故郷の終点
駅長に転生したこんしまちゃんは、新たな世界で出会った少女を父母のもとに送り届けるべく、電車に乗って少女の故郷の星を目指す。
紺色の制服に身をつつんだこんしまちゃんが帽子をかぶったまま、イスのない白い車内にたたずんでいる。左隣の壁に背中を預けている黒いトレンチコートの少女に質問する。
「お客さま。1年前あなたの星はどうして戦争を始めたんです……」
「分かんないです」
コートのポケットに両手を突っ込んで、少女があごを上げる。
「あたしの星には国が2つしかありません。どっちも王さまが支配しています。でも突然うちの国の王さまが相手の国に戦争をしかけたんです。理由もなにも分からないから最初はみんな反発していたんですけど露骨に逆らった人たちが全員死刑にされたので、みんなイヤイヤながら戦争するしかなかったんです」
どうやらその王さまは、かなりの権力者のようだ。
少女は涙ぐみながら声をうわずらせる。
「だから今ごろはメチャメチャになっているかも……っ! パパとママだって」
「早く……会いたいですよね……。でも確かめるのも、怖いですよね……」
ガシャンゴションと鳴る電車の振動を感じつつ、こんしまちゃんはしんみりと言った。
本当は「だいじょうぶ」と言いたかった。「パパとママは絶対に無事だよ」と断言したかった。でもこんしまちゃんは、少女の故郷がどうなっているのか実際にその目で見たわけじゃない。少女の父母がどういう人かすら知らない。だから根拠のないことは、なに1つ言えなかった。
正面の窓に目をやっても、電車の外にはなにもない。
激しい風が、ひたすらビュウビュウ旋回している。
* *
しばらくして車内にアナウンスが響く。
『次が終点の星です。ご乗車ありがとうございました』
ここでこんしまちゃんがハッとする。
「しまった。そういえばわたし切符なしで乗車しちゃった……」
「心配は要りません」
頭の帽子が小声でささやく。
「この世界の電車は無料で利用できます」
「そうなんだ……よかった」
胸をなでおろし、電車の向かう先を見るこんしまちゃん。
進行方向に対して左前方に立方体の浮遊物が見える。
こんしまちゃんはこのとき、この世界における星は球体ではないのだと理解した。
銀色の立方体の星が、風の吹きすさぶ空間に浮かんでいる。
電車が近づくごとに、星の表面に複雑な凹凸があることが分かる。
そのなかでもっとも高い塔のてっぺんに寄り、電車はとまった。そして左側の扉があく。
こんしまちゃんと少女は電車からおりた。
直後、2人が乗っていた1両編成の緑の電車が爆発し、チリとなった。
こんしまちゃんはいったん帽子を取り、そのチリに対してこうべを垂れた。
* *
エレベーターを使って地上に向かう。
扉が左右にひらくと共に、人々の元気な声が聞こえてきた。
みんな黒のトレンチコートを着ている。おとなも子どもも、あちこちに座ったり立ったりしたまま、だ円形の小麦色のパンをかじっている。
加えて、あたりに林立する大小さまざまな銀色の建物には傷1つない。とても世界戦争をしているようには見えない。
「もしかしてとっくに戦争は終わっていたの……? でも、あれ……?」
違和感がある。そう、確か――。
(タベモノ? なんですかそれ? 初めて聞きますけど)
――と少女はステーションで言っていたはず。
でも現に目の前で、少女の故郷の人々がパンを食べている。これはどういうことか。
混乱するこんしまちゃんだったけど、ともかく少女との約束を果たさなければならない。
「ではお客さま……」
左隣の少女を見下ろす。
「これからパパとママを探しに行きましょう……」
「は、はいっ」
しかし少女は左斜め奥に視線をやり、目を見ひらく。
「あ、パパ……っ。ママ……っ!」
視線をやったほうへと走る。
少女と同じ黒のトレンチコートを着たおとなの男女2人に飛びつく。
「会いたかった! また会えてよかった……っ」
少女が泣きじゃくる。
両親はしゃがみ、優しく少女をなだめる。
ついでこんしまちゃんに頭を下げた。
「駅長さんですね。この子をここまで送り届けていただき、ありがとうございます」
「いえ。ここに来ることを選んだのは、娘さんのほうですよ……」
こんしまちゃんは3人に近づく。
「しかし聞きたいことがあります……。お父さんとお母さんは、どうしてここに」
「この星にやってくる電車は、必ずあの塔に寄るからです」
母親が少女の頭をなでながら、あごを上げる。
こんしまちゃんは振り向く。そこに、天まで届く銀色の塔がそびえ立っている。
そして再び姿勢を戻し、母親と目を合わせた。
母親は補足する。
「戦争が始まったときわたしたちはこの子を脱出ポッドで星の外に逃がしました。そしてこの星の玄関口はあの塔だけです。だからわたしたちは塔の近くでこの子が帰ってくるのを待っていたんです。この星の人間は成人すると星の重力と一体になるため、自分から探しに行くこともできなかったんです……」
「そうでしたか……それは大変おつらかったでしょう……」
こんしまちゃんは帽子を外し、胸に当てた。
「それで戦争のほうは、どうなったんでしょうか……」
「3か月前に終息しました」
今度は父親が立ち上がり、こんしまちゃんに答える。
