面食い狩り
狩人の息子に転生したこんしまちゃんは、これから3日間生き延びなければならない。その役目を果たせば、死ぬことなくまた別の世界に転生できる。
森のなかが暗くなる。
こんしまちゃんは仮面をつけたまま突っ立つ。死んだ盗賊の緑の仮面を奪ってその体をうめる父親の背中を見ている。
父親も、こんしまちゃんと同じ仮面をかぶっている。垂れ目の穴が上部に2つあいた白くて丸い仮面である。
この世界では、だれかに素顔を見られれば死ぬ。
* *
死体をうめたあと、父親はこんしまちゃんの右手を引いて小屋に入った。
窓から斜めに入る月明かりのおかげで、夜だがあかりは必要ない。
壁や屋根は焦げ茶の木でできている。室内のゆかは灰色の土。
右手の壁には扉が3つ並ぶ。部屋の中央には焦げ茶の長方形のテーブルが2つある。さらに同色の2つのイスが互いに背を向け合っている。
そして左奥の窓の下に、白い石で作られたかまどが設置されている。かまどの上に黒い鍋が置かれている。
父親はえびらと弓を玄関の扉のそばに立てかけた。
その隣には、水の入った桶が2つ置かれていた。こんしまちゃんと父親はそれぞれ違う水で両手を洗った。水は少しヌルヌルしており、泡立っていた。
ついで父親はかまどの右隣にある棚からボウル状の皿とスプーン、フォークを2つずつ取り出してそれぞれを2つのテーブルに置く。いずれも焦げ茶色である。
色あせたミトンで鍋をつかみ、それを皿の上でかたむける。
スプーンも使う。2つの皿に、大きな肉入りのオレンジ色のスープが満ちる。
「おまえも俺も大好きなイノシシのスープだ。村で買ってきたニンジンも一緒に煮込んである。まだ冷めていないはずだから食べようか」
2つあるうちの片方のイスに父親が座る。
こんしまちゃんは、もう1つのイスに腰を下ろした。そして手を合わせる。
「いただきます……」
「おいおい、なんだそれは?」
「しまった」
「ははは……いいんだ、いいんだ」
父親が笑う。2人は背中を向け合ったまま別々のテーブルに自分の仮面を置いた。
その際、コトリと音が鳴った。スープをすする音やスプーンが皿に当たる音も耳に入る。小屋の外からは獣の遠ぼえが響いてくる。
スープはあたたかかった。肉もニンジンも味が濃く、飲み込む前から満足感がある。
ここで、父親がつぶやく。
「玄関のそばに立てかけた弓とえびらをおまえにやる。えびらに入っている矢も勝手に使っていい。人の仮面を引きはがす面食いが出たって情報がある以上、おまえも自分の身を自分で守らないとな。使い方はこれまで教えてきたとおりだ」
「ありがとう……お父さん……」
顔を見せずに背を向けた状態で、こんしまちゃんが返す。
「でもお父さんはどうするの……」
「俺には別の弓矢がある。狩人なんだからな。面食いはサルの頭にトラの体毛、クマの膂力と脚力を持つらしいが、絶対に俺がしとめてみせるさ」
スープを飲み干す音がする。
こんしまちゃんもお皿をカラにし、再び手を合わせた。
「ごちそうさまでした……」
「いや、だからなんだそれは?」
「しまった」
「はは……ちょっと寝ぼけているみたいだな」
背中を向け合い、笑い合う。
* *
そして仮面をかぶりなおして皿や鍋を洗ったあと、父親とこんしまちゃんは「おやすみ」と言って別々の小部屋に入った。
その個室には、焦げ茶の木製ベッドくらいしかない。毛布も1枚だ。
こんしまちゃんは靴を脱ぎ、毛布にくるまった。それは意外と分厚く、あたたかかった。
ベッドのそばの窓から月明かりが差す。この世界の月はかなり明るいようだ。
とりあえずこんしまちゃんは垂れ目の仮面を外し、小声で話しかける。
「仮面さん……わたしの役目は3日間生き延びることなんだよね……」
「そうですよ」
こんしまちゃんの右手のなかで仮面が静かに振動する。
「正確には、3度目の日の出の時点までです」
「きょうも含めてあと3回だけ夜を越せばいいんだね……。人前で仮面を外さないことを徹底するにしても、面食いが怖い……」
ちょっと恐ろしくなってきたのでこんしまちゃんはいったん玄関に戻り、えびらと弓を持ってきた。
今のこんしまちゃんの身長に比べると大きいけれど、それを抱き枕にすると安心できた。
* *
最初の朝の光が部屋に差し込む。
こんしまちゃんは起きて仮面をかぶり、父親とあいさつを交わしたあと朝食をとった。
