第6話:崩壊する王宮
「――どういうことだ! なぜ誰もこの異臭を止められんのだ!」
王宮の大広間に、エドワード王太子の怒声が響き渡りました。
かつて華やかな夜会が開かれていたその場所は、今や見る影もありません。
天井のシャンデリアは点滅を繰り返した末に破裂し、高価な絨毯は地下から逆流した汚水でどす黒く染まっています。
寒波に襲われた王都で、唯一の暖をもたらすべき基幹暖房システムが完全に沈黙したのです。
王族たちは毛皮のコートを何枚も重ね着し、煤で汚れた顔を寄せ合ってガタガタと震えていました。
「申し訳ございません、エドワード様!
魔導炉の制御中枢にアクセスを試みているのですが……すべて拒絶されてしまうのです!」
魔導技師長が、脂汗を流しながら叫びました。
彼の目の前にある操作パネルには、真っ赤な文字で警告が点滅し続けています。
「拒絶だと!? 私はこの国の王太子だぞ! 私の命令を聞かぬ魔導具などあってたまるか!」
「それが……。このシステムの管理者権限を保持していたのは、リーゼロッテ様ただお一人だったようで……。
彼女が『解雇』されたことで、システムが保守期限切れと判断し、強制的に凍結モードへ移行したのです!」
「何だと……!? あんな女、ただガラクタを磨いていただけではないか!」
エドワード様は、怒りと寒さで顔を歪ませました。
彼は知らなかったのです。
リーゼロッテが毎晩、誰にも気づかれぬよう魔力回路の同期を更新し、不具合を未然に握りつぶしていたことを。
彼女を「無能」と呼び、ゴミのように捨てたその瞬間。
この国を守っていた唯一の防壁を、自らアンインストールしてしまったことに。
「エドワード様ぁ……! 寒い、寒いですわ……!」
隣でエリーゼ様が泣きついてきますが、今のエドワード様にそれをなだめる余裕はありません。
彼女が誇っていた「高出力の魔法」も、肝心の触媒が壊れてしまえば、ただの空焚きと同じ。
無理に発動させようとしたエリーゼの杖は、設計ミスで爆発し、彼女の自慢の顔を黒く焦がしていました。
「……金だ! 金を出せば、新しい技師などいくらでも雇える!
今すぐ闇市から最高の予備部品を買い集めてこい!」
「無理です……! すでに市場の在庫は底を突いています。
なぜか、王都周辺のジャンク品まで含めて、すべてが『ある場所』へと流れているようで……!」
その頃、王宮のすぐ外では、民衆の怒りが頂点に達していました。
「王侯貴族だけが温まっているのではないか!」という不信感。
実際には王宮内の方が悲惨な状況だというのに、これまで積み重ねてきた不誠実な統治が、最悪の形で跳ね返ってきたのです。
「……くそ、くそぉぉぉっ!!」
エドワード様は、手近にあった豪華な椅子を蹴り飛ばしました。
しかし、その拍子に足元の床板がバキリと損壊します。
リーゼロッテが構造最適化で補強していたはずの建材が、その加護を失い、一気に経年劣化が露呈したのです。
「ひっ、ひぃぃぃ……!」
崩れ落ちる床、吹き込む雪、そして止まらない異臭。
栄華を極めたはずの王宮は、今やただの巨大な棺桶と化していました。
かつてリーゼロッテを「廃棄物」と呼んだエドワード様が、今や誰よりも惨めな、使い道のない不良在庫として、暗い闇の中で震え続けているのでした。
――こうして、王都レイセヘル王国のインフラは完全に沈黙しました。
一方、崖下の廃棄場に築かれた「新たな拠点」では、伝説の守護神が静かに目を覚まし、未だかつてない構造改革が始まろうとしていることを、王宮の誰も知る由もありません。
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