「貴女の為」と言われたので、全て踏み倒します。
幼馴染ユストゥス・ハルツハイムは公爵家の嫡男。
生まれた時から家を継ぐことが決まっていた彼は周囲の期待や重圧を小さな体に抱え込んでいた。
そんな幼少期のある日。
「ばっかじゃないの」
妹と共に公爵家まで遊びに行っても、机に齧りついたまま動こうとしない彼を見て私はそう言った。
我が家は侯爵家の血筋なので、本人が許してくれていなければ立派な不敬に当たる言葉。
それを私は深い隈を作る幼馴染にぶつける。
「貴方は将来立派な公爵になるのでしょうね。けれどそれは今ではないわ。今の貴方は背丈も頭も体力も、何もかもが足りない。そんな人間が一人で何とかしようとしたって、どうにかなる訳ないじゃない」
ユストゥスが目を丸くして私を見ている。
「当然よ。貴方は公爵家の者である以前に、子供なのだから。そして子供は誰かに頼るべきよ」
私はペンを握っていた彼の手を握る。
「一人で抱え込まないで」
「……アデリナ」
ユストゥスが私の名前を呼ぶ。
それに応えるように笑みを深めてから、私はユストゥスの手からペンを離させると、その手を強く引く。
「さ、あっちで遊びましょ! 庭園のお花が新しくなったって聞いて、私、居ても立っても居られなかったのよ!」
「……それが目的だな、さては」
「バレた?」
「見直し掛けた俺が馬鹿だったよ」
ただ遊び相手が欲しかったという心を見透かされ、誤魔化すように笑うと、ユストゥスは深く溜息を吐く。
それから
「アデリナ」
彼は私を呼び止める。
「なぁに? まさか、やっぱり戻るなんて言わないわよね」
「違うって」
ユストゥスはそう言うとポケットからネックレスを取り出した。
派手ではないけれど、小さくも美しい宝石が付けられたアクセサリー。
「あんまりアクセサリーを貰えないって言ってただろ。だから」
ユストゥスが私の手にネックレスを握らせる。
何よりも勉強を優先するような彼が、私の事を考え、選んでくれたプレゼント。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。……あ、俺から貰ったの、カーヤには黙っておいてくれよ」
「わかってる。私だって、奪われたくないもの」
彼からのプレゼントに頬を緩ませていると、私はぐいと手を引かれた。
「庭園。行くんだろ?」
気が付けば立場は逆転していて、ユストゥスが私を導いていく。
「……うん!」
そして私達は庭園へと走り出すのだった。
***
「どうしてこうも不出来なのかしら」
王立学園へ通うようになった私へ、母は毎日のようにそう呟いた。
「そんなんじゃ嫁ぎ先だって見つかりっこないわ」
不出来というのは、前回の試験の結果を指しているのだろう。
私は総合成績二位だった。
「少しはカーヤを見習ったらどうだ」
父が言う。
その言葉に、ニヤニヤとしながら私を見ていた妹のカーヤが口を開いた。
「お姉様って可哀想ぉ。お勉強だけが取り柄なのに、それでも一番を取れないなんて」
そういうカーヤは平均以下のことだってあるはずなのだが。
カーヤは昔から人の気を引くのが上手かった。
それに実際、容姿は周囲の令嬢と比べても随分整っている。
そして彼女は……他者の評価を落とす事にも長けていた。
具体的には、偽りの罪を姉に着せ、被害者の妹を演じる……とか。
要するに、両親の関心を自分に向けさせる為に、両親の中の私の評価を落とし続けたのだ。
結果、両親の心は見事にカーヤへのみ向けられ、二人の中で私は『不出来で愚かな娘』という格付けが為されていた。
「今のままでは駄目だな。今よりも睡眠時間を削らせるしか」
「……はい?」
信じられない言葉に私は耳を疑う。
この言葉、聞くの事態は初めてではない。
寧ろ何度かそう告げられたことで私は一日三時間睡眠の生活を強いられ、残りは全て学業にあてさせられている状況だ。
ただでさえ体調は最悪で、ロクに頭が回っていない自覚もある。
にも拘らず、これ以上寝ずに勉強をしろだなんて。
いい結果が出ない事は目に見えている。
というか……そろそろ過労で死にかねない。そういう危機すらあった。
「お待ちください。流石にこれ以上は」
「結果も出せていない癖にサボろうというの!?」
「少しは努力する事も出来ないのか!」
サボるだとか、努力だとか。
一体私の何を見て言っているというのだろう。
目の前の歳だけ重ねたどうしようもない大人は、私程に努力を重ねて来たのだろうか。
いや、もしそうだとすれば、こんな発言は出ないはずだ。
私は心の中でただただ両親を軽蔑した。
それが少し顔に出てしまったのかもしれない。
母がヒステリックに叫んだ。
「その顔は何!? 私達は貴女の為に言っているのよ!」
「…………は?」
「そうだ、お前が将来困らないように教育してやっているというのに……っ、この恩知らずが!」
『貴女の為』。
これも何度も聞いてきた言葉だ。
だけど……
――この罵倒が、無理難題を突き付ける事が私の為?