そして父親が新しい弓矢を背負い、こんしまちゃんに言う。
「俺は今から村に行く。近くにひそんでいる面食いをみんなで狩るんだ。おまえは俺が帰ってくるまでこの家から出るなよ。ただし、あすの朝までに俺が戻ってこなかったら、おまえが面食いを倒してくれ」
「お父さん……待ってるからね……」
こんしまちゃんは本気でそう口にした。
転生した彼女にとって目の前の男性は本当の父親ではないはずだ。しかし現在男の子となったこんしまちゃんは、男の子の内側から「自分はこの人の息子なんだ」という声を聞いた。その声に気持ちが引っ張られたのだ。
* *
こんしまちゃんは仮面をかぶったまま待ち続けた。でも父親は、夜になっても帰ってこなかった。
ごはんを食べる気にもなれず、こんしまちゃんはいったん仮面を外してベッドにもぐる。
矢の数本入ったえびらと弓をかかえ、月明かりを受けつつ眠る。
きょうは獣の遠ぼえが聞こえない。
このとき、足音がした。
目を覚ましたこんしまちゃんは起き上がり、仮面をかぶってから窓の外をのぞいた。
垂れ目を持つ白い仮面が、向こうからやってくる。
こんしまちゃんと同じ仮面だ。ということは、父親だろうか。
だけど月明かりが、その正体を照らし出す。
トラのしま模様におおわれたクマのような巨体を持つ生物が、サルみたいな頭に仮面をはめている。
とっさにこんしまちゃんは窓から顔を出すのをやめ、身を伏せた。
父親から聞いていた特徴と一致する。面食いに違いない。
生きているということは、まだ面食いは狩られていないということ。
そして面食いが男の子の父親の仮面をかぶっているということは――父親はすでに仮面を奪われて素顔を見られ、死んでいるということ。
「う……っ」
自然に涙があふれた。慌ててこんしまちゃんは口を押さえる。ベッドの下にもぐり込む。
足音が近づいてくる。地面がゆれている感じがする。足音は窓のすぐ外でとまった。
それからしばらくして、足音は遠くに去っていった。
音が完全に消えてから、こんしまちゃんは激しく呼吸した。
「しまった……危なかった……」
* *
2度目の朝を迎えても、父親は帰ってこない。
棚にしまわれていたパンをかじったあと、こんしまちゃんはえびらを右肩にしょった。左手に弓をにぎった。当然、仮面もしっかりかぶる。
「このままなにもしなかったら……たぶんわたしは今夜死ぬ……とりあえず村に行こう」
小屋から出て、湿った森のなかを走る。
こんしまちゃん自身に村の記憶はないけれど、その位置は男の子の足が覚えていた。
東に進んだ先に村があった。
いずれも焦げ茶の簡素な建物だ。
しかし――。
「え……?」
こんしまちゃんは、道や広場に倒れている人々を見た。
みんな例外なく、素顔をさらしたまま死んでいる。彼らの仮面はどこにもない。遺体のそばには、砕けた斧や折れた弓矢が散乱している。
すべての建物のなかを調べたが、生きた人間は1人もいなかった。ただし別の場所で仮面を奪われたためか父親の遺体は見当たらない。
「しまった……遅かった……」
その場にへたり込み、震えるこんしまちゃん。
「すでに面食いはみんなの仮面を取って村を全滅させたんだ……」
「あーあ、詰んじゃいましたかねー、これ」
ひとごとみたいに、仮面が笑う。
それに反発するように、こんしまちゃんが立つ。
「わたしが面食いを倒す……」
逃げるのが最善なのは分かっている。
しかし狩人の息子としての魂が、それを強くこばんだ。
* *
こんしまちゃんは村の近くを探し回った。
けれど、父親の仮面をかぶった面食いは見つからない。
そうこうしているうちに、とうとう3度目の夜が来た。
月明かりが闇をほどよく照らす。
面食いは村からやや離れた森のなかにいた。遠くからこんしまちゃんのほうに首を向ける。
垂れ目の仮面を外し、サルの顔をこんしまちゃんにさらす。人間ではないので、素顔を見られても死ぬことはないようだ。
続いて大きな口をあけ、仮面をボリボリ食べ始めた。
落っこちた破片も拾い、口に押し込む。
こんしまちゃんはその隙に矢を放つ。
しかし矢は当たらず、向かって右横の木の幹に刺さる。
それを見て面食いは一気に仮面をそしゃくして飲み込み、四つ足でこんしまちゃんに接近した。
立て続けに矢を射るも、こんしまちゃんの攻撃は命中しない。
