はないだろうし、鉄パイプじゃ筋肉の層を抜けるほどの打撃を与えられるかどうか。

もう一度突っ込んできたのを殆ど似たような動きで避ける。肋骨のヒビは殆ど治ったか。左腕はまだ動かない。

また同じ攻撃。避けざまに横っ腹へ掌底をぶちかます。震脚に発勁付きだが大してブレもしない。衝浸撃は左腕の状態が悪化するからまだ使わない方がいいだろう。ヘタをすれば流れた衝撃で左腕がもげ飛ぶ。

内気功の効きがひどく悪い。そもそも気功だの発勁だのは得意分野では無いからな。仕方あるまい。


繰り返す突撃に合わせ足回りを重点に打撃を加えるが効きが悪い。大きな上体を支えるための下肢もまた太く頑強で、十数発の打撃を浴びても揺らぐ様子はない。

朱鬼のような技量も思考能力も無いが、荒く雑な動きは時折予想もしない攻撃を生み出す。勢い余って転倒してきた時にはさすがに巻き込まれるかと思った。

まだ左腕の動きは悪い。筋繊維は殆ど治ったか。骨はもう少し。腱の治りが悪い。


時間がかかりすぎる。自然治癒に任せておいてはあいつらに置いて行かれそうだ。

ゆっくりと思考を加速する。回避は無意識下に。思考は柔軟に。

意識して全身の血液を循環させる。損傷細胞を再生。疲労を除去。

ヘリに乗るまで保てばいい。無意識の制限を解放。各身体機能を強化。

心拍数を増加。血液量を増加。血中酸素量も増加。体温上昇。神経の伝達レートを強制的に上昇。

死なない程度に体脂肪を片端から分解。エネルギーを確保。


改めて敵を認識する。回避直後。敵は背を向けている。

加速した思考の中で変わらないような速度で鉄パイプを抜く。この際折れてもいい。


一歩。震脚。衝撃を確保。


二歩。鏡震脚。衝撃を増幅。


三歩。もう一度鏡震脚。衝撃をさらに増幅。


四歩。両足で震脚。腹わたが混ぜ繰り返されそうだ。


敵が振り向いた。水月へ全力で鉄パイプを振り抜く。


打撃の瞬間、溜め込んだ衝撃が鉄パイプへ伝わる。鉄パイプを握る手の平が泡立つ。握り締める。


それは熟れた果実を割ったような。

水っぽい破裂音と共に、敵が弾き飛ぶ。べちゃべちゃと汚い音を立てながら転がっていったそれを見送って、全身の力を抜いた。


血水の中に倒れこむ。ミキサーにかけられたみたいな腹わたを口から垂れ流す。いつも通りの時間に帰ってきた思考でぼんやりと周囲を探る。馬鹿みたいに悪目立ちしていた気配は感じられず、視界の端にわずかに映るそれは動く様子もない。

散乱する思考を拾い集めて、整理する。

体中痛みしか無い。ピクリともしない身体に苛立ちが募る。流れ出す血液が敵だったモノの血液と混ざり合うのを見つめる。霞んでいく視界を止めるすべがない。


そもそも、もう、考えが廻らない。


次、何すんだっけ?


ねむ....い......

























心拍が聴こえない。


感覚が拾えない。


意識が覚束ない。


思考が纏まらない。


声が聞こえる。


懐かしい様な響きと。


痛いほどの悲鳴が。


意識の内側も外側も。


感覚の拾いだした。


理解し難い何かを。


受け入れろと言うのなら。


もうソレすらも。

























    喰らい尽くして終わらせよう。



























ふと、目が覚める。

見渡した周囲は意識が落ちる前と変わらない?

