第4話:崖下の快適露天風呂
王宮の方角で上がった救難信号は、その後もしばらく断続的に続いていた。
(……あーあ。あれ、完全に過負荷による逆流現象ね)
私が毎日、煤まみれになって磨き上げていた熱交換器。
あそこを「ただの掃除」だと笑って私を追い出した報い、受けやがれですわぁ~。
「プふぅ……?」
プフが首を傾げて、遠くの爆発音を聞いている。
「いいのよプフ。あっちの人たちは『自律的な保守点検』の価値が分からない人たちですもの。
今頃、真っ黒な煤にまみれて、氷点下の寝室で震えているはずですわ」
(……想像しただけで、ピザが進みますわね。
さて、あっちが地獄なら、こっちは福利厚生の拡充ですわよ)
次に私が着手したのは、雪山サバイバルの最高峰。
移動式露天風呂の建設だ。
「住」と「衣」と「食」が整えば、次に必要なのは「衛生」と「癒やし」。
これ、ホームセンターの店員なら常識よね。
私はアイアンの背中にある広大な積載スペースを構造把握した。
(……広さは十分。耐荷重も問題なし。
あとは、お湯を溜める器と、熱源、そして水源ね)
私は廃棄場の山へと繰り出した。
王都から捨てられた「使えない魔導具」の中には、おあつらえ向きの大型コンテナが転がっている。
「……これは、旧式の魔導洗浄機かしら?
ドラムが歪んでいるけれど、構造最適化で広げれば、大人三人は入れる浴槽にリノベーションできるわ」
私は指先から魔力を流し、歪んだ金属板を滑らかな曲面に整えていく。
金属の表面には、防汚コーティングを施して、湯垢がつきにくい仕様に。
次に熱源。
ピザを焼いた石釜の技術を応用し、循環型魔熱ボイラーを自作した。
燃料は、そこら中に落ちている「魔力が枯渇しかけた魔石」で十分。
私のスキルで魔力の流れを最適化すれば、微弱な残量でも高効率燃焼で湯を沸かせる。
「アイアン、水源の確保をお願いできますか?」
「ゴゴッ!」
アイアンが巨大な腕を伸ばし、崖から垂れ下がる巨大な氷柱をバキバキと折って、浴槽に放り込んでいく。
それをボイラーが瞬時に溶かし、適温……四十二度の極楽へと変えていく。
(……完璧。これよ、この現場判断が利くのが一流の職人ですわ)
私はプフを抱き上げ、新設したばかりの「アイアン肩上テラス」へと登った。
「さあプフ。試運転といきましょう」
ザパァン、と溢れるお湯。
極寒の雪原の中、ゴーレムの背中の上で楽しむ露天風呂。
「……はぁぁぁぁ。生き返りますわ……」
(……これよ。この温度勾配。
顔は冷たい雪の風に打たれ、体は芯から温まる。
前世のスーパー銭湯で夢見た贅沢が、今、不法投棄場で実現しましたわ)
「むっふー……!」
プフもお湯に浮かべた木の桶(これも即席DIY)の上で、蕩けた顔をして浮かんでいる。
ふと見上げると、アイアンの巨大な頭部がこちらを向いていた。
目が優しく青く発光している。
どうやら、私の魔力を含んだお湯が、アイアンの表面装甲を通って外部冷却系を温め、心地よい刺激になっているらしい。
よほどアイアンも気持ち良かったのか『プシュー!』と蒸気を吐き出し、それが図らずも露天風呂にミストサウナ効果を与えた
(……まさかの、ゴーレムも入浴中。
ふふふ、王宮の連中が見たら卒倒するでしょうね。
国宝級のゴーレムを、移動式のお風呂にしてるなんて)
ふと、遠くの王宮に目をやる。
信号弾が上がり続けているということは、予備のシステムも起動に失敗したらしい。
(……当然ですわ。あそこのバックアップ、納品されてから一度も動作確認されてなかったもの。
いざという時に動かない機械なんて、ただの鉄屑ですわよ)
おそらく今ごろ、エドワード様は凍り付いた王宮の私室で、私の名前を叫びながら炭を求めて走り回っているでしょうけれど。
冷酷な社会人としての感想を漏らしながら、私はプフの頭にタオルを乗せてやった。
「さあ、お風呂上がりには、プフが拾ってきた魔力の実を冷やして食べましょう。
明日はアイアンの中に、もっとちゃんとした居住区を作り込みますわよ」
吹雪の崖下。
そこは、世界で一番温かくて、一番「構造的に正しい」楽園になりつつあった。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。




