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俺と屍と鉄パイプ。  作者: 橘月 蛍
第1部 悪夢の始まり、日常の終わり。
31/47

ノット・リ:セレクト

PM4:17

後一時間。二階に上がったものの、屋上階からの銃撃が激しくマトモに上がるのは不可能なようだ。

やたら上がった身体能力に振り回されない様に無手で少しオーバー気味に身体を使いながら移動していく。いくら何でも頭蓋を掌で砕くのはどうなんだろうか。鉄パイプで街灯を折り曲げた事といい、人間辞めるにも程があるな。

裏方に回って階段を探すが見つからない。扉に鍵は閉めているが圧潰されるのは直ぐだろう。奴らはいるだろうが非常口という選択肢も無くはない。とゆうか見つからないししゃあないか。


標識に従って歩けば直ぐに非常口は見つかった。幸いまだどこも扉を破壊されていないようで、道中奴らと遭遇するようなことも無かった。

非常口を開けようと手を伸ばした時、扉の方から勝手に開き誰かが飛び込んできた。

ドアノブを握ったままつんのめって転がり込んだ誰かを無視して、後続に続こうとしている奴らを抜き打ち撫で斬る。それほど数はいなかったおかげですんなりと掃討が終わった。


「ひっ!?」

「ん?」


引き攣ったような悲鳴に振り返ると地味子...じゃなくて大宮がガタガタと震えながらこちらを見ていた。

ふと自分の格好を見ると服はズタボロ両腕は千切ったのでノースリーブ、露出した肌も色がわからないほど全身が血塗れて斑模様になっている。素手で頭を潰したせいか所々に肉片や骨片と思しきモノが張り付いている。どんなホラーだ。裾で手を拭くも全く効果はなく、試しに絞ればボタボタと半分固まった粘質な血が滴り落ちた。

とりあえず周りに危険がないことを確認して上だけ脱ぐ。千切れない程度に力を込めて絞り、ついでに身体を拭く。

ふむ、おっちゃんの贅肉はドコに行ったんだろうか。少々見苦しいくらいにはあったはずだが、ここ十数日の間にすっかり筋肉と入れ替わってしまったのか。てゆうか腹筋微妙に割れてる。筋肉質な自分とか何気に違和感あるわ...。

ガッツリ絞られて半乾きの服を着直して気付く。そういえば大宮がいたか。


「あ、すまん。見苦しい物を。」

「いや、あの、ごめんなさい。」


なんだ、体育会系かと思っていたがそうでもないのか?

まあそれはさておき、さっさと上に行くか。状況がわからないし急いだほうがいいだろう。


「立てるか?上に行くぞ。」

「あ、はい。あの、すいません。」

「ん?何を謝っているか知らんが援護は任すぞ。弾はあるな?」


大宮が頷いたのを確認して、非常階段を上がる。早足だがちゃんとついてくるな。


「上の状況は?」

「階段付近とスロープ以外は奴らでいっぱいです。屋上にまでは侵入してきていないですが、3階でスロープに向かう時に襲撃されて何人かが孤立して車を盾に耐えています。」

「そうか。お前は何でこっちに?」

「最初に襲撃された人たちを逃すのに囮になったんですけど、逃げてる内にしたの階に。」

「ドジだな。てゆうか何で敬語なんだ?」

「え?何でって言われても...え?」

「年下だぞ。」

「.......」

「.......」


目ぇ逸らすんじゃねえよ。どうせ老け顔だよ悪かったなちくしょう。


「まあいい。3階に入ったら俺が適当に奴らを惹きつける。お前は孤立した奴らを適当に誘導して非常口から逃がせ。どうやら下からの侵入は殆ど無いようだし狭いから大して脅威にもならないだろう。お前らが逃げたら俺も適当に数を減らしながら逃げる。」

「大丈夫......そうですよね。」

「多少心配するべきじゃないのか....。」


また目を逸らすのに思い切り溜息を吐いて、ちょうど目の前の非常口に手を掛けた。


「あまり撃つなよ。俺の方で音を立てられるものが殆ど無いからな。あと孤立組までは送ってやる。離れるなよ。」

「はい。」

「よし、行くぞ。」


非常口を開くと思ったより奴らの数が少ない。

事前の情報通り右の方に車を盾に孤立した集団を確認して、大宮を引き離さな程度に走り出す。

下に比べればよほど少ないとはいえ、それでも小集団で突破するには接近戦で十分な能力がなければ厳しいだろう。少なくとも半分以上の奴らを惹きつけてやらなければ、集まった部分の壁を抜けるのは難しい。抜けてしまえば排除しながら常に移動し続けることで対処できるはずだが。