常に抱える大きな眩暈と頭痛と吐き気を抱える日々。
それに耐え続ける私へ更に無理を強いる事のどこが、私の為だというのだろう。
嫁ぎ先の候補はあった。
幼馴染のユストゥスが私を婚約者にと声を掛けてくれた事もあったはずだ。
けれど『より優れた妹のカーヤを』と勧めた事で逆に断られてしまった。
これは公爵家に行っても恥を掻くだけの『私の為』。
カーヤは美しいドレスとお化粧で着飾って夜会へ参加する。
けれど私にはろくな化粧品すら揃っていない。
『お洒落なんかに現を抜かして勉学に支障を来したらいけないから』と、お洒落をする機会すら奪われていた。
これも『私の為』。
けれど私は知っている。
両親は私を見下し、私の全てを支配して優越に浸りたいだけなのだ。
自分の中の正しさを振りかざして満足したいだけ。
それはずっとわかっていた事だったけれど、家族の情と……あとは貴族の令嬢としての将来を考えた時、結婚が決まるまでは家を出たい衝動は抑えるべきだという判断の元、私は耐えてきた。
けれど……
この日、この瞬間、私の心はきっと限界を迎えたのだと思う。
もう耐えられないと思った。
もう既に体はボロボロだ。
心だって健康とは言い難い。
こんな中で無理を強いる両親達の事を私は、『貴女の為』と言いながら娘を殺す気狂いのようにしか思えなくなっていた。
私は深く溜息を吐く。
「……わかりました」
私がそう言うと、父は溜息を吐いた。
「初めからそう言えばいいものを」
「――もう、やめます」
私が頷いたと思ったらしい彼の期待を即座に私は打ち砕く。
「な……ッ!」
「お父様もお母様も私の為と仰いますが、それは『我が家の為』、もしくはご自身の為ですよね?」
「なんてことを言うの!」
「違うというのであれば、本当に私の幸福を望むというのであれば、私の好きにさせてください」
「お前はまだ未熟だ! 俺達は今後の事を考えて」
「後先考えず選択した未来で悔やむような歳はもう終わりました。私は自分の選択のせいで路頭に迷おうとも野垂れ死のうとも、悔やむ事はないでしょう」
「いい加減になさい!」
母が私の頬を叩いた。
なので私も叩き返した。
スパァンという小気味よい音が響いた。
十年程度の鬱憤の一欠片ともなりえないような仕返しだけれど、それでも少しだけすっきりした。
母が唖然とし、カーヤが息を呑む。
当然だ。これまで私は一度だって歯向かった事がなかったのだから。
「ッ、アデリナ!!」
父が拳を振り上げて私へ近づく。
私は声を上げる。
「殴りたければお好きに殴ってください! 殴った分だけ、私は正当防衛を訴えます!」
父の動きが止まる。
流石に、激昂した異性と暴力で対抗できるとは思っていないので、父がその気になれば一方的にやられてしまうだろう。
けれど、その結果傷が増えれば増えた分だけ、私が母に放った一度の平手が抵抗の結果だという主張に信憑性も出て来る。
「私はお母様の平手を避けようと手を激しく振るってしまっただけです」
「こ、の……ッ!」
父は顔を真っ赤にして肩を震わせた。
案の定、拳は飛んでこなかった。
これ以上両親と話す必要もあるまい。
私はそう考えると、両親やカーヤに背を向け、扉へと向かう。
「待て、アデリナ!」
「嫌です。部屋に戻ります。私の為に」
私は満面の笑みで答える。
「手始めに、明日は丸一日眠ってやります」
両親が怒り、叫んだが、私はそそくさと部屋を後にして自室へ駆け込む。
鍵を掛けた扉の先で激しいノックと部屋から出て来るようにと言う怒号が聞こえたけれど、それを全て無視して私はベッドへ飛び込んだ。
生憎こちらは壊れかけの体を抱えている。
どれだけの騒音を奏でられようとも、それを簡単に遮断できるだけの疲労があった。
無意味に怒鳴り散らしている両親達をよそに、私は安らかな眠りについたのだった。