「2つの国で戦争をしているあいだに、その原因が明らかになったんです。我が国が相手国の首都を攻め落としたあと、とある機密文書が発見されました。それは『タベモノ』なるものについての記録でした」
驚くこんしまちゃんに、父親は説明を続ける。
「相手の国の王はタベモノという嗜好品を発明し、それを国民に隠して自分たちだけで楽しんでいました。しかしスパイを送り込んだ我が国の王によってタベモノの存在を知られてしまったようです。それで王さま同士、タベモノをこっそり楽しもうじゃないかという話になりました。ただ1年前、相手国の王が我が国の王にタベモノをよこす代わりに王の座を捨てろと要求したものだから我が国の王はカンカンになって宣戦布告したのです。タベモノの存在を隠匿するために、国民への説明もろくにやらなかったようですね。これらのことが機密文書により白日のもとにさらされました」
「……戦争はどうやって終結したんです」
慎重にこんしまちゃんは質問を重ねる。
父親はニヤリとして言葉を継ぐ。
「今度は戦争に駆り出されたみんながカンカンになる番でした。『こんなくだらないことやってられるか!』ということで2つの国のみんなは団結し、王族を拘束して元凶の王さま2人を処刑しました。軍も警察も王にあいそをつかしたんです。こうして星に平和が戻りました。そして」
父親があたりに視線をやる。
そこらじゅうに、小麦色のパンをかじる人たちがいる。
「機密文書からタベモノの生産方法を知った我々はみんなのためにタベモノを増産し、世界中の人々に配ったのです! タベモノは恐ろしい嗜好品でした。この世にこんなものがあっていいのかと言いたくなるようなシロモノです。おかげでみんな幸せです!」
「そうですか……話していただき、ありがとうございました……」
帽子をかぶりなおし、こんしまちゃんはその場を去ろうとした。
でも、そんなこんしまちゃんを少女が呼びとめる。
「駅長さん!」
涙を右のこぶしでぬぐい、少女がこんしまちゃんを見上げる。
「約束どおりパパとママのところに送ってくれて、ありがとうございました!」
深々と礼をする。
「思いのほかパパとママはすぐ見つかったけど、駅長さんがあたしをステーションのホームから終電に乗せてくれなかったら、あたしは元気なパパにもママにも会えなかった……平和な故郷にも帰れなかった……だからありがとうございます! 駅長さんのおかげで、怖がるだけの時間は終わりました。それ以上の時間を、これから始めてみます……!」
「そう……」
こんしまちゃんはかがみ、少女にほほえむ。
「パパとママと幸せにね……」
そして今度こそ、こんしまちゃんは3人から離れる。
別れ際、少女の両親は再びお礼を言って、こんしまちゃんにだ円形のパンを渡した。
「受け取ってください。娘を送ってもらった恩に比べれば、この程度では足りませんが……」
「いいえ。ありがとうございます……」
こんしまちゃんは小麦色のパンを左手に持ち、遠くへと歩いていく。
少し振り返ると、両親からもらったパンをかじってその初めての味に感動している少女が見えた。
3人とも笑顔だった。
* *
だれもいない路地に入り、こんしまちゃんは銀色の壁に背を預けた。
「でも星が平和になったなら……どうして1つ前のステーションは廃止になったんだろ……」
「あー、これは推測ですけどねー」
頭の帽子が伸び縮みし、低い声を響かせる。
「この世界には食べ物は本来存在しないんですよ。だからこれ以上食べ物の概念がほかの星に広がらないようにするためにあの白いステーションを切り捨て、この星と別の星との交流を絶ったんだと思います」
「ふーん……」
とりあえず左手のパンをくわえる、こんしまちゃん。
バターのような芳醇な香りが、ふんわりとしたパン生地に乗って口内を満たす。
瞬間、こんしまちゃんが倒れた。
「へ……?」
左半身が銀色の地面につく。
転がった帽子が、ぼやけていく視界のなかでかすれた声を出す。
「あーあ、不用意に異界のものを食べるからですよ」
いや、帽子の声がかすれているんじゃない。こんしまちゃんの耳が遠くなっているのだ。
「彼らにとって安全なものが、あなたにとっても安全であるという保証がどこにあるんです。だれかにとっての嗜好品は、別のだれかにとっての毒ですよ。見た目は同じでも、彼らとあなたの内部構造は違うだろうし、パンにしてもそれがあなたの知るパンと同一とは限らないでしょ? ともあれそのパンを口に含んだことにより、あなたはまた死んで別の世界に転生します」
「そんな……帽子さん……なんで食べる前に教えてくれなかったの……」
「教えたら、またあなたが転生を先延ばしにするかもしれないじゃないですかー」
帽子の嘲笑が、こんしまちゃんの鼓膜にこびりつく。
「とっくにこの世界でのあなたの役目は終わっているんだから、こっちもこれ以上は譲歩できないんですよ。あの子をパパとママのもとに送り届けることができてあなたも満足でしょうが」
「く……」
体温が奪われていく。寒い。
消えていく視界のなかで、帽子がコウモリに変化するシルエットが見えた。
こんしまちゃんは、ほとんど動かなくなった口を震わせ、つぶやいた。
「……しまった」
* *
☆今週のしまったポイント:2ポイント(合計11ポイント)
次回「ポイントの使い道」に続く?