足音にこちらを向いた一体の手を取って引き寄せながら鳩尾より少し上に掌を当てて押し飛ばし、左から来ていた二体を巻き込んで時間を稼ぐ。斬ってしまうと俺の抜ける隙間しか出来ないから大宮が付いて来るには厳しいだろう。

正面から来た奴の手を払って120度ほど回転させ、身体を掬い上げるように背中を押す。微妙に捻りを加えて横を向かせれば右の三体ほどを巻き込んで飛んでいった。さらに正面の三体を二振りで斬り殺して前に進む。


「走るぞ!付いて来い!」

「はい!」


返事を確認して走り出す。

目の前で壁を成す屍体共に向けて咆哮する。


「おいっ!!!こっち向けや糞虫共がぁっ!!」


ビリビリと響いた怒声に後ろで悲鳴が上がるが黙殺する。ブレードを両方抜いて肉壁に向かって突っ込んだ。

横滑りするように弧を描きながらの薙ぎ払い、両の刃で以ってそれを繰り返す。肉壁に厚みはそれほど無いため後ろが付いて来れるよう幅の確保を意識する。多少進みは鈍るが仕方あるまい。大宮がビビりながらも付いてきている事を確認しつつ、盾になっている車の手前までを抉じ開けた。驚いた顔でこちらを見る孤立組の中に大宮と組んでいた...名前は忘れたが、そいつがいて大宮を見たのを確認した。


「大宮!来いっ!」

「はい!?」


必死の形相で走ってきた大宮の腰のベルトを引っ掴み、人間大砲と言わんばかりにそいつの方へ放り投げる。そのまま投げると頭からになるためしっかり横向きになるよう調整してだが。

驚きの余り声も出ない大宮が半泣きのままキャッチされたのを見届けて、奴らを惹きつけ声を張り上げる。


「銃は使うな!俺が惹きつけるから非常口から上に上がれ!!!」


ブレードを鞘に戻し、背中に縛り付けていた鉄パイプを解いて床に叩きつける。非常口とは反対の方向に移動しながら繰り返し、近寄ってきた奴は殴り飛ばして孤立組から引き剥がす。それでも残った奴らを孤立組が鈍器や鉈の柄を伸ばした物で排除して、盾にしていた車を越えて非常口に向かい始める。

よし、それでいい。後は何処まで惹き付けられるかだが...階段とスロープからも寄って来てるな。数をもう少し削るか。

スロープと階段の中間辺りで鉄パイプを何度も打ち鳴らし、誘導から迎撃に切り替える。ブレードの冷却も考え、鉄パイプを使って屍共を殴り倒す。片っ端から頭を潰し、たまに投げ飛ばしたり踏み砕いたりしつつ、次々寄って来る奴らを片付けていく。

二、三十ほど叩いた所で、階段の銃声とスロープの銃声が遠くなっていることに気づく。これはやばいかも知らん。

迎撃を止めて、非常口へ最速で走る。駆け抜ける勢いのまま鉄パイプで殴り飛ばし、止まること無く非常口の扉に手を掛けた。


「いやぁぁぁぁっ!!!」


聞き覚えのある悲鳴に内心盛大な舌打ちをかましながら扉を引き、瞬間見えた奴らに向かって抜き打ち気味にブレードを投擲した。縦回転から横向きになったブレードが途中に割り込んだ奴らの首を刎ねて、孤立組の一人に噛み付いていた奴の頭に突き刺さった。

