5センチの差
ほとんどの人間が背中にコブを持つ世界に現在のこんしまちゃんは転生している。
転生先は、ニセモノのコブを背負う高校生。
その役目は、自分のコブは本物じゃないとカミングアウトすること。
30センチの厚みを持つニセモノのコブを制服の下に隠したまま、こんしまちゃんは高校の教室に入った。5センチのコブを持つ友達も一緒に……。
すでに教室に来ていたみんなが一斉にこんしまちゃんのほうに視線をやる。
「うおおっ! きょうも素晴らしい背中のコブだな!」
「ありがたや~、ありがたや~。こうして毎日拝めるなんて幸せすぎー」
といった声があちこちから上がる。
クラスメイトのみんなの背中にもコブがある。でもその厚みは最大で20センチ弱である。
5センチの友達が、こんしまちゃんの右斜め後ろから声をかける。
「ふふへ……っ。さすが30センチのコブを持つ女……。連日のごとく人気者ね……けひゃ」
「う……うん」
戸惑いながらこんしまちゃんは席に着く。
なおイスは背もたれのない四角いスツールであった。全員が同じ種類のイスを使っている。
こんしまちゃんは1番前の席に座っている。
後ろから背中のコブをじっと見られているのが分かる。
じきに先生も教室にやってきた。
先生はこんしまちゃんのコブに向かって手を合わせた。そして、ひとすじの涙を流した。
「コブさま、きょうも変わらぬ1日をありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
クラスのみんなが、先生に続いて唱和した。さらに教室中が拍手につつまれる。
こんしまちゃんはイスに座ったまま前かがみになり、ダラダラと汗をにじませていた。
ふと後ろに目をやると、右斜め後ろの席に座っているクラスメイトが見えた。
例の5センチの友達である。彼女だけはみんなと唱和せず拍手もせず、ただ短く息をはきつつ薄く笑っていた。
* *
カミングアウトできそうにない雰囲気に押しつぶされたのか、休み時間にこんしまちゃんは机に突っ伏して気絶するように眠ってしまった。
そこで夢を見た――。
実は本物じゃなかったんだと言って背中のニセモノのコブを外すこんしまちゃん。
するとクラスメイトのみんながアハハと笑う。
(いやあ~、実はわたしたちの背中のコブも……)
とつぶやいて、みんなが服の下からなにかを落とす。
だ円のかたちをしたコブが1人1人の足元に転がる。
みんなからコブが失われ、全員の背中が絶壁となる。
(本当はみんなニセモノのコブをしょっていたんだよ……だけど言い出すタイミングがつかめなくてね。でもたった今きみがカミングアウトしてくれたおかげで踏ん切りがついたんだ)
まあこんな感じでこんしまちゃんとみんなとの友情は続いていく。
――と思ったところで、こんしまちゃんはガバリと起きた。
「しまった。夢だった……」
「次は体育だから着替えて体育館に行きましょう……ふひゃっ」
5センチの友達が右横から、ぎこちない笑顔をこんしまちゃんに向けてくる。
* *
前開きの制服のシャツで背中を隠しつつサッと体操着に着替える。当然ながら体操着のトップスの背中も余裕をもって作られている。
そして友達と体育館に移動したあと、こんしまちゃんは一身に歓声を浴びた。
「コブさまだ! コブさまがいらっしゃったー!」
「恐れ多いけど、きょうはその背中をお借りするよッ!」
「へ……?」
たじろぐこんしまちゃん。
そんなこんしまちゃんに、右隣から5センチの友達が耳打ちする。
「わ、忘れたのかしら。きょうの体育は『コブ跳び』……みんなはあなたの30センチの厚みを持つ立派なコブの上を跳び箱のように越えるのよ……ふふっひゃ」
「し、しまった……そんなの聞いてない……」
しょっているコブに負荷がかかれば、そのコブが背中からずれて体操着の上からでもニセモノであることが確実にバレる。
確かに今のこんしまちゃんの役目はニセモノのコブをつけているとカミングアウトすること。それは分かっているけれど、魂と体がビビりまくっているので踏ん切りがつかない。
迷っているうちに、こんしまちゃんは促されるままみんなの前に立った。
みんなに左半身を向けたのち両ひざを鈍角に曲げ、左右の手で足首をつかむ。
コブが水平になっていないと言われたのでひざ小僧に手を移動させる。それでもまだかたむいているようだったので、さらに上の太ももに両手を当てなおす。
