ナビゲーターの顔
次に目覚めたとき、こんしまちゃんは湿った森のなかに寝転んでいた。
あたりには焦げ茶の太い幹が密集している。その枝に濃い緑の葉っぱが生い茂っている。
そして、こんしまちゃんの格好はまた変化していた。
粗い布でできた焦げ茶の靴とズボンをはいている。トップスは白いチュニック。その上に丈が背中のなかばまでしかない前びらきの黒い長そでの上着を羽織っている。
さらにこんしまちゃんの目の前の枝に、白くて丸い仮面が引っかかっている。おでこからあごまでをおおう形状だ。仮面の上部には、人の垂れ目を思わせる穴が2つある。
立って服や髪の葉っぱを払ったあと、その仮面を左手に取るこんしまちゃん。
右手で仮面をなでながら、ぽつりと言う。
「わたし、また別の世界に転生したのかな……」
「お察しのとおりです」
2つの穴を光らせ、仮面がキリッとした声を発する。
「前の世界ではお互い頭をぶつけ合って、それであなたは死んでしまったのです」
「お互い……? ……まさか」
こんしまちゃんは、仮面の穴をじっと見る。
「仮面さんは、前の世界にいた町娘さんが変化した姿なの……?」
「まあ、そうですよ」
「今までのコウモリさんや帽子さんも、同じあなただったんじゃ……」
「バレましたか」
観念したように、仮面がため息をつく。
「ええ、正解です! ワタシはいろんな姿になってあなたと共にいました。もちろん善意ゆえではありません。あなたがストックする『今週のしまったポイント』のおこぼれにあずかるためです。魂を反転させた『しまった』のエネルギーこそがワタシの食べ物なんです。これまでは警戒心を持たれないよう、ナビゲーターとして異世界におけるあなたの役目を明確にしていたわけですねー」
「わたしを積極的に転生させようとしていたのも」
こんしまちゃんが、仮面のふちをそっとなぞる。
「あなたが、より多くの『しまった』を食べるためなんだね……」
「おこりますか?」
「いいや……そういう思惑があるほうが、無条件の親切よりもよほど信用できる……。わたしはもとの世界に再転生するまで『しまった』と転生をくりかえす……あなたはわたしをナビゲートしながら代わりに『今週のしまったポイント』のおこぼれにあずかる……。わたしと仮面さんが共に行動しても、損を与え合うことにはならない……だから」
仮面の穴に向かって、微笑を送る。
「これからしばらくよろしくね……仮面さん」
「はあ……そう思ってくれるなら、こちらにとっても都合がいいです。ではこれまでどおりのナビゲーターに戻りましょうかね」
カタカタと仮面が震える。
「あなたは狩人の息子に転生しました。その役目はシンプル……3日間、生き延びること。それだけです」
* *
森の木々のあいだから、夕焼けの光が差してくる。獣の遠ぼえもどこかから聞こえてくる。
こんしまちゃんはごくりとつばを飲み込んだ。
「とりあえず家に帰らないと……」
「あ、待ってください。その前に仮面のワタシを装着しましょう」
左手にかかえられた仮面が、慌てたような声を出す。
「理由は不明ですが、この世界に生きる人間は例外なく仮面をかぶっています。素顔のまま帰宅するのはオススメしません」
「分かった」
こんしまちゃんは仮面を顔面にはめる。ヒモみたいな部分はないけれど、仮面は吸盤のように彼女の顔に貼りついた。
でも、こんしまちゃんの視界は暗くなってしまった。
「あれ……。前が見えない……」
「上下が逆です!」
「しまった……」
指摘を受け、いったん仮面を外す。
見ると、2つの穴が下部に位置していた。これでは穴のかたちもツリ目に見える。
上下を反転させ、仮面の上側に垂れ目部分を持ってくる。その状態でかぶりなおす。
「よし、見える……」
斜陽の差す森のなかを歩いていく。
仮面をかぶっているためか、少し息苦しい。
* *
こんしまちゃんに狩人の息子としての記憶はない。
でも本能的に、自分の家がどこにあるか分かっていた。
家は、森のなかのひらけた野原にたたずんでいた。
まだ日は沈みきっていない。焦げ茶の木で作られた簡素な小屋の前に立ち、扉をたたく。
するとこんしまちゃんと同じ格好をした大柄の男性が扉の内側から姿を見せた。数本の矢を入れたえびらを右肩にしょっている。左手には弓がにぎられている。
父親とおぼしき彼もまた、垂れ目の仮面をかぶっている。
「おお、無事だったか!」
彼は扉を閉め、弓を持ったままこんしまちゃんをかきいだく。ちなみに今のこんしまちゃんは男の子の体になっている。
「たった今、村のほうから知らせがあってな。どうやら『面食い』が出たらしい。だからおまえも襲われたんじゃないかと心配していたが……なにもなくてよかった」
「面食い……?」
「人の仮面を引きはがす恐ろしい獣さ」
ここで父親は眼光を鋭くし、こんしまちゃんを離した。
えびらから矢を抜き、弓につがえて即座に放つ。
直後、こんしまちゃんの後ろに立つ木の上から、緑の上下を着た男が落ちてきた。さらに男の右手から鋭利なナイフが転がった。
右肩に矢を受けたその男に父親は近づく。
「きさま、盗賊だな。おおかた面食いの仕業に見せかけて俺たちを殺そうとしていたんだろう」
「ゆ、許してくれ」
緑の仮面をつけた男がわめく。
「ほんのできご――」
盗賊が言うよりも早く、父親は右手を伸ばして緑の仮面を引っぺがした。その角張った素顔を陽光にさらした。
ついで仮面の垂れ目越しに盗賊を凝視する。
すると盗賊は口と目をあけたまま、いっさい動かなくなった。死んでいるようだ。
「怖かったよなあ」
優しい声を出して、父親が仮面の垂れ目をこんしまちゃんに向けなおす。
「でも、もうだいじょうぶだ」
「う、うん……」
ガタガタと震えながら、こんしまちゃんはこの世界のルールを理解した。
(仮面を外せば死ぬ……? いやそれなら転生直後、仮面をかぶっていなかったわたしは死んでいたはず。かといってお父さんや陽光が特別な力を発揮したようにも見えなかった。右肩の矢も致命傷じゃない……。つまり考えられることは1つ――)
――この世界の人間は、素顔を見られたときに死ぬ。
(生き延びるためには、だれにも顔を見せてはいけない……)
こんしまちゃんは震える右手で、仮面を顔に押しつけた。
* *
☆今週のしまったポイント:1ポイント(合計9ポイント)
次回「面食い狩り」に続く?




