第11話:森の奥で出会った迷子の精霊と壊れた宝箱
(……空気が変わりましたわね。魔力濃度が急上昇。ここから先は未管理区域、いわゆる“聖域”ですわ)
アイアンが聖域の結界を無造作に踏み越えてから数分。
センサーが感知したのは、魔物の咆哮ではなく、幼い子供のような泣き声でした。
観測デッキから身を乗り出すと、そこには透き通るような羽を持つ精霊の少女が、古びた箱を抱えて蹲っていました。
(……おやおや。深夜の現場に迷子ですか。
労働安全衛生法的には保護一択ですが、彼女が抱えているあの箱……嫌な予感しかいたしませんわね)
私がアイアンの手のひらに乗って地上へ降り立つと、精霊の少女はおどおどと顔を上げました。
「あ、あの……これ、開かないの。お母様の形見なのに、悪い魔法使いの呪いがかかっちゃって……」
少女が指差したのは、禍々しい魔力を放つ、伝説の宝箱でした。
なんでも、王国の名だたる魔導師たちが数百年かけても傷一つ付けられなかった、最凶の呪物なのだとか。
(……呪い? 魔法?
いえ、私の構造把握によれば、そんな高尚な話じゃありませんわよこれ)
私は手袋を脱ぎ、冷たい金属の感触を確かめました。
表面の魔力波形を確認した瞬間、私は思わず深いため息を漏らしました。
「……これ、単なる経年劣化による内部部品の癒着ですわね」
「えっ? のろいじゃないの……?」
「ええ。グリスが完全に枯渇して、鍵のシリンダー内でピンが固着しているだけですわ。
あのアホな魔導師たちは、原因を見ずに出力を上げる。現場を壊す典型的な無能上司のやり方ですわね。
無理に魔力を流してこじ開けようとしたから、内部の摩擦抵抗で焼き付かせたんですわよ。ただの整備不良ですわ」
「な、何を言っているんですか店長!?」
横で見ていたラモンが、泡を食って叫びました。
「これは数代前の賢者が封印したとされる極級呪物ですよ! 物理的な構造なんて次元の話じゃ――」
「ラモン、うるさいですわよ。仕様書がすべてですわ。
フランカ、洗浄用の高純度アルコールを。リタ、私の工具箱から一番細いピックを出してちょうだい」
私は迷わず、禍々しい霧を放つ宝箱の鍵穴に万能工具を差し込みました。
前世のホームセンター時代、鍵の解錠依頼は日常茶飯事。
伝説の宝箱だろうが、物理的な干渉がある以上、私の敵ではありません。
「……まずは隙間に浸透潤滑剤を流し込んで……。
内部のピンを一本ずつ、正しい位置に整列させていきますわよ。……ほら、そこですわ」
カチ、カチ、という小さな金属音が静かな森に響きます。
そのたびに、宝箱から溢れていた呪いの魔力が、まるで牙を抜かれたように霧散していく。
「そ、そんな……ピンシリンダーの多段構造を、魔力干渉なしで!?
理論が……世界の魔導理論が成立しない! 店長の指先、何が起きてるんですかぁぁ!」
ラモンが頭を抱えて地面に転がりましたが、私は納期厳守で作業を続けます。
(……よし。最後の一本。ここをコンマ単位で押し上げれば――)
ガシュンッ!!
小気味よい音と共に、数百年閉ざされていた蓋が、滑らかに跳ね上がりました。
「あ……あいたぁ! お母様のペンダント……!」
精霊の少女が歓喜の声を上げる中、私は箱の底に残っていた「重石」を拾い上げました。
……待ちなさい。これ、手に伝わる比重がおかしいですわね。
構造把握を深層まで飛ばした瞬間、背筋にゾクッと冷たいものが走りました。
(……この魔力密度、ありえませんわ。
不純物ゼロ。純度100パーセントの古代希少魔石。
……これ、出力次第では、国が一つ動きますわよ)
「お姉ちゃん、ありがとう! その石、邪魔だったからあげる! 代わりに、明日お礼を持ってくるね!」
精霊の少女は風のように去っていきましたが、私の手元にはとんでもない戦略物資が残されました。
(……ふふ。エドワード様たちが、王宮の魔導炉を動かすために、全財産を投げ打って探していたのがこれかしら。
不良在庫の中からこれを見落とすなんて、王宮の監査役は本当に節穴ですわね。
返品不可ですわよ。国宝級の遺失利益、その身で味わうがいいですわ)
「……店長、その石から漏れてる魔力で、俺の杖の出力が振り切れてるんですけど……」
ヴィンセントが引き気味に指差しますが、私は優雅に微笑みました。
「あら、ただの高効率バッテリーですわ。
さあ、みなさん。超高出力電源が手に入ったお祝いです。
今夜はアイアンの調理ユニットをフル稼働させて、最高に贅沢な夜食にしましょうか」
アイアンの広い背中、整備された展望デッキに、ジュウジュウと肉の焼ける暴力的な香りが広がります。
王都の連中が凍えた指先で欠陥品を握り締めている間、私たちは伝説の魔石を燃料代わりにして、優雅なディナーを楽しむとしましょう。
(……さて。精霊の子が言っていた『お礼』。
まさか納期通りに届くとは思いませんが、期待せずに待つことにしましょうか)
吹雪の止んだ静かな夜。
アイアンの心強い駆動音を子守唄に、私は快適すぎる居住区のベッドに深く沈み込みました。
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