その体勢のままみんなのほうを見ると、1人1人が手をすり合わせていた。
自分の両手をすり合わせているんじゃない。両の手の平を左右に向け、隣に座っているクラスメイト同士で手をこすり合わせているのだ。
「ああ……これからそのコブさまを乗り越える無礼をお許しください……ッ!」
とみんながつぶやいている。
こんしまちゃんも、これには耐えられなかった。
「ひゃああ……っ!」
小動物の鳴き声みたいにさけんで、ポーズを維持したまま右半身からゆかに倒れた。
「しまった……」
こんしまちゃんは起き上がろうとした。
そのとき――。
「す、すみません」
あの5センチの友達が小さく手を挙げた。彼女はほかのクラスメイトと違い、手をすり合わせていなかった。
「どうやら彼女……気分が悪いようです。なにかあったら大変ですので……わたしが保健室に連れていきます……ひゃほっ」
「な! それは一大事だ!」
みんなは手をすり合わせるのをやめた。
* *
友達に肩を貸してもらったこんしまちゃんは、保健室のベッドで休むことになった。白いカーテンで仕切られたベッドである。
背中のコブのせいで、こんしまちゃんがあお向けに寝ようとしても横向きになってしまう。こんしまちゃんは体操着を着たまま右半身を下にしてシーツに沈んでいる。
ベッドのそばのスツールに腰かけ、5センチの友達がこんしまちゃんを見下ろす。
「体調がすぐれないようね……だいじょうぶかしら」
「うん……心配してくれてありがとう……これはメンタルの問題なの……」
こんしまちゃんが両目をパチクリさせる。
「みんなにわたしのコブを跳ばれるのが怖くて……」
「そんなに素晴らしいコブを持っているのに」
5センチのコブの友達が、こんしまちゃんの左目に顔を近づける。
「どうして恐れるの……くへ」
「じ、実は」
いよいよ、こんしまちゃんはカミングアウトを決意した。
これ以上、真実を隠すことに耐えられそうにない。はいてラクになりたいと思った。今ならみんなの前じゃないから一斉に幻滅されることもない――そんな打算も当然ある。
「わたしのコブ……本物じゃないんだ……ニセモノなんだ……本当はそれがバレるのが怖かったんだ……」
黙っている友達を見つつ、服の下に隠れている左右の肩ベルトを外す。
ニセモノをトップスのすそから取り出し、だ円形の黄土色のコブを友達に渡す。
「本当のわたしの背中は立派なんかじゃない……絶壁なんだ……」
コブを失ってダボダボになったトップスの背面をこんしまちゃんの左手がたたく。
アイロンをかけるように左腕をスーッと動かすと、まな板のような背中のラインがあらわになった。
「今までウソついてて……ごめん」
こんしまちゃんは、友達の顔をしっかり見て謝った。
しかし5センチの友達はニセモノのコブをひざに載せて――。
「……ほひょっ」
奇妙に笑った。
「くへ。ひゃほっ。ふふっひゃ。ふひゃっ。けひゃ。ふふへ……っ。へひゃ。ふひ。ひひ。ふへ。ぐふ」
バリエーション豊かに声を漏らしたのち、彼女は肩を上下させた。
「や、やっぱりね……中学生のときにあなたの背中が急生長したときからおかしいと思っていたのよ……小学校のころは絶壁薄々コンビで名を馳せたわたしたちだったのにね……あのときはさびしかったわ……ひょへ」
それから彼女が、顔を震わせる。
「だけど昔と変わらずあなたの背中が絶壁だったならうれしいわ……くほっ」
「え、どうして……」
こんしまちゃんも、友達に合わせて顔をゆらす。
「どうして絶壁をあざけったりしないの……しかも、ニセモノのコブでだましていたのに……」
「わたしはコブのことでからかったりしないわよ……コブが大きいほどえらいんだからニセモノを使いたくなる気持ちも分かるし、なにより……ぐへ。あ、背中さわっていい……?」
「いいよ……」
「ど、どうも……なにより」
友達がこんしまちゃんの背中を右手でそっとなでる。
「あなたは5センチのわたしとずっと友達でいてくれた……30センチのコブを背負ったあともわたしをハブらず、一緒にいてくれたじゃない……だからわたしも……ひょふ……あ、あなたが絶壁だからって友達やめたりしないのよ……こほ」
「あ、ありがとう……」
例によって、転生したこんしまちゃんにはこの体の持ち主の記憶がない。
でもこんしまちゃんの魂はもとの魂と混ざり合い、目の前の彼女が自分の無二の友達であることを強く確信している。
ただ……ここで、5センチの友達は口角を下げた。
「で、でもそれだけじゃないの……」