スイッチを入れてなかったら、途中の奴で止まってたな。結局間に合わずだが。


「生きてるか!?」

「まだ死ねるか!」

「なら戦え!一人でも多く生かしたいだろう!?お前らシャキッとしろ!」


もう一体いたのを階段から突き落として叱咤する。噛まれた奴に大宮が泣きながら縋り付いていた。そんなことしてる暇はないんだがな。


「上から来たのか?」

「そうだ。」

「なら俺が先に行く。付いて来い。限界なら自分で始末しろ。」

「わかってるよ。まだ死ねるか。」


最初に確認してから三人ほど人数が足りない。途中でやられたかさっきの内のどれかだったのか。

非常階段の上から足音がする。この不規則さは奴らだろう。


「行くぞ!ボケっとしてる暇はない!」


先陣切って走り出す。ルートが限定されている以上、出来るだけ先行したほうがこちらに有利だ。

二段飛ばしで駆け上がり、途中にいた一体を柵から突き落とす。上から降ってきた黒いのを鉄パイプで弾き飛ばし、緑のを近づきざまに二刀で頭部バラす。

数は減ったが変異体が嫌に多いな。また朱いのがいても面倒なんだが。

屋上階まで一気に駆け抜けて見渡すと、階段とコンテナの近くでそれぞれ孤立したような状態になっていた。スロープにいた連中がコンテナの周りにいる。

後ろから追い付いてきたのを確認して振り返る。噛まれた奴は大宮に支えられて何とか歩いている状態だ。


「もう十分だろう。ここからコンテナまで行くぞ。コンテナの強度から考えて手榴弾の残り全部とC4の残りを細かくしたやつなら何とか行けるだろう。その為にはコンテナに全員入らなければいけないわけだがな。ここまで抜けられるとは全く。」

「さすがに足手纏いは勘弁したいな。大宮を頼めるか?」

「自分の生命は自分で守ることだ。俺に言われても困るな。」

「そうゆうなよ。俺を助けてくれただろう?」


間に合ってないがな。この期に及んで不敵な笑みを浮かべやがる。


「チッ名前は?」

「忘れたのかひでぇな(笑)七瀬泰一だ。俺はここでせいぜい抵抗するさ。頼むよ。」

「全く。出来るだけの事は「だめ!」あ?」

「七瀬も来るの!まだ死んだらだめ!私が連れて行くから!お願いします!」

「大宮。死にたいか?」


俺の一言に真っ青になり、それでも気丈に俺を睨んでくる。反論するだけのものはなくその手が震えていたとしても、その目には確かな意志が伺えた。


「七瀬、どうしたい?」

「格好良く死にたい所だが、こうなるとテコでも動かないからな。せいぜい生き足掻こうか。」

「全く面倒な輩が揃ったものだ。俺が先行してコンテナ周りから引き剥がす。あまり音は立てるなよ。」

「了解だ。悠、もう暫く頼むよ。」

「泰一....うん!」


この状況下でいきなりその雰囲気を出せるって何なんだお前ら。

溜息とともに走り出す。孤立組を助けた時と違い相手の数がかなり多い。どれほど引き剥がせるか。

ブレードを抜き放ちコンテナの近くまで一気に斬り込んで、肉壁になってる所に一体蹴飛ばしぶつける。微妙に出来た隙間から穂月がこちらを確認して援護しようとするのを首を振って止めさせ銃声の中でも聞こえるように怒鳴り声を上げる。


「こいつらを引き剥がす!銃撃を止めて近接武器でどうにかしろ!」

「遅せぇぞタコっ!!!!さっさとしろっ!」

「お前が怒鳴ったらこっち来ねぇだろうが!」


コンテナの上から聞こえた灰斗の怒声に負けじと咆哮する。

ブレードと代わり鉄パイプを抜いて思い切り床を打ち付ける。やることは大して下と変わらないが、人数が多すぎて思ったよりこちらに来ない。ギリギリと歯軋りを思わずした時、くぐもった銃声と共に俺の数メートルが前が爆発した。


「あぶねぇなおいっ!紗那!ちょっと近すぎるぞっ!」


思わず叫んだが、さすがに爆音は大きかったのかかなりの数がこちらへ向き直る。そして俺を視認するとわらわらと寄って来た。立ち止まった俺にギリギリ被害が及ばないような位置にさらに四発の榴弾が撃ち込まれる。微妙に奴らが盾になることが前提の位置に撃ちこんでくるとかバカじゃねーの!?

