第3話:崖下でピザを焼く
「――ふぅ。極楽、極楽ですわ……」
氷点下十度を下回る崖下。本来なら凍死確定の地獄絵図ですが、今の私は驚くほど快適です。
なぜなら、昨晩のうちに「衣」と「住」の初期工事を完了させたからですわ。
まず、この作業用防護服。
あのヒラヒラして邪魔だった夜会ドレスを、物質構造の最適化で分子レベルから叩き直してやりました。
繊維の隙間を高断熱素材で埋め尽くし、表面には超撥水コーティングを。
重機のようなアイアンの肩に乗っても破れない、最強の現場服へのリメイク完了ですわ!
(……結論。この不法投棄場、ホワイト企業すぎるわ。
王宮で「出力不足」だの「接点不良」だのと言われて捨てられた魔導具たちが、私の目にはピカピカの新品在庫に見えますもの)
次に着手すべきは「食」。温かいメシこそが、現場の士気を支える基本ですわね。
(……あのアホ王子、よくもまあこれだけの資産をドブに捨てたものですわね。)
人間、冷たい空気の中で空腹のままだと、メンタルから経年劣化が来る。
温かいメシ。それも、ただの栄養補給じゃない「娯楽としての食事」が必要だ。
「プふぅ……?」
足元で、雪玉のような綿毛兎のプフが、不思議そうに私を見上げている。
その小さな口には、どこからか拾ってきた野生の野草と、赤く熟した魔力の実が。
「あら、いい材料ですわね。プフ、グッジョブですわ」
よし。これなら、石釜から自作してもお釣りが来るわね。
納期は……私の空腹が限界を迎えるまでの三十分といったところかしら。
私は、アイアンの足元に転がっていた「ひび割れた耐火煉瓦」と「壊れた魔熱ヒーター」を構造把握した。
王宮の魔導師たちは「魔力が漏れていて制御不能。暴発の危険あり」と言ってこれらを捨てたらしい。
(……アホかしら。魔力が漏れてるなら、その指向性をバイパスして一箇所に集めればいいだけじゃない。パッキンがバカになった水道の蛇口を直すのと、難易度的には大差ありませんわよ)
私はメンテナンスを発動。
バラバラだった煉瓦の分子構造を、熱を逃がさない密度で接合していく。
内部を効率よく熱が対流するドーム型の石釜を、ものの数分で形成。
さらに、ヒーターの魔力回路を釜の底部に直結し、一定温度で恒温維持できるように最適化した。
「ゴゴッ、ギギッ」
地響きと共にアイアンが動く。
巨大な指先で、周囲の枯れ木を一本ずつ丁寧に集めてくれた。
「助かりますわ。アイアン、あなたは本当に優秀な重機ですわね」
アイアンのカメラアイが嬉しげに点滅する。
(……エドワード王太子。あいつ、この『全自動・万能作業機』を放置して、よくもまあ維持費の無駄とか言えたものね。現場の運用効率を無視した経営判断、万死に値しますわよ)
さて、調理開始だ。
プフが持ってきたトマトは、メンテナンスで細胞壁を破壊し、旨味だけを濃縮して最高のソースに仕上げる。
小麦粉の代わりには、廃棄場に転がっていた食用魔導粉のコンテナを利用。
湿気を抜いて、タンパク質の結合を強化して、グルテンの形成を構造把握で強制的に促進させた。
すると驚くほどモチモチのピザ生地に精製できた。
仕上げに、カチカチに凍って捨てられていた乳製品結晶を削って散らす。
自作の石釜にピザを滑り込ませると、数分で香ばしい匂いが漂い始めた。
「……完成ですわ。|特製・崖下マルゲリータ《廃棄物再生ピザ》」
雪の舞う崖下で、アツアツのピザを手に取る。
(……いただきます。……っ、ふ、はふっ! これよ。これ。
外気は氷点下なのに、腹の中には焼きたての炭水化物が滑り込んでくる。この極限状態での贅沢こそが、最高の福利厚生の醍醐味だわ)
「むっふー!」
プフが夢中でピザの端っこを齧り、あまりの旨さに耳をピクピクさせている。
アイアンも、体内に取り込んだ廃魔石(燃料)を効率よく燃焼させ、満足げな駆動音を響かせていた。
その時だ。
王都の方角から、ヒュルヒュルと空へ向かって緊急信号の魔法が上がるのが見えた。
(……あら。あの方角、確か王宮の基幹暖房システムの主排気口だったかしら)
あそこの配管、私が毎日こっそり保守点検して磨き上げていたから持っていたようなものなのよね。
掃除当番と罵って私を追い出したせいで、点検サイクルは完全に崩壊しているはず。
計算上、そろそろ結露と煤が逆流して、システム全体が大規模爆発する頃合いだ。
「アイアン。あっちの方は、さぞかし『寒い』でしょうけど……私たちはデザートの準備をしましょうか」
私は、アイアンの肩にある広大なスペース……ここに観測台と、さらには「露天風呂」を増築するプランの図面を引き始めた。
王都が凍り付く中、私はこの廃棄物の楽園を、世界一快適な拠点に構造改革してやると心に決めた。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。




