第14話:サバイバルには清潔さが大事。
「――ふぅ。これぞまさに、命の洗浄ね」
アイアンの右肩後方。私は最新の循環型露天風呂を完工させたわ。
雪山を眺めながら、肌に吸い付くような四十二度のお湯に身を委ねる。これこそが、過酷な現場作業における唯一の正解よ。
「リタ、その石鹸の泡立ちはどう?」
「……店長、これ異常。……肌から王都の塵が完全消去された……。信じられない、王宮のスパとか、……マジでゴミ。」
女湯側では、リタが極限まで気だるそうに、けれど指先で自分の肌の平滑性を確認しながら呟いたわ。
平和なこちら側とは対照的に、厚い防音壁を隔てた男湯の入り口からは、賑やかな漫才が聞こえてきたわ。
「ちょっと、ヴェルナー! さっきからすすぎが甘いんじゃないかしら?」
「うわっ!? フランカ、ここ男湯だってば! 暖簾の隙間から特製タオルを差し込んでくるのはやめてくれ!」
脱衣所と浴室の境界線で、衛生担当のフランカが、おっとりとした笑顔でふわふわの泡を次々と投げ込んでいたわ。
「ふふ、不衛生な胃痛持ちなんて、この現場の景観を損ねますわ。もし面倒なら、私がその特製スポンジで、隅々までピカピカにしてあげましょうか?」
「いや、結構! 自分でやるから! ヴィンセント、お前もいつまで潜ってるんだ、真面目に洗え!」
「ぶはっ! ヴェルナー、お前こそ石鹸つけすぎなんだよ! 泡で前が見えねえ! 視界不良で溺れるところだったぞ!」
「あらあら、元気ね。ヴィンセント、その筋繊維の隅々まで、後で私が一気に綺麗に拭いてあげるから待っててちょうだいね?」
「……フランカに見つかると、耳の裏まで徹底的に磨き上げされるからなぁ。嬉しいけど、落ち着かねぇよ」
(ふふ。リタが『美』を追求し、フランカが『衛生』を徹底する。この二人のダブルチェックがあれば、アイアンの背中は世界で最もクリーンな場所になるわね)
湯上がりの男たちが、磨き上げられた鏡面仕上げの肌で食堂へ転がり込んでいくのを眺め、私も湯船から上がった。
「――た、大変です! 店長! 皆さん! 風呂入ってる場合じゃありません!」
その時、食堂のモニターから見張り担当のラモンの悲鳴が響いた。
「どうしたの、ラモン。せっかくのデバッグタイムに例外処理かしら」
「前方! 森の影から雪原の重機の変異個体です! 通常の倍はある! 直撃すればアイアンの外壁だってタダじゃ済みません!」
モニターには、通常の三倍はあろうかという巨体と、油圧プレス機のような角を持つバイソンが、アイアンに向かって突進してくる姿が映し出されていた。
「ひっ!? ラモン! 今すぐ緊急回避だ!」
風呂上がりのヴェルナーが泡を食って叫ぶが、私は優雅にバスタオルを巻き直すと、アイアンの中枢コアへと魔力を繋いだ。
「アイアン、少し害獣駆除をお願い。……優しくね」
「ゴゴッ!!」
アイアンが巨大な咆哮と共に、突進してくるバイソンを真っ向から迎撃。重戦車同士が衝突したような凄まじい衝撃波が雪原を払い、王者の巨体が沈黙した。
「……え? えぇぇ!? 一撃!? アイアンって、こんな超高出力だったんですか!?」
ラモンが思考停止している間に、私はアイアンの指先を精密メスモードへと仕様変更。
アイアンの巨大な指が、バイソンの死体をあれよあれよと言う間に解体していく。
皮を剥ぎ、内臓を抽出し、宝石のようなサシの入った赤身肉を、部位ごとに正確にパレットへ仕分けていく。その間、わずか5分。
「ちょ、ちょっと待ってください! 店長! ゴーレムの指で精密解体なんて、前代未聞ですよ! なんなんですか、この状況は! 突っ込みが追いつきません!」
モニター越しに絶叫するラモンを、私は涼しい顔で受け流したわ。
「あら、ラモン。優秀な管理者は、資源を無駄にしないものよ。さあ、ヴィンセント! 獲れたての燃料が入ったわ。食堂へ運んで!」
「うおおお! 肉! 肉っすね店長! 湯上がり最高ォォオ!」
