第9話:アイアンの肩に街灯を灯しましたわ
アイアンが街道へと踏み出し、数時間が経過しました。
雪山の長い影が伸び、辺りは急速に、そして粘りつくような深い闇に包まれていきます。
(……さて。この世界の夜道は、前世の深夜の資材置き場より暗いですわね。
魔導士のラモンが杖を光らせていますが、あんな豆電球程度の光量では、時速四十キロの安全運転は不可能ですわ)
観測デッキの窓に張り付いたヴェルナーが、顔を青くして叫びました。
「店長、これ以上暗くなると、前方の障害物に気づけません! 速度を落とすべきです!」
「いいえ、納期……失礼、到着予定時刻は厳守ですわ。
ラモン! アイアンの排熱から変換した余剰電力を、この反射板へ集中させてちょうだい!」
私は、ゴミ山から回収した魔導クリスタルを手に取りました。
表面には、光を効率よく拡散、収束させるための多面カットを精密に施してあります。
「な、なんです、この眩しさは!? 杖の光が、何十倍にも増幅されている……!?」
(……ふふふ。ただのクリスタルではありませんわ。
内部の構造を全反射に最適化した、リゼ特製のハイビームですわよ!)
私がアイアンの肩にある街灯受けにそれを装着した瞬間。
カチッ、という小気味よい音と共に、アイアンの前方に暴力的なまでの白い光が照射されました。
「「「「「ま、眩しいッ!!!」」」」」
暗闇に沈んでいた森の街道が、一瞬にして昼間のような白さに塗り替えられました。
(……指向性を絞ったスポット照射と、周囲を広角に照らす周辺光の二段構成。
これで数百メートル先の魔物の動揺した顔まで鮮明に映し出せますわね)
「……店長、この光、消さないでくれ。この明るさがないと、もう一歩も進める気がしねえ……」
ヴェルナーが震える声で漏らしました。
一度「昼間」を知ってしまった人間にとって、元の「本物の闇」は死よりも恐ろしいものに変わるのです。
これこそが、インフラ依存の第一歩ですわ。
(……一方その頃、王都の王宮ではどうかしら。
保守点検をケチったせいで、魔導炉は出力制限がかかり、街灯一つ点かない暗黒都市になっているはず。
夜襲と事故の損害報告で溢れかえる絶望の夜。せいぜいロウソク一本を囲んで震えているがいいですわ。ざまぁですわね)
その時、リタの鋭い視線が、光の先に逃げ遅れた行商人を捉えました。
「店長……あっちの森の入り口で、誰かが手を振っていますわ! ……あれ、王都でも有名な希少素材商、ハンスさんの馬車です!」
精密検索担当のリタが、アイアンの全周囲モニターを指差しました。
吹雪に沈む北の森の入り口。一台の馬車が、消え入るようなカンドルの灯りを頼りに立ち往生しています。
「あら。夜間営業中にお客様かしら。いいですわよ、アイアン。あの方たちを収容して差し上げましょう!」
「ゴゴッ!」
アイアンが巨大な指先をタラップのように展開し、凍えきった商人の一行を保護しました。
ハッチが開き、アイアンの内部へと足を踏み入れたハンスは、室内の恒温維持と、昼間のような明るさに腰を抜かしていました。
「あ、ありがとうございます……! 助かった……。王都は今、魔力不足で真っ暗闇の地獄。まさかこんな光の城が実在するなんて……」
「当然ですわ。夜道に灯りがないなんて、安全基準違反ですからね」
「あらあら、ハンスさん。そんな泥にまみれた体で床を汚してはいけませんわよ? ふふ、まずは強制洗浄して差し上げましょうか?」
衛生担当のフランカが、おっとりとした笑顔で除菌スプレーを構えて近づきます。その背後に立ち昇る「清潔への執念」に、ハンスは救出された安堵も忘れて硬直していました。
「さて、ハンスさん? 命のサービス料の代わりに、その荷台にある魔力抽出器の在庫、ちょっと棚卸しで見せてもらってもよろしいかしら?」
リゼが優雅に微笑み、温かいハーブティーを差し出すと、ハンスはガタガタと震えながら話し始めました。
「……お嬢様、王宮は……いえ、王都はもう機能不全に陥っています。あなたが管理していた予備部品が尽きて、街の魔導灯すら半分以上が消え、上下水道のポンプも止まりかけているんです」
「あら、聖女様がいらっしゃるのでしょう? 祈りで解決していただいたらどうかしら」
「無理ですよ! 聖女様が『奇跡を!』と叫んでも、摩耗した歯車は戻らない。祈りという名の精神論では、物理的な減価償却はどうにもならないんです……。今やあそこは、不潔と暗闇が支配する不良債権です」
「……ふふ。物理の法則を祈りで上書きしようなんて、相変わらず無能な管理者たちですわね」
リゼは不敵に目を細め、ハンスの肩を優しく、かつ逃がさないように掴みました。
「ハンスさん。私が持っているこの不良在庫が、彼らにとっての救済になるとも知らずに……。あなたには私の専属協力会社として、このアイアンの光をビーコンに、王都で見捨てられた腕の良い職人をこちらへ集めていただきたいのですわ」
「職人を……!? しかし、それは王宮への反逆になりませんか?」
「いいえ、これは人材の適正配置ですわ。不毛な土地で腐敗を待つより、私の現場でフル稼働する方が、技術者として幸せだと思いませんか?」
リゼの瞳には、王都への市場介入の計画が静かに、そして熱く灯っていました。
「さあ、次は誰を買収しましょうかしらね!」
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