ポイントの使い道
ウェーブのかかったくせ毛をゆらし、こんしまちゃんは目をあけた。
こんしまちゃんは逆さまになって空中を落ちていた。あたたかい陽光が上から差し込む。
今の彼女は、自分の高校の制服を着ている。前面に灰色のボタンがついているダークグレーのパーカーに、ひざ丈よりも短い黒のフレアスカート。それに加え、赤茶色のローファーと白いハイソックスをはいている。
あたりの景色はライトブルー。
遠くに、ちぎれた白い雲が浮かんでいる。
しばらく落ち続けたあとで、クリーム色のトランポリンに激突した。
3回ボヨンと跳ねてから、こんしまちゃんはトランポリンで正座になった。
しかもこんしまちゃんの2メートル前方で、だれかがあぐらをかいている。
金髪青眼で色白の、ほっそりとしたきれいな女性だ。19歳くらいに見える。やや乱れた髪が臀部にも垂れかかっている。
その格好は古代ローマの「トガ」と呼ばれる衣服に近い。全体にひだのある純白の布で上半身から太ももまでをおおっている。布は左肩で結ばれ、青いブローチによって固定されている。右肩は露出している。
その女性が、こんしまちゃんに青い視線を向けた。
ほどほどに高く、おっとりとした声を出す。
「魔王に駅長……これまで立て続けに転生して大変だったでしょう、こんしまちゃん」
「は、はい……」
姿勢を正し、おずおずと答えるこんしまちゃん。ついで問う。
「すみません……あなたは、どちらさまでしょうか……。もしかして女神さま……?」
「いいえ」
おっとりとした口調を崩さず、目の前の女性がほほえむ。
「ワタシはただの町娘の魂です。町娘さんとお呼びください」
「これは失礼しました……。町娘さん……」
こんしまちゃんが謝った。
町娘さんはコホンとせきばらいし、眼光を鋭くする。
「本題に入ります。こんしまちゃんは、もともと生きている世界とは異なる世界に何度も転生して戸惑っていますね?」
「そうです……」
激しく首を縦に振るこんしまちゃん。
「これ、夢なんでしょうか……」
「違います、リアルです」
あぐらをかいたまま町娘さんが、こんしまちゃんに50センチほど近づく。
「こんしまちゃんの魂だけがもとの体を抜け出し、さまざまな別世界の存在に生まれ変わっている状態なのです」
「ど、どうしてそんなことが……」
こんしまちゃんは首を振るのをやめた。
町娘さんがさらにこんしまちゃんに接近する。
「あなた、『しまった』が口癖でしょう」
「そうですけど……」
「……『しまった』を反対から言ってみなさい」
「たっまし」
「そう。『たっまし』すなわち『たましい』……『しまった』とは『魂』を逆転させた言の葉なのです。それは魂の反転――生まれ変わりをあらわす言霊とも言えます。その特別な言葉を乱発した結果あなたはみずからの魂を逆転させ、ついには異世界に転生することになったのですよ!」
「そ、そんな……」
青い目を眼前まで近づけてくる町娘さんにうろたえつつ、困惑の声を漏らすこんしまちゃん。
直後、町娘さんはニッコリし、こんしまちゃんの両手にそっとふれる。
「でも安心してください。ワタシがこんしまちゃんを救います。もとの世界に戻る方法、知りたくないですか?」
「わたしが『しまった』をやめればいいんでしょうか……」
「いいえ。やめても、あなたは特定の異世界にとどまったまま。だから、むしろ『しまった』を連発しましょう! もとの世界に『再転生』するまで『しまった』と言い続ければいいんです」
「なるほど……教えてくれてありがとうございます、町娘さん……」
こんしまちゃんは頭を下げようとした。でも町娘さんが間近にいるためスペースがない。
ここで町娘さんは、こんしまちゃんから手を離す。
「さらに耳寄りな情報があります。現在あなたは合計11ポイントの『今週のしまったポイント』を所有しています。魔王の世界で7ポイント、駅長の世界で4ポイント稼いでいますね」
「今週のしまったポイントってなんです……」
「魂を込めて『しまった』と言うたびに加算されるポイントのことです。さきほど申したとおり『しまった』とは『魂』を反転させた特別な言葉。よって口にするたびにエネルギーとしてこんしまちゃんにストックされます」
「え、それなら……」
こんしまちゃんはすっくと立ち上がり、両腕を右に左にぶらぶらさせた。軽く足踏みも交ぜる。トランポリンの上なので体がはずむ。
「しまったしまった~。しまったった~。しましましまった。しまったしまったしまったあ~」
「なんですかその珍妙な踊りは」
「小学生のころに開発した『今週のしまった音頭』です……あ、それ……しまっ」
「ダメーッ!」
町娘さんがさけぶ。
「そんな魂の込められていない『しまった』をいくら言葉にしても『今週のしまったポイント』はたまりませんっ!」
「しまった……!」
「あ、1ポイント追加です」
「今のはいいんだ……」
こんしまちゃんが正座に戻る。
