『駄目な貴方を、それでも見捨てない』とか言いたいし言われたい
女というのは料理人の様な者
男というのは料理の材料の様なモノ
初めから手を加える必要も無い男もいる。
手を加えては駄目な男もいる。
手を加え料理する事で、かえって不味くなる男もいる。
しかしながら……最も多いのは、手を加えれば加える程、美味しくなる今は駄目な男。
なので世の中の最も多くの女に求められるのは、如何に男を教育するか?
ここが腕の見せ所になる。
とある女。
若い頃、好きな男が二人いた。
そのうちの一人と結婚。
夫婦は、その後に成功してなり上がった。
女は言った。
「アタシに感謝してよね、貴方!」
「何を?」
「貴方が成功したのは私が貴方を教育したからよ!」
女が、だいぶ調子にのったことを言うと旦那はそれに答えて……
「………アリガトよ!」
旦那は何も反論せずに、女へ笑いながら感謝の意を伝えた。
その旦那の感謝の言葉、行為。
それは女が確かに、自分の旦那の教育に成功した証だった。
駄目な男は不味い食材と同じだ。
駄目な男でも見棄てずビシバシ調教。
手をかければ、ものになるかも知れない。
女としての腕が、問われる。
料理人の腕が問われる。
しかし……
性根の腐った男はダメダメ駄目だ。
腐った食材と同じだ。
捨てるしかない。
食べると体調を壊す。
手をかけてもどうにもならず、腹を壊す。
付き合っていると女の体調が悪くなる。そんな男がたまにいる。
そういう男は腐った男だ。
腐った男など、捨てるしか無い。
早めに捨てないと病気になってつむ。
浮気する男は、他人が食べ残した食材と同じ。料理屋で他人が箸をつけて食べ残された料理と同じだ。
そんなモノを食べる?
汚いし、プライド無いの?
みっともない。
それでも良いならエコロジーかも知れない
ある種の『勿体無い』リサイクル精神。
見栄えが良くて、料理する必要の無い美味しい食材は人気だ。
見栄えが良くて、でも食べたら不味い食材も良く手に取られる。
見栄えが悪くて、美味しい食材には、ソレを知る人ぞ知る人しか手を伸ばさない。
見栄えが悪くて、料理する必要のある食材には、料理に自信のある通しか手を伸ばさない。
そして、腐った食材には、飢えた人。もしくは余程の馬鹿しか手を伸ばさない。
しかし……他人の食べ残した、見栄えの良い食材を、喜んで食べる人の多い事多い事。
さて、貴方はどの食材が好みだろうか?
どの食材を愛するのだろうか?
結局の所。
他人がどうであれ
自分の好みで選ぶしかない。
自分が好きならそれで良い。
どんなものでアレ、自分が愛せて幸せになれるならソレで良い。
さてと、んで
逆に相手が見て
自分は、どんな食材だろうか?
「駄目な貴方を、それでも見捨てない」
そんなことを言う
女なら誰でも良いと言う男
と
男ならどれでも良いと言う女がいる
しかし……出来る事ならば
好きなな相手から
「駄目な貴方を、それでも見捨て無い」
と言われたいものだし、自分でも言ってみたいモノだ。
そんな相手がいれば……
その言葉を言われるには、自分が駄目な人間にならねばならず。
その言葉を言うには、自分が駄目な人間を好きになれねばならない。
中々にハードルが高い。
とか考えていた。
後年
「駄目な貴方をそれでも見捨てない」
と恋人から言われた。
(ば、馬鹿な。
私はマトモな人間のはずだ)
人は誰でも、自分の愛した相手への評価が甘くなる。
ソレで異性を見る目を誤り度々間違う。
そして人は自己評価も驚くほど甘い。
つまり自己評価が甘いと言うことは、自分を愛している証だろう。
【駄目な貴方をそれでも見捨てない】
そんなふうに、自分で自分に語りかけてみれば、なんだか不思議な感覚に襲われる。
自分とポッキーゲームをしてるかの様。
恋人よりも前に
まず……
自分で自分をどう料理するのか?
そこが腕の見せ所なのだ。
もし貴方が……
自分で自分を見捨てたり
自分で自分を教育出来ないのであれば
きっと貴方は恋人を見捨てたり
恋人の教育に失敗する事になるはずだから
やはり
【駄目な貴方をそれでも見捨てない】
と自分で自分を教育する事からはじめるべきだと思う。
恋人にゴチャ文句を言う前に
古代中国のことわざの様に……
まず……自分よりはじめよ
そう思えば、少しは恋人と上手くやっていけるのかもしれない。