銃撃を止めたコンテナ周りから一気にこちらへ奴らが寄って来る。銃撃を続ける階段側に負けじと鉄パイプを打ち鳴らし、寄って来た奴らの頭を叩き潰す。

後ろから来た奴の脳天を振り向きざまにカチ割りそのまましゃがみ込んで床を打ち、立ち上がりながら逆時計に半回転して左にいた奴らの側頭部を二つほど叩き割る。さらに床を打って、近づく奴らの頭をもぐら叩きの如くかち割っていく。膂力が上がったからか、アイツを殺してから鉄パイプでも一撃必殺になっているな。

ちらりと七瀬と大宮に向かって飛び掛かる黒いのがいるのが見えた。

鉄パイプを真下に投げてそのままMk-Ⅱを抜き、照準を合わせる一瞬だけ限界まで思考を加速して、黒いのの未来位置を割り出し二度引き金を引いた。亜音速の小さな重量弾頭が頭蓋の同じ位置に当って頭蓋骨を貫通し脳みそを蹂躙するが、さすがに.22LR小さな弾丸では飛び掛かる軌道までは変えられず、二人と一体が縺れるようにして倒れる。まだ何体かの奴らが寄って来ている。


「使え!」


ブレードを一本抜いて投げる。二人の近くに落ちる予定が近づいていた奴らの一体の脳天に突き刺さったが、まあ結果オーライだろう。

大宮がそれを引き抜くのを横目に後ろから来た奴を裏拳で殴り殺し、床に跳ね返った鉄パイプが落ちてくるのを掴んで、寄って来た二体を一振りに屠る。

コンテナの方から視線を感じて立ち位置を変えると、ちょうど集まっていた奴らが一息に吹っ飛んだ。この威力はエアバースト弾じゃないな。音からしてRPG7の榴弾か。

紗那かと思って視線を向けると、予想に反して撃っていたのは穂月だった。相変わらず嫌に高性能だな。社長のとこの人材はこんなんばっかりかよ。

今の音で階段側からもかなりの数がこちらに来ている。階段で耐えている奴らの一人と目があった。って、双子ムツゴロウじゃねえか。無口っ子の方だな。えっとシエルだったか?そいつが何がしか指示を飛ばすと、階段から馬が上がってきた。そういえば忘れていたな。コイツら。何匹生き残ってんのかなぁ連れていける気がしないが。

双子のもう一人のほうが馬に乗ると、奴らを蹴り飛ばしながらこちらへ駆けて来た。それでコンテナまで輸送出来ないのか?


「おじさん!」

「お兄さんだ馬鹿野郎!野郎じゃねえけどよ!シャルだったか!?」

「シエルです!お・じ・さ・ん!」

「お前と四つしか変わらんわ!何でこっち来た!」


人のいないうちに言うようになったじゃねえか。しばき倒すぞ。名前が逆だったことは棚に上げる。むしろ覚えていただけ良しとする。


「もう支えきれません!助けて下さい!」

「無茶ぶりかお前は!こっちだって手一杯だぞ!?そいつで運べないのか!」

「だめです!この子ものすごく人見知りなんです!乗せようとしたらけり殺されます!」

「他にいないのか!?」

「登ってこないようにするので限界なんです!すごい力が強くてみんな引きずりおろされたりしてるんです!このままじゃあの子達みんな死んじゃいます!」


会話を続けながらも奴らを排除し続ける。シエルも俺の周りを旋回するように駆けて奴らを取り付かせないようにしている。


「わかったよ!俺が階段の前まで行ってコンテナまでの奴らを引き剥がすから、出来るだけ静かにコンテナまでいけ!銃は以ての外だからな!近接武器用意してるだろうな!」

「はい!お願いします!」


やたら元気良く返事をしてシエルが駆け戻っていく。追い掛けるようにして俺も走り始める。集まってきていた奴らから離れるとまた榴弾が一纏めに吹き飛ばした。これだけやってもスロープから来るのと屋上全体に散らばっている奴らでまだまだかなりの数がいる。冗談きついぜ。

階段とコンテナの間、微妙に階段よりに走り込んでまた鉄パイプを打ち鳴らす。鉄パイプの高い金属音はかなり悪目立ちするためこの場面においては非常に有効だ。それに三階屋内駐車場と違って屋外駐車場は下手に反響しない分正確にこちらへ寄って来る。