ヴィンセントが解体されたばかりの巨大な肉塊を担ぎ、食堂へ突進していく。それを見送ってから、私はまだパニック状態のラモンに視線を向けたわ。
「ラモン、あんまりCPUを使いすぎるとオーバーヒートするわよ。見張りはアイアンの自動索敵に切り替えたから、さっさと風呂に入ってきなさい。……これは業務命令よ」
「えっ、あ、はい! 行ってきます……! もう、この現場の論理、めちゃくちゃだ……!」
半泣きで脱衣所へ走るラモンを見届けて、私は鼻歌混じりに厨房へ向かったわ。
さあ、ここからは私の独壇場ね。
アイアンの関節駆動から有線接続された超高周波ナイフを手に取る。
宝石のように美しいサシが入ったバイソン肉に刃を当てれば、力を入れずとも超音波が繊維を一本ずつ解きほぐし、最高の口当たりに最適化されていくわ。
「ふふ、いい歩留まりだわ。アイアンの排熱で予熱しておいた石窯もジャストね」
特級小麦の生地を、アイアンの体温で恒温発酵させた究極の白パン。
それを石窯に放り込めば、排熱によるスチーム効果で、雪のように白く、驚くほどしっとりとした質感でロールアウトしていく。
同時に、厚切りにした肉を天然菜種油のプールへダイブ!
――ジュワァァアッ!!!
小気味よい破裂音が厨房に響き渡る。
仕上げは、アイアンの排熱ダクトの直上でじっくり煮詰めておいた、数種の果実とスパイスの特製ソース。
揚げたてのカツをこのソースに潜らせれば、「シュワッ」と衣が鳴いて、琥珀色の旨味が隅々まで浸透していくわ。
「ほら、本日の特別手当よ。肉汁決壊カツサンド、召し上がれ」
焼き立ての白パンの間に、ソースの滴る極厚カツを挟み込んで、皆の前に差し出す。
――サクッ、ジュワッ。
「……っ!? なんだこれ、パンが、肉が、俺の細胞を直接修復していく! 王都で食ってたパンなんて、ただの緩衝材だったんだな!」
ヴィンセントが吼え、リタがだるそうに咀嚼しながらも涙を流し、フランカが「あらあら、口元を汚して。すぐにお掃除ね」と微笑みながらカツサンドを頬張る。
(ふふ。これで全員、私の管理するインフラなしでは生きられない体――ホワイト社畜の完成よ。一度この利便性を知れば、不衛生で凍える王都なんて、二度と思い出したくもない過去の遺物にしか見えなくなるわ)
そこへ、すっかり脱力した表情で、湯気と共にラモンが食堂へ入ってきた。
「……あ、あぁ……。生きててよかった……。湯船の浮力が魂にまで響きました……。って!めっちゃ良い匂いですね! 俺の分どこですか!大盛りで――」
ラモンが期待に胸を膨らませて皿を覗き込む。……けれど、そこにはパンの屑一つ残っていない空っぽの皿が並んでいるだけ。
「……あれ? ない。……俺の分、ない?」
「あ、悪いラモン。あまりの美味さに手が勝手に動いちまってよ……」
ヴィンセントが口の周りをソースだらけにして、気まずそうに目を逸らした。
「あ! ヴィンセント! お前、俺の分まで食べたな! それだけは!絶対に!!許せない!!!」
「待て、悪かったって! 明日の見張り代わってやるから!」
「そういう問題じゃないんだよ! !!俺のを返せ!!!」
泡を食って逃げるヴィンセントと、風呂上がりのタオルを振り回して追いかけるラモン。
子供のような競合状態を起こしている二人を見て、私は思わず口角を緩めた。
「ふふ。二人とも、騒ぐのはそこまで。追加の予備パーツ、すぐ焼いてあげるから座ってなさい」
私の言葉に、二人はパッと動きを止めて最敬礼の状態になる。
アイアンの心臓音が心地よく響く食堂で、私は再びフライパンを手に取った。
王宮が、冷え切った石造りの箱で震えている頃。
私たちの移動ホームセンターは、雪原を真昼のように照らしながら、一番温かくて「構造的に正しい」楽園を広げていく。
――さあ、次は誰を買収しましょうかしらね!
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