こんしまちゃんの背中から手を離す。
「小学生のときもそうだったんだけど……わ、わたしは絶壁のあなたをそばにおいて優越感にひたろうともしてるのよ……コブの厚みが5センチの自分よりも薄い人間を見て、い、いい気になろうとしてる面も否定しない……へふ」
自分のひざに置いたニセモノのコブに両手を置き、うなだれる。
「そんなわたしは……ニセモノのコブを使ってみんなをだましていたあなたよりも、よほど卑怯できたないわ……」
「そ……そんなことないよ……」
こんしまちゃんが、右の上半身をベッドのシーツから持ち上げる。
「わたし、不安だった……本当のことを言って幻滅されたらどうしようって……。でも、あなたはわたしを受け入れてくれた……それだけで、うれしかった……心が軽くなった……だからあなたは、あなたの心はきれいだよ……。あ、背中さわっていいかな……」
「いいわよ……」
「ありがとね……」
こんしまちゃんは、右手で友達の背中にそっとふれた。
5センチの厚みのコブが、確かに固く盛り上がっていた。それはゆるやかな丸さを持っていた。
「わたしは、あなたの持つコブが一番きれいだと思う……。きっとあなたのコブのなかには、優しさと思いやりがつまってるから……」
「あ、ありがとう……たった5センチだけどね……」
それからその友達は、右手でこんしまちゃんの背中をもう1度なでた。
「わたしも、あなたの絶壁が好き……ふふ。わたしの脳……イカれてるみたいだから絶壁もきれいだって思っちゃう……ほふ」
「うん……っ」
そしてこんしまちゃんはあお向けにベッドに寝た。
「ところで、このこと……みんなにもカミングアウトしたいんだけど……」
「じゃ、じゃあ、一斉に知らせるんじゃなくて1人ずつに打ち明けていくのがハードルも低くていいんじゃないかしら……くひゅ」
「なるほど……なら次はだれに言おう……」
「ま、まあ。もうわたしたち以外の1人は知っちゃってるけどね……むふ」
そう言ってその友達は、ベッドのそばのカーテンをあけた。
するとスツールに座った白衣姿の保健室の先生が姿を見せた。
「じ、実は最初から保健の先生がいたのよ……むへ。保健室なんだから当然よね……マンガやアニメじゃないんだから、生徒を2人だけで放置するわけがないわ……ひほっ」
「しまった……」
こんしまちゃんは口をあんぐりあけた。
だけど保健の先生は、さっき聞いたことは絶対に自分から人に伝えたりしないと優しく言った。
それを聞いてこんしまちゃんはホッとした。
その様子を見ていた5センチの友達は、ニセモノのコブをかかえながらバリエーション豊かに笑うのだった。
* *
このあと、こんしまちゃんはクラスの1人1人に自分のコブがニセモノであったことを打ち明けた。
ウワサは学校中に広まり、みんなの態度は冷たくなった。
ただ母親は最初から知っていたようで「だいじょうぶ、世間がなんと言おうとあなたはあなたのままでいいの」とやわらかく言った。
こんしまちゃんはニセモノのコブを外し、絶壁のまま高校に行くようになった。
もう羨望のまなざしを向けられることはなくなった。30センチのコブがなくなったためか、町を歩くすべての人のコブが等しく立派なものに思えてくる。
そんなふうに歩道を進むこんしまちゃんの右斜め後ろから、声がかけられる。
「きょうは一段といい姿勢ね……ぐふ」
右隣へと、友達が静かに寄る。
ニセモノのコブを外した代わりに、こんしまちゃんの背中はまっすぐ立っている。
背筋をピーンと伸ばしたうえで、こんしまちゃんは歩いていく。
そして隣の友達の背中を見る。
5センチのコブを見る。
ふと、こんなことを言う。
「わたしたちって、どこが違うのかな……」
「そ、そんなの見たまんまじゃない……ふふ」
友達が、やっぱりぎこちなく笑う。
「あなたとわたしとのあいだには、たった5センチの差しかないのよ……ふひょ」
* *
☆今週のしまったポイント:4ポイント(合計26ポイント)
次回「名前を探そう」に続く?
※12月22日(月)からは小説家になろうで「トータハーン」という作品を投稿します。ジャンルはハイファンタジーで、土・日・月・火・水曜日の午後7時ごろに更新する予定です。
※本作「今週のしまったちゃん異世界ば~じょん」については、今までと変わらずほかの作品を小説家になろうで投稿しない日の午後7時ごろに更新します。今のところは毎週木曜日には更新しようと思っています。