中半機械的に屍の群れを誘導しながら数を減らして行く。銃声が途切れたのを確認して、床を砕く勢いで叩き階段側の奴らを上手いこと引き剥がした。

奴らの密度が一気に減り、シエルが馬にシャルが熊...熊!?...に跨がってコンテナまでの道を蹴り開けていく。それに続くように手に手に鈍器だの何だのを持った連中が駆け抜けていく。その後ろ、階段の下から数匹の動物が駆け上がって来るのを見て、俺は階段側に進路を変えた。

抑えが無くなった今、下の奴らがワラワラと上がってくる。全員がコンテナに入るまでに周りを囲まれると拙い。コンテナの収容能力的には問題はないが出入口は狭く入るのに時間がかかる。

上がって来る奴らと動物達の間に割り込んで、手頃な奴を階段下に蹴り落とす。勢い良く転がって行ったそいつはバッタバタと周りを巻き込んでそのまま手摺の外に消えた。高さが無いから死んではいないだろうが時間稼ぎにはなるな。

余り数が減らないのもあれだから頭をかち割ってから蹴っ飛ばしてやる。ちょくちょくコンテナの方を確認しつつ潰していると、コンテナの方へ向かう奴より俺を囲んでいる奴の方が多いことに気がついた。

階段前って狭いんだよ、密集しすぎだろお前ら。

蹴り飛ばすだけの隙間もなくなってきている。仕方なしにブレードを抜いて、適当に撫で斬りにする。多い。今まではほぼ移動しながら斬っていたせいか立ち止まって迎えてみると本当に数が多い。まるで一匹いたら十はいると言われる黒いGの付くアレみたいだ。まあ、実物は見たことがないがな。道北には生息していないし、社長のとこも生態系が違いすぎて知らん生き物のほうが多いし。

さすがにこれだけいると、危険だと言っても飽きてくるものだ。緊張感も殆ど無いからな。作業だ作業。普通営業ルーチンワークになってきてるぞ。全く。


「まあ、だからといってお前らに湧かれると非常に面倒なんだがな。」


狙ったかのように緑だの黒だのの比率が上がって、対処に手間がかかるようになる。今更大して問題にはならないが手間であることに変わりはなく、必然、周囲の奴らの密度もどんどん上がっていく。