いや、違う。

周囲に流れ出て、飛び散った血が。

水たまりのようになっていたソレが一切見当たらない。

心なしか身体が軽いような気がした。


「あ、行かねぇと。置いていかれるな。」


違和感の正体に目を瞑って、俺は歩き出した。






階段を駆け上がる。

途中で階段を半壊させている車を軽く飛び越えて屋上へ出る。


「遅いぞ!早く来い!」

「わぁかっとるわ!ちっと待てぃ!」


ヘリまでの最短距離、敵は11体。踏み抜かない程度に床を踏みしめて飛び出す。

進路上にふらりと入った一体を右手を薙いで弾き飛ばす。正面の一体は左手を突き出して後ろにいた奴らごと薙ぎ倒す。走る勢いそのままに跳ねて倒れた奴らを飛び越え、その先にいた一体を足場にヘリの近くまで跳ぶ。回転翼に巻き込まれないギリギリに着地して、勢いを殺さずバネを使って前に跳躍。


「お~待たせぃ!っとな。」


カっと靴底が鉄板を叩く音と共に、機体が浮き上がった。


「ようし、状況は?」


ホバリングではなく、着陸した状態で待っていたから燃料は平気だろうが、あれだけ奴らにたかられて大丈夫なのかよ、と。


「問題ないな。増援こそ二人だけだったが、鉛はタップリとあったからな。ほら。」


灰斗に手渡された銃に目を落とす。


「ほへぇ...サプに亜音速弾か。まぁ、奴らを集めないようにするんなら、この組み合わせが手っ取り早いよなぁ。」


開けっ放しのドアから眼下の奴らへ向かって数発、発砲する。ボルトの動く金属音が響くが、サプレッサー無しと比べれば音がないようなもんだ。しかし、ヘリのローター音があるから意味が無い気もするがな。


「よぉ坊主。老けたな。」

「ケールのおっさんじゃねぇか。遠路はるばるよく来やがったな。」


前に己刀流の実験台として色々やらせてもらった覚えがあるな。中々丈夫なおっさんだ。


「どうだ、日本ご上手くなっただろう?」

「そうだな。白髪の数だけ上手くなってるな。てかなんで「語」の発音怪しいんだよ...」

「人が気にしていることを...なんでか「ご」が発音できないんだ。」


やれやれ、俺も英語なんざさっぱりだから人のこと言えないが...。


「ドアを閉じますので離れて下さい。」


雑談を続けていると、穂月が注意を促すのでドアから離れる。スライドドアが穂月の手で閉じられるのを見送って話しかける。


「生き残りは?」

「29名です。ほぼ非戦闘員ですね。戦闘員は貴方が落下した後から変化ありません。」

「少ないな。1.5倍は生き残る予定だったが....予想外が多すぎたか。」

「一時的に混戦状態に陥ったことが最大の原因でしょう。が、あの状況では今以上の結果を残すことは難しいかと。私も貴方も、他の方も、知識、経験共に不足していますので。」


それはそのとおりだがな。どうしても考えざる負えないだろう。別に責任を感じているわけでもないが、かと言って面白くはない。例え倍の人数が生きていても、より不可能な理想を考えざる負えないのが人間というものだろうよ。


「ん?お前も経験は無いのか。」

「本職は秘書ですので。兼護衛とも言えますが、社長は護衛が必要な御仁ではありませんし、作戦立案に私が介入する余地はありませんので。従事することは時折ありますが。」

「そう...か....ところで....といれ、あるか...?」

「運転席の後ろがそうですね。手狭ですが。」

「おぅ.....」


このクラスのヘリにトイレが有るだけ重畳だよ....。

必要な描写には中型ヘリじゃダメなことに気付きました。

そのため、文章中の機内の描写が1/2・2/2共におかしなことになります。


改稿時にその辺の矛盾などは一掃したいとおもいますのでご容赦下さい。


予告


トイレへ駆け込む龍人と見送る灰斗と紗那。

不審な行動を取り始める赤城夫婦。

重く沈む機内で生存者たちは思考を巡らせる。


湧き出さない安心感と収まらない不安感。本当に自分たちは助かったのだろうか。


次回、ハート・オフ 2/2

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