翌日は勿論、学園をサボった。
いつもは学園へ向かう時間帯にまた廊下が騒がしくなり、目を覚ましたけれどすぐ二度寝をした。
それから更に一日が経ち、流石にお腹が減ったので食事を運ぶよう使用人に指示を出す。
けれど両親に先回りされており、食事をとるならば家族ととるようにと伝えられた為、渋々昼食に出席した。
当然、そこでは私が如何に出来損ないであるのかを分からせようとする悪口大会が開催され、「きちんと勉学に励め」と言われたのでその度に笑顔で「嫌です」と答えた。
食事を抜きにすると脅された際には「虐待で訴えます」と言って黙らせた。
これまでは自分の将来の為と信じて耐えて来たけれど、それはもうしない。
この二日間で私は今後について考えていた。
私の事など一切気にも留めない家族なんかに、私の努力による成果の一欠片だって分け与えたくはない。
しかしそれは貴族令嬢である以上避けられない未来だ。
何故なら貴族令嬢は家の立場をより強固にする為の道具のようなものだから。
それを避けるとなればもう……家を出るしかない。
例え不自由だらけで、世間知らずの令嬢一人でろくに生きて行けるような社会ではないとしても、こんな家に搾取されるよりはよっぽどマシだと思った。
――自分の好きなことを出来るだけやり通して死んでやろう。
その先で野垂れ死のうがもう構わなかった。
酷い昼食の後、私は家の中でも特に大きな暖炉がある談話室で勉強の教材を全て燃やした。
それを途中で見た母が腰を抜かしたまま絶叫した。
その様子が滑稽で、私は声を上げて笑いながらまだ残っていた教材全てを一気に暖炉へ投げ捨てた。
学園に全く行かなくなった分、私は使用人と仲良くなった。
庭師に庭園の手入れの仕方を聞いたり、侍女に仕事を聞いて私でも出来そうなものを探したり(流石に手伝いはさせてくれなかった)。
これらは全て家を出るための布石だった。
働き口を探すとっかかりとして、私は使用人達が持っている技術を少しずつ盗もうとしたのだ。
それから街まで出てはどんな職種であれば雇われやすいのかを調べ回った。
頻繁に街まで出るようになった私を止めようと父が馬車の前に仁王立ちしていた日が一日だけあった。
その日は厩の馬を一頭借りて門を強行突破する事に決め、父の脇すれすれを爆速で駆け抜けた。
乗馬は幼い頃からの得意分野だったから、馬の扱いもお手のものなのだ。
すっかり腰を抜かした父を尻目に、私は笑いが止まらなかった。
尚、父はそれ以降私を止めようとはしなくなった。
色々考えた結果、私は多分識字を求められる職か服飾関係の雑用程度しかできなさそうだという結論に至った。
実際に雇って貰えるかは別として、家を出たらそのあたりに絞って職を探すべきだろう。
それで見つからず無一文になったとしても致し方あるまい。
それから私は家出先を東の隣国に選んだ。
西は周辺国が紛争中なので治安を考えた結果だ。
早急に家を離れたかったこともあり、私は本当に最低限の事だけを定め、後は流れに任せる事にした。
最後に最低限の荷物と、旅に出るに相応しい服装を揃えなければ。
そう考えた私は街で安い服を買いに出る。
そしてやや古ぼけた古着を選んで購入し、さて家へ帰ろうと馬車へ歩き出した、その時だった。
「……アデリナ?」
聞き覚えのある声が私を呼んだ。
私は振り返る。
視線の先には黒髪に赤い瞳の美青年が立っていた。
「……ユ、ストゥス」
幼馴染のユストゥスだった。
ユストゥスは目を見張ったまま唖然としている。
「ひ、久しぶりね。何をしているの?」
「何をしている、はこちらのセリフだが……アデリナ、学園は――」
そう言いながら彼は私が出てきた店を見る。
窓から店の中を窺った彼は、その店が何を売っている店かを察したのだろう。
私の顔と店を何度も交互に見やったのだった。