コンテナの方へ下がるために一瞬意識を逸らした時、強烈な既視感を感じて腕を掲げた。


「ぐっ!?」


衝撃と共に身体が弾き飛ばされる。周りの奴らを巻き込みながらも、何とか受け身をとって弾かれて来た方を見た。


「今度はお前か、吉田。本当にお前らいいタイミングで来るな。狙ってんじゃないのか?」


これで三人か。あと四人来ればうちの連中全滅か。

前二体よりも細身の朱が雄叫びを上げる。


「全く情けないな。極限状態でも生き残れるように扱いてやったはずだが、なかなかどうして上手く行かないものだ。」


もはや、突進そのものには脅威を感じないとは言え、目に毒だな。

全体がスケールアップしてるとはいえもう少しどうにかならなかったのか、吉田美江。むしろ、何故生き残らなかった、衣類。さすがに俺も生物学上は雄だな。


「とは言え、殺し合いならば気にもならんか。」


殺る気になってしまえば何の事はない。目移りもせずに冷徹に筋肉と骨格の動き、目線の推移を観察する。あまり時間をかけるとコンテナの連中に負担がかかるだろう。


一撃で殺せるか試してみようではないか。


決断すれば、動作は一瞬。相手が最も威力の出せる間合いに陣取って突進を誘う。

躊躇なく突進してきた朱を左掌一つで受け止め、踏み込む。

左腕を引き戻しながら、両足で同時に震脚を行う。床を踏み砕くほどの震脚は見た目には何の影響も与えない。

奪い盗った突進の破壊力と震脚の衝撃をだらりと下げた、右腕一本に伝達する。

真っ直ぐに伸ばされた掌が、弾かれるように跳ね上げられて朱に触れる。

重さも速度も大したことのないソレが、ヌルリと脇腹から入り込み側頭までを斜めに撫で上げた。


「こりゃ駄目だな。」


右腕が振り上げられたままの姿勢で思わず呟いた。


瞬間、突進を受け止めた左掌と振り上げた右腕から血が吹き出す。さらに軟体のように右腕がダラリと曲がった。

それにわずかに遅れるように、右掌の通った朱の身体が爆ぜるように裂ける。

飛び散った大量の血液が全身を紅く染め上げるのに思わず気味の悪い嗤いを零しながら、体の力を抜いて呟く。


「とりあえず撤収するか。戻るまでに治るかな?コレ....。」


殆ど使い物にならない両腕に溜息を吐きつつ、痛みこそすれ動くのに支障のない足で屍共を蹴りつぶしながら、コンテナに向かって進み始めた。




感傷に浸るほどの心は残っていなかった。


だが約束したことはたまには守りたいと思った。


だが、生き残らなければ意味が無いんだ。


経過はどうあれ結末を選ぼうとするのは俺ら以外のだれでも無いのだから。


だから私は殺すだけ。


邪魔なものは全て排除するだけ。


俺の狂気すら必要なく。


私に心など必要なく。


家族も友も仲間だったアレらさえも。


俺が生きるために。


私に殺されてくれないか......?




何とかコンテナに辿り着いて扉を閉めた。幸い腕も他もここに来るまでに治っている。暫く真っ黒かったが。


「おかえり。どうする?」

「どれを?むしろ少し休ませろ。で状態は?」


あぁ、大分減ったな。40人いるか?武器自体はそこそこ回収してきているようだが。


「半分だ。34人死んだ。武器はアサルトが5、ショットガンが3、マシンガンが3、スナイパーが1、ハンドガンは6、手榴弾はスロープ組が持っていた4つだけ。戦闘要員は残り三割。赤城、穂月、大宮、剣岳、真門、藤沢だけだな。」

「後は、銃を握らせてない奴らばかりってか。そういえば直人は?」

「奥だ。何人か使わせた奴はいるが、戦闘は殆どしていない。ただ今回の戦闘の中で否応無しに覚えた奴らは結構いるからそいつらに使わせる。」

「そうか。ちょっと行ってくる。新しい配置を考えておいてくれ。あと、前に最終手段を伝えただろう?あれの準備を頼むわ。」

「あれか。ほんとにコンテナが保てばいいがな。準備しておく。」


奥へ歩き出した俺の後ろで、灰斗が深い溜息を吐いた。




「直くん...私が死んだらさ....お願いできる?」

「あぁ.......」

「ごめんね?つらいよね....さきにいってゴメン。もう少し一緒に居たかったよ。」

「あぁ....俺もだ。....もっと一緒に居かったよ。」

「じゃあもう少し一緒にいれるか試そうか?」

「「っ!?」」


驚いたように二人がこちらを見る。服を紅く染めた直人の嫁が簡易ベットの上に寝かされていた。


「お前らに成功するかもわからない選択肢をやる。このまま死ぬか。生き残れるかわからない地獄を見てみるか。」

「今更これ以上の地獄を見た所で何だという。」

「お前は?」

「直くんのためなら、なんて言われたって頑張れるよ。直くん...いい?」

「.......あぁ。」


じっと見つめ合ったかと思うと、そう、静かに頷いた。


「言ってみたものの....その責を負うことを考えると鬱だな。」

「俺達が望むんだ。気にするな。」

「そうは言ってもな.....まぁ詮無きことかよ....」


投げナイフを一本引き抜いて左の手首を斬り裂く。深く斬られたソコからボタボタと血が流れだした。


「飲め。どうなるかは俺にも分からん。生きるか、死ぬか、奴らになるか、それとももっと別の化物か。たとえ生きたとすれ、俺と同じになってしまうだろうがな。」

「同じ...な。確かにそれはヤバそうだな。だが。」

「少しでも可能性のある選択肢を選ぶ事ができるなら、迷うこと無いよ。」


直人が俺の手首から落ちた血を未使用の灰皿に摂る。


「直ぐ治せるんだろ?」

「多分な。後はお前ら次第だ。」

「フッ。」


久しぶりに見たなその薄笑い。

直人はその表情のまま血を口に含み、深月に口付けた。


「おっとこりゃお邪魔かね。」


苦笑いして奥から戻る。







仕切られた一角を抜けて真顔に戻るのと、奥から苦痛の叫びが上がるのは殆ど同時だった。

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