「あ……しまった……」
面食いの右手がこんしまちゃんの仮面に向かって伸びる。
直前――。
向かって左から矢が飛んできて、面食いの右手の甲を射抜いた。
もだえる面食い。その右半身に、連続で矢が撃ち込まれる。
矢が飛んできた木のかげにだれかいる。
緑の仮面をかぶった大柄の男性が弓を構えているのが見える。
「無事か!」
その男性の声を聞いたとき、彼が父親であるとこんしまちゃんは理解した。緑の仮面はおととい盗賊から奪ったものに違いない。それをつけていたおかげで、垂れ目の仮面を奪われても生き延びることができたようだ。
面食いがうつ伏せになって倒れる。
父親はこんしまちゃんに横から駆け寄り、その身をかきいだいた。
「よかった……! 生きててくれたんだな……。それと遅くなってすまない。面食いの隙をずっとうかがっていたから家に戻れなかったんだ……」
だがこの瞬間、うつ伏せの面食いがガバリと顔を上げた。
しゃがんでいる父親の緑の仮面を大きな右手でつかみ取った。
そしてすぐに仮面をはぐ。よほど強い力を込めたらしく、面食いの右手は仮面の下の肉ごとえぐり取った。
緑の仮面をかみ砕き、嚥下する。
次にこんしまちゃんに手を伸ばそうとする。しかしこんしまちゃんは面食いの視界から消えていた。
直後、面食いの視界が闇で満ちる。
面食いが仮面を食べている隙にこんしまちゃんが背中に回り込み、後ろから自分の仮面をかぶせたのだ。ただし、仮面の上下を逆転させて。
仮面の垂れ目の部分が下部に来ているため、面食いの視界がふさがったのだ。
もちろん、ほんの一瞬の隙だ。しかしこの隙を見のがさず――。
父親が正面から、息子が背面から矢を放った。
2本の矢は前後から面食いの首を同時に射抜いた。
結果、面食いは絶命した。
こんしまちゃんは顔を隠しながら、面食いにかぶせていた仮面を外してかぶりなおす。
でも不思議だった。今度こそ仮面を奪われて面食いに素顔を見られたはずの父親がどうして生きていられるのかと。
父親のかすれた笑いが、森にこだまする。
「誇らしいな、息子と共に面食いを狩れたなんて……はは」
月明かりが父親の顔だった部分を照らし出す。
さきほど面食いに仮面をはがされる際、その顔面はえぐり取られていた。
右目はつぶれ、左目も損傷している。鼻もくちびるも、なくなっている。もうそれは頭の前面の模様にすぎず、素顔と呼ぶにはあまりにも多くのものを失いすぎていた。
こんしまちゃんは父親に駆け寄り、泣いた。
このとき朝の光が差してきた。こんしまちゃんの体は淡い光につつまれ、意識を飛ばした。
* *
3日間生き延びるという役目は果たした。
でもこんしまちゃんは、次に転生した世界でつぶやいた。
「1ポイント消費する……」
さきほどの世界を心に思い浮かべて念じる。
* *
月明かりの差す小屋の個室で、仮面をかぶった男の子が父親をベッドに寝かせている。
父親の顔だった部分には白い包帯が巻かれている。
男の子はイスに座って皿を持ち、その父親の口にスプーンを近づける。
ニンジンは入っていないようだけど、イノシシのスープのようだ。
それから父親が目を閉じたあと男の子はイスごと背を向ける。仮面を外してひざに置く。
さらに1本の矢を取り出して右手に持ち、そのとがった矢尻を見た。
ついで意を決したように、矢尻を自分の右目に刺そうとした。
しかし後ろから、大きな右手が男の子の右手首をつかんだ。
「いいんだ……そんなことしなくて……」
父親が言う。
「おまえは立派な狩人だ。俺という狩人の息子なんだ……。俺はおまえの素顔を見ることはできない。だが誇り高い狩人であるおまえの顔は、なによりもかっこいいんだ……。だから仮面の下に隠されているのだとしても、自分の顔を傷つけないでほしいんだ……」
「お父さん……」
男の子が矢を手放す。矢は音もなくゆかに落ちる。
そして男の子は仮面をつけ、その小さな手で父親をかきいだいた。
「……今まで育ててくれて、ありがとう」
「ああ……」
「俺はお父さんの子どもでよかった」
「俺もだよ」
父親が、わずかに残った左目で笑う。
「俺もおまえのお父さんでよかった」
仮面をなでつつ、そう言った。
* *
☆今週のしまったポイント:4ポイント(合計13ポイント)
次回「宇宙をたたえる」に続く?