「……馬鹿な事をッ!!」
ユストゥスは頭を抱えてそう叫んだ。
近くにあった噴水、その傍に備えられたベンチに私たちは並んで腰を下ろしていた。
「君はそんなにも馬鹿な奴だったか?」
「ええ、学年首位の貴方よりは」
「あれはノーカンだろう。最近、君の体調はあまり良くなさそうだった……と、そんな事よりもだ」
ユストゥスは真剣な面持ちで私を見る。
「考え直してはくれないか。逃げ場所なら俺が用意するから、俺と婚約すれば――」
「嫌よ」
ユストゥスが何を言おうとしたのかを悟った私はあっさりと断る。
彼は大きく肩を落とした。
「一応これでも優良物件なんだが……!?」
「歴代ハルツハイム公爵の中でも女性にフラれた方はあまりいないかもしれないわね。大快挙おめでとう」
「不名誉だ……」
げんなりとするユストゥスの様子に私はくすくすと笑う。
彼と過ごす時間は好きだ。
軽口を言い合ったり、くだらない話ばかりしたり、何も話す事がなくなって互いに黙っていても居心地が悪くならない時間も。
彼が今私との婚約を申し出れば、一度カーヤを勧めた事で反故になった経験を持つ両親も今度こそ頷くだろう。
公爵家と血の繋がりを持てるというだけで、我が家にとってこれとなく喜ばしい事なのだから。
……だからこそ、私はそれを許容できない。
「もう、あの家の為になるような事はしたくないの。私は、私の為に生きるわ」
「アデリナ」
「貴方の事は嫌いじゃない。好きな方よ。……けれど分かって欲しいの」
ユストゥスは口を閉ざした。
しかし表情を見るに、納得できていない事は明白だ。
「私、そろそろ戻るわね」
「……送っていこう」
少しの間沈黙が続いた後、私はそう切り出し、ベンチを立つ。
遅れてユストゥスも腰を上げた。
それから私の馬車まで二人で並んで歩く。
そして目的地に着いたところで。
「アデリナ」
馬車へ乗り込む私を見届けながらユストゥスが口を開いた。
「君が君の為に生きたいというのなら、俺は俺の為に生きようと思う」
彼の眼はやはり納得がいっていないと訴えているようで、彼は彼なりの考え方で私を引き留める算段を立てているのだろうと思った。
けれど……既に私は準備が整っている手前、彼がこれから何か行動を起こしたとしても間に合いはしないだろう。
私は無言で笑みを返してから馬車の扉を閉じる。
そしてユストゥスと別れたのだった。
私は帰宅すると、家出の為に買った物を、庭の茂みにこっそりと隠した。
そして涼しい顔をして家の中へ入ったのだが……。
部屋へ戻った私が見たのは、開け放たれた扉とその中に立つ家族達の姿だ。
「あら、お姉様。随分遅かったのね」
「――な」
家族達はタンスや引き出しの中から物という物を全てひっくり返していた。
「何、してるの……」
「何ってぇ、学校をサボる悪いお姉様が遊び惚けないで済むように、お父様とお母様と一緒にゴミ捨てしてあげてたの」
「私達が買ってあげた教科書を捨てたんだもの。私達が貴女の物をどうしようと勝手でしょう? 元は我が家の金なんだから」
まあ、どうせ今晩には経つつもりだったし……という考えは残念ながら途中で打ち砕かれる。
部屋にある殆どのものは捨てられたって構わない物ばかりだった。
だけど――
「……それ」
私は、カーヤの胸元で光るネックレスを見つけた。
「ああ、これ? 可愛いから貰っちゃったぁ。お父様とお母様が良いって言ってくれたからぁ」
そう言ってカーヤが触れるそれは、且つてユストゥスから貰ったネックレスだった。
大切に、引き出しの奥に隠していた物。
彼が、私の為に選んでくれた物。
「返して」
「え?」
私は足早にカーヤへ近づく。
しかしその間に父が立った。
「返して……!」
それでも私がカーヤに手を伸ばすと、その頬を父が拳で打った。
私は殴られた拍子に倒れ込む。
