宇宙をたたえる
「あなたは宇宙使いの魔女に転生しました。宇宙ダムの管理者でもあります」
こんしまちゃんの右手ににぎられた大きな縫い針みたいな杖が震え、機械的に音声を発する。
「この世界での役目は、きょうの夜に予定されているショーを成功させることです」
「了解……」
現在こんしまちゃんは灰色の石造りの家にいる。
藍色のスカートに白いブラウス、それに前がひらいている黒いローブを引っかける。あとは黒いタイツとフラットシューズをはき、帽子をかぶる。
帽子も黒い。肩幅ほどもあるつばが前後左右に延びている。てっぺんは2つに分かれ、まるでヤギのツノのように湾曲している。
家から出ると、すぐそばに大きなダムが広がっていた。
ただしダムにたまっているのは透明な水じゃない。
この世界のダムは宇宙をたたえる。
キラキラした星々を散りばめた闇が、ダムに蓄えられている。
たまった宇宙をせきとめる壁――ダムの堤体は灰色の石でできている。
堤体から少しずつ宇宙がすべり落ち、下流に続く。
川は宇宙を運んでいる。蛇行しながら闇と星とを地上の底に届ける。
なお、こんしまちゃんの管理する宇宙ダムは入道雲のようなかたちであり、まわりを緑の山で囲われてる。
天をあおぐと青い海が見える。
たった今、逆さまのクジラが大きな白いおなかを見せてこんしまちゃんの頭上で跳ねた。
天の海とこんしまちゃんのいる地上は遠く離れているので、水しぶきはかからない。
* *
「とにかく今夜のショーを成功させるために練習しないと……」
ここで言う「ショー」とは、ダムにたまった宇宙を使っておこなう見世物のことだ。
この世界における伝統行事であり、1つの宇宙ダムにつき年に1回実施される。
こんしまちゃんが堤体の上に立ち、杖を振る。
するとダムに蓄えられていた宇宙の一部が盛り上がり、宙に浮いた。
といってもコップ1杯ぶんの闇と星しか浮いていない。
「しまった……このままじゃショーにならない……」
「しょっぼいな~。宇宙ダムの新しい管理者は!」
かん高い声が右隣から聞こえる。
そちらのほうに目をやると、10歳くらいの男の子が堤体の上に寝転んでいた。
男の子は、粗い麻の上下を着ている。
「これじゃ遠くにいるヤツ全然見れねえじゃん。きょうのショーは大失敗確実だぜ! せめてウチの母ちゃんみたいに宇宙を滝のように落とさねえとなっ!」
「む……っ」
さしものこんしまちゃんも、ちょっとムッとした。
「見ててよ……」
今度は集中して大きく杖を振る。
その動きにともない、直径10メートルほどの宇宙が風船みたいになってダムのなかから飛び出した。
「どうかな……っ!」
自信満々で男の子を見るこんしまちゃん。
でも直後、宇宙風船は無音で破裂し、あたりに飛び散った。
こんしまちゃんの顔にも、闇と星がかかる。
「しまった……」
闇は液体ではなく、星も固体ではなかった。もちろん気体ですらない。ただ、あると言えばあり、ないと言えばない――そんな微妙なものをダムはたたえていたのだとこんしまちゃんは理解した。
男の子は立ち上がり、ちょっと気の毒そうな表情になる。
「マジで調子わりいのかよ」
それから目を泳がせながら、うなじをかく。
「もっと自信もってやればいいんだって。あんたも母ちゃんにみとめられた宇宙使いなんだから」
* *
そして、あっというまに夜は来た。
宇宙ダムのまわりに人が集まる。天空に広がる海にも逆さまの客船が浮かんでいる。遠くからショーを見物しているかたもいるだろう。
もちろんこんしまちゃんは時間ギリギリまで練習を重ねた。
さらにダムのまわりに結界を張り、宇宙が流出しないように対策した。安全管理もバッチリだ。
「だいじょうぶ……ショーはうまくいく……」
そう自分に言い聞かせてダムの堤体にたたずむ。
なお夜とはいえ、ダムにためられた宇宙の星明かりのおかげで周囲はほんのり明るい。
堤体の上にも人々はまばらに立っている。昼に話しかけてきた男の子も近くでこんしまちゃんの様子をじっと見ている。
深呼吸ののち、こんしまちゃんは杖の先端で宙に大きな円をえがいた。
ついで杖を斜めに持ち上げる。
すると大きな池ほどもある宇宙のかたまりがダムのなかから空中へと浮き上がった。
みんなが歓声を上げる。
夜だと、宇宙のかたまりのキラキラがよりきれいに見える。
宇宙は垂直にどんどん上がった。
500メートルの高度から、こんしまちゃんは宇宙を落とすつもりだ。
そうすれば遠くにいる人も、輝きの散りばめられた宇宙滝を見ることができるだろう。
でも高度300メートルまで浮いたとき、宇宙が急に下降した。
こんしまちゃんの実力では、それが限界だったのだ。
「しまった……落ちる」
高度の維持もできず、宇宙のかたまりがダムへと急速に落下する。
ダムの宇宙面と衝突した瞬間、巨大な宇宙しぶきが上がった。宇宙が噴水のように全方位へとシャワーを浴びせる。
ダムの周囲にいた人たちは結界で守られているけれど、勢いよく跳ねた宇宙のキラキラに興奮している様子だ。ダムの宇宙に波紋が広がる。闇がうねり、星々の位置が入れ替わる。
宇宙滝に失敗したこんしまちゃんは、別のショーをおこなうことにした。
しぶきを利用したショーである。
再び宇宙のかたまりを持ち上げ、落とす。
垂直方向に限らず斜めにも宇宙を浮かす。さまざまな角度から、変幻自在のスピードで。
宇宙ダムがしぶきで満ちあふれる。
かっこよく言えば、竜が踊っているようだ。
かわいく言えば、宇宙がリボンを結んだみたいだ。
しぶき自体に音はない。だけど見ているみんなの声がダムの周囲と海の上から宇宙に向かってふりそそぐ。
ここで例の男の子が、こんしまちゃんのそばに寄ってきた。
「大成功じゃん、よかったな」
「きみの言葉のおかげだよ……今のわたしは、自信に満ちあふれているよ……」
杖をとめずにこんしまちゃんが答える。
男の子は、あごを上げて天空の海を見た。
「ウチの母ちゃんも、海の向こうで喜んでると思うぜ。これなら安心してダムを託せるってさ」
それから男の子は口を閉じてあごを引き、きらめく宇宙のうねりを見続けた。
でもこんしまちゃんは、少し悔しそうな顔も作った。
「ただ、しまったなあ……。宇宙滝だけはできなかった……今の宇宙の高度だと遠くから見られない人もいるだろうし……そこは精進しないと……」
「ま、ゆっくりがんばればいいんじゃね?」
男の子が、やわらかい笑みを返す。
「どのみちウチの母ちゃんは、あんたに簡単に追い抜かれねえよ」
「そう……」
こんしまちゃんも口元をほころばせる。
「大きくて、キラキラしてて……」
「うん」
きらめきがダムではじける。
「宇宙みたいな人だった」
男の子が涙を流す。――闇と星でできた涙を。
* *
☆今週のしまったポイント:4ポイント(合計17ポイント)
次回「コブが大きいほどえらい」に続く?




