3話
目の前で美少女が頬を膨らませている僅かな間、見た目には活動停止している俺は目まぐるしい早さで脳を活動させていた。
自分の好きな人が実の姉だから、タブーであるはずの俺の告白を『嬉しいよ』程度で流し、その後も普通に接する事が出来たのか。
その姉は自分へ向けられる恋心には気付いていない。まさか、弟が恋愛対象として自分を見ているなんて思わないだろう。俺も妹がそんな目で見ているなんて思わないし、逆も然り。お互い『キモイ』と言う。間違いなく。
抱いてはいけないという想いを一体どれほどの間抱えていたのかは分からないが、空は俺のタブーをあっさりと許せるほどの痛みを抱き続けていたのだ。
報われないその想い。
ぐっと胸が詰まる。空の痛みなど、俺とは比べものにならないのだろう。
ならば。
俺を好きにさせればいいのだっ!
確かにこの子は可愛いが、ちょっと手入れすれば俺の女装もこれくらいイケるのではないだろうかっ!趣味も合うし、相性はいいに違いない!
俺は決意した。
空を苦しい恋から解放するためなら何だってしてみせると!
にっこりと笑顔を作ってからごめんね、と俺は眉を寄せた。
「空にこんなに可愛いお姉さんが居るなんて知らなかったし」
隠してるなんて酷いなぁ、と俺が空の腕を突くと、彼は珍しく眉根を寄せて小さく笑んだ。何かに苛立っていると感じたのは間違いじゃない。
何かにじゃない。俺にだ。
俺はずきりと胸を痛め、縋るように空を見上げた。
「ごめん、この後約束があるから帰るよ」
行こうか、と声を掛けられて慌てて後を追う。長い脚がゆっくりと先を歩き、振り返ってから柔らかな笑みを向けた。
「遅くならないようにね」
「空もね!」
俺も会釈だけ残してその場を後にした。
「…ごめん」
「何が?」
重苦しい沈黙に俺は謝罪の言葉を口にした。
「…お姉さんに軽い言葉を使いました」
すみません、と言うと、空は小さく声を上げて笑い、可愛いなぁと呟いた。
「俺こそ、シスコンって呆れられると思ったんだけど?」
「うん、いや、まぁ」
シスコンっていうか好きな人だもんね、とは続けられなかった。
「瑞樹はさ、女の子受け良いでしょ?」
怖くて紹介出来なかった、と冗談っぽい声音とは違い、切れ長の双眸は笑えない真剣さだ。俺はうん、とだけ答えると、それ以上言葉を続けられなかった。
「いやホント、興味ないんで!」
「勿体ない!勿体ないよキミ!キミならアイドルになれる!」
「ハタチ超えてからアイドルとかってマジないですから!ムリ!」
空の誕生日が来週に迫った週末。プレゼントを選ぼうと一人ぶらぶらしていた俺は、史上最強的なスカウトさんに捕まっていた。
腕を捕まれまたか、と振り返ると、ギラッギラに眼を輝かせた女が一人。これはナンパではない、スカウトだと思った瞬間に「アイドルになろう!」だ。
さらりと流して逃げようと思ったのだが、これがまたしつこい。
まだ学生で親が厳しいと言えば、いくらでも説得しに行ってやるというし、興味がないと言っても、直ぐに天職だと思わせて見せる、と。
スカウトは短く揃えられた髪をぐちゃぐちゃにして食らい付き、かれこれ十分は押し問答を繰り広げている。
「今ね、事務所にカイが居るのよ!会いたいでしょ、カイ!」
「いやもう全然。ってか誰ですかそれ」
「パリコレからも声が掛かるような有名モデル!知らないの?!」
「興味ないんで。じゃ」
「待ってぇええ!せめて見学だけでも!ね!」
警察呼びますよ、の一言で外したはずの腕を捕まれ、俺は小さく息を吐いた。
「見学だけで帰してくれるんですか?」
「も、勿論」
嘘だ、と思いながらもこのしつこさには正直感服した。凄い情熱だ。
「約束、守って下さいね」
「君の方からカイと仕事したいって言わせて見せるわ」
物凄い自信である。
受けて立ちましょう、とにっこりと笑んだ。