「カーヤに手を上げるとは! 愚か者が!」
「勉強もできない子にお洒落なんてさせられる訳がないでしょう? そもそも我が家の物をどうしようと、貴女に決定権はないっていうのに」
両親が口々に私を罵倒する。
カーヤはその裏で笑っていた。
ネックレスだけは、私にとって特別なものなのだと悟ったからだろう。
彼女は勝ち誇ったように私を見下ろしていた。
その胸の中で輝くネックレスを取り返す事が叶わないと悟った時。
悔しさと悲しさが込み上げてきて……そこで漸く私は気付いた。
(ああ、私……ユストゥスの事、結構好きだったのね)
こんなに感情が揺さぶれる程には、彼との思い出が大切だったのだ、と。
ユストゥスに抱くこの感情を何と呼ぶべきだったのか。
とっくに考えは至っていたけれど、それについて考える事はもうやめた。
だって今日、私は家を出るから。
家族に荒らされた部屋の中で夜を待ち、皆が寝静まったところで、私は窓から外へと逃げだした。
そして茂みの中に隠していた荷物を引っ張り上げ、家を飛び出す。
(好きな方、とかじゃなくて……きちんと言っておくべきだったかしら)
歩き始めてから、そんな考えに至るけれど、すぐに我に返って小さく笑う。
「……いえ、そんな事言ったら余計に逃がしてくれなかったでしょうし」
「逃がさないって、誰がだ?」
路地裏へ一歩踏み出した時、真横から声がした。
「……っ!!」
驚いて悲鳴を上げそうになると、その口を塞がれる。
「ッ、アデリナ、俺だ」
人攫いの類かと思って暴れると、声の主が私の顔を覗き込む。
……ユストゥスだった。
「な……っ、ユストゥス……!? ど、どうして」
口が解放されるや否や私が問えば、ユストゥスは呆れたと言わんばかりに息を吐く。
「君の事だ。支度さえ整えたらすぐにでも家を飛び出すだろうと思ってな……で、案の定だった訳だ」
「う……」
「なぁ、やっぱり家に来ないか」
「ユストゥス、その話はもう終わったでしょう」
「いや、終わっていない。一刻たりとも家にいたくないというなら、結婚でもいい」
「ユストゥス……ッ」
「まぁ落ち着いて聞いてくれ」
私が話を切り上げようとするも、彼は逆に私を宥めるだけだった。
仕方なく聞く耳だけでも持ってあげようと口を閉ざせば、彼は不敵に笑った。
「――君の家族をどん底に突き落としつつ、君を幸せにする方法が俺にはある」
それから。
ユストゥスは私を連れて我が家に押し掛けた。
家族達は飛び起きると慌ててユストゥスを一室に通し、用件を聞く。
「お、お姉様、その格好は一体……」
平民に紛れようとしていた私の格好を見て、カーヤが驚きの声を漏らす。
しかしそれにはユストゥスが鋭い視線を向けるだけだった。
「夜分遅くに失礼。けれど事は一刻を争う話だったのでね」
彼の鋭い眼光に、両親とカーヤはすっかり委縮してしまっていた。
ユストゥスが私の肩を持っている事は現時点でも明白。
特に今日は私の部屋を荒らしたという真新しい罪も負っているのだから、後ろめたさもあったのだろう。
そんな中、ユストゥスは続ける。
「アデリナは、家での生活に耐えかねて夜逃げするところだった」
「な……っ!」
「何を馬鹿な事を!」
母が息を呑み、父が声を荒げる。
「馬鹿な事、というのは娘の所有物を全て『自分達の物だ』と豪語するような事ではないか?」
「……っ!」
告げ口した私を責める視線が集まる。
しかしそれを制するようにユストゥスが私の前に手を出した。
「し、仕方がなかったのです! 我が娘は大変に出来が悪くあるのに、授業すら出席しなくなっていたのですから」
「出来が悪い? 彼女のことを言っているのか? だとすればそちらの妹はどうだ? ……いや、そもそも貴方方クラッセン侯爵夫妻ですら、アデリナを超えるだけの知識を有していると言えるのか?