「でも町娘さん……『今週のしまったポイント』をためてなにかお得なことはあるんですか……」
「もちろんです!」
ドヤ顔で町娘さんがふところから1枚の白い紙を取り出す。
紙を受け取ったこんしまちゃんは、内容に目を通す。黒い文字列が並んでいる。字はすべて横書きの日本語で書かれている。
《今週のしまったポイントの使い道》
①すでに転生した世界1つの様子を見る。⇒1ポイント消費
②次に転生する世界を既知の世界から指定する。⇒5ポイント消費
③次に転生する個体の特徴を可能な範囲で指定する。⇒5ポイント消費
④指定した2つの世界を合体させる。⇒10ポイント消費
⑤既知の世界1つを消滅させる。⇒15ポイント消費
「この5つのことができるんだ……まあ5番目だけは絶対にやらないけど……」
それからこんしまちゃんは紙を町娘さんに返し、聞いてみた。
「もともとわたしがいた世界の様子を見たり、そこを次の転生先として指定したりすることは……できないんだよね……?」
「はい。少なくとも今は無理です」
町娘さんがキッパリ言う。
「それと、陽光がそそぐこの空間も異世界の1つです。またワタシに会いたくなったら、ポイントを消費してください。あなた自身が心で念じればわざわざ声に出さずとも自動的にポイントは消費され、それに応じた願いがかないます」
「分かりました……とりあえず次に転生する個体の特徴として『めちゃくちゃ強い人』を指定しようかな……? えっと、願いを心に念じてと……」
するとこんしまちゃんの目の前に、大きな火の玉1個と小さな火の玉2個がどこからともなく現れて人魂みたいにただよった。
大きな火の玉が縮み、7個の小さな玉に分かれる。同時に、小さな火の玉2個が消滅する。
直後、また火の玉は見えなくなった。
「これでポイントが消費されたんですね……」
そしてこんしまちゃんが、あぐらをかいている町娘さんにお礼を言う。
「いろいろお世話になりました……ありがとうございました……」
「いえいえ」
金髪に右の人差し指を引っかけ、町娘さんがはにかむ。
「ワタシがこんしまちゃんを応援したかっただけです」
「大変うれしいことですが……町娘さんは、どうしてそこまで親切にしてくれるんです……」
こんしまちゃんは優しく問うたが、町娘さんが答えることはなかった。
ちょっと気まずくなったので、こんしまちゃんは別の質問をおこなう。
「そういえば、死なずに転生する方法ってご存じありませんか……」
「その世界での役目を終えればいいのです」
町娘さんがこんしまちゃんを指差す。
こんしまちゃんの体は、いつのまにか淡い光につつまれていた。
「ワタシのいるこの世界でのこんしまちゃんの役目は、『自分が転生をくりかえす理由を知ること』と『これからなにをするか決めること』と『今週のしまったポイントを理解すること』の3つでした」
「……わたしが転生しているのは、魂の反転をあらわす『しまった』という言葉をいつも口にしているから。これからは、もとの世界に再転生するまで転生をくりかえすようにする。そのために、魂を込めて『しまった』と言ったときに加算されるポイントも活用していきたい……」
「上出来です」
そう言う町娘さんに対してこんしまちゃんはさらに言葉を重ねようとしたけれど、自分をつつんだ光は一気に輝きを増し、こんしまちゃんの視界もほかの感覚もすべて奪った。
こんしまちゃんが消えたあと、町娘さんの背中からコウモリのような翼が生えた。
町娘さんのきれいな顔がゆがむ。
「チョロいもんですね」
「なにが……?」
「えっ!」
突然の声に驚いて、町娘さんがあたりを見回す。
だれもいない……と思ったら、空からだれかが逆さまにふってきて町娘さんの頭頂部と激突した。
町娘さんが倒れる。
「わあ、痛い!」
「しまった。わたしも痛い……」
目の前で、制服姿のこんしまちゃんが頭をかかえて横たわっている。
同じポーズで町娘さんが問う。
「こんしまちゃん……っ! あなたは別の世界に転生したはずじゃ……」
「そうだよ……ただし次に転生する世界としてこの世界を指定したの……」
「はあ……? あなたは『めちゃくちゃ強い人』に転生することのほうにポイントを消費したでしょう」
「いや、あれはフェイクだよ……町娘さん、いろいろ知りすぎててあやしかったからね……もう1度この世界に転生して様子を確かめたかったの。心で念じればわざわざ声に出さなくてもそれに応じた願いがかなうんだったよね……? だからわたしは言葉のうえではウソをついて心では『またこの世界に転生する』と願ったの……。どっちも同じ5ポイント消費だからあなたをだませた……!」
「う……し、しまった」
両者、頭をかかえたままトランポリンの上を転がる。
こんしまちゃんも声をしぼり出す。
「だから、それ……わたしのセリフって言ったよね……っ?」
* *
☆今週のしまったポイント:-3ポイント(合計8ポイント)
次回「ナビゲーターの顔」に続く?