「そ、それは……」
「……笑えない話だな。自分の両親が、こんな浅はかな者と親交を深めていたなど」
それからユストゥスはカーヤを睨む。
「おい」
「ひっ」
「俺がアデリナに渡したネックレスを奪ったな? 今すぐ彼女に返せ」
思い当たる物は勿論あっただろう。
けれどカーヤは自分が見つけた数少ない姉の弱点を手放そうとはしなかった。
「……なるほど? 貴女は公爵家の俺に逆らうつもりなんだな」
「か、カーヤ……!」
「……っ、わ、わかりました……っ」
これにはさすがの両親も焦りを見せる。
二人に促されると、カーヤは涙目になりながら部屋を飛び出し、自室へと向かって消えていった。
ネックレスを取りに行ったようだ。
「……さて。それで本題だが」
それを見送ってから、ユストゥスが話を切り出す。
「本日付で、アデリナを俺の嫁に貰いたい」
「……は、はい……っ!?」
どう責め立てられるのか。
それを危惧していた二人はびくびくとしていた分、ユストゥスの言葉に拍子抜けしたのだろう。
素っ頓狂な声が上がった。
「こんな家に彼女を置き続ける訳にはいかない。こんなに酷い状況だと知っていれば、もっと早くに動いたというのに。……貴方達としても彼女が疎ましくあったのだろう? ならば問題あるまい?」
二度とないと思っていたユストゥスからの婚約の……いや、それを通り越した婚姻の申し出だ。
血の繋がりの確約。
両親達にとっては願ってもない話だった。
「え、ええ、それは勿論……!」
「しかし、本当に……婚姻でよろしいので?」
「ああ。……その方が俺達としても都合がいいからな」
ユストゥスの意味深長な笑みに、両親達は気付かない。
それからユストゥスは何故か用意していた契約書を取り出し、両親にサインをさせた。
こうして婚姻は成立したのだった。
遅れて、カーヤがネックレスを持って来る。
ユストゥスはそれを受け取ると、私の手を引いて席を立った。
「それではこれで失礼する」
「お、お気を付けて」
「また、近いうちに正式なご挨拶に上がらせていただきますわ」
「また……? ああ、安心して欲しい。そんな日は来ないだろう」
母の挨拶に、ユストゥスは嘲笑を返す。
「……これは裏で出回っている情報だが、どうやら若き王太子妃と情事に耽る愚か者がいたそうでな」
その話を聞いた途端、父の顔が真っ青になる。
それに気付いたのだろう。
母も、カーヤも呆然と立ち尽くしてしまった。
「王太子を愚弄した罪として、王太子妃とその不倫相手の家には近々バツが与えられるそうだ。まぁ……極刑は免れないだろうな」
そう冷ややかに告げたユストゥスは私の手を引いてそそくさと部屋を後にする。
私達が去った部屋からは、絶叫と怒号、泣き声が次々と溢れ出していた。
中はきっと混沌としていた事だろう。
公爵邸へ向かう馬車の中。
ユストゥスは私の首にネックレスをつけてくれる。
「しかし……まさか君がそんなに大切に思ってくれていたとは」
「う……っ、だ、だって」
私は恥ずかしくなってしまい、目を逸らした。
けれどそれを逃がすまいと、ユストゥスが私の顔を覗き込む。
「…………好きな人からの初めてのプレゼントだったんだもの」
顔に熱が溜まる。
それからすぐに、何とも気まずい沈黙が溢れて、私は別の話を切り出そうとした。
「あ、あの、ユストゥス――」
しかしその口を、ユストゥスの口が塞ぐ。
深い口づけを受け、呆然とする事しかできない。
「本当に、君を逃さなくてよかった」
やがて思考が真っ白になった時、ユストゥスは顔を離し、私の顔を至近距離から見つめた。
「愛している。アデリナ。……昔からずっと」
「……っ」
「君はどうだ? この婚姻は……俺の独り善がりになっていやしないか」
僅かに見える不安。
――そんな事、気にしなくていいのに。
私は激しい鼓動を抱えながら何とか声を絞り出す。
「あ……っ、愛、してるわ、ユストゥス」
それから私達は喜びを分かち合うように抱きしめ合い、長く深い口づけに溺れるのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
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それでは、またご縁がありましたらどこかで!




