不味さは武器だ
ほかの異世界と同じように日本語に似た言語が使われているか確かめるため、こんしまちゃんはポイントを10消費してバロメッツの世界の人間に転生した。
現在こんしまちゃんは白いゆかの上に立っている。
ウェーブのかかったくせ毛からは、黒ウサギのような長い耳が生えている。
「この世界の人は動物の特徴を持ってるのかな……」
体をおおう服はゼリー状だ。
半袖の白いトップスとスパッツみたいな黒いボトムスを着ているけれど、どっちも表面がちょっとべたつく。
弾力もあり、ぷるぷるしている。
左右の足を隠す白い靴も同じくゼリーみたいだ。
また、こんしまちゃんの立つ白いゆかは円形の台であるようだ。
白い台の下には薄茶のゆかが広がる。
白いゆかのほうは無地だが、薄茶のゆかは木目のあらわれた細長い板を組み合わせて作られている。
天井も壁も同じ薄茶だ。
向かって右の壁には黒枠の窓が取り付けられており、外からの淡い光を斜めに採り入れている。
天井の高さはこんしまちゃんの身長の5倍以上だ。
中心からは円すい形のランプが吊るされており、室内をぼんやり照らしている。
正面奥には巨大な扉が見える。向かって左に銀色の蝶つがい3つが並んでいる。
こんしまちゃんは白いゆかに立ったまま、小声を出す。
「ナビゲーターさん……どこ……」
「ここですよ!」
頭の上の長い耳が両方ともパタパタ動いた。
「今回のワタシはお耳です」
甲高い声がこんしまちゃんの耳をじかに震わせる。
「そしてこんしまちゃんは、今週のしまったポイントを使って無事にバロメッツの世界に転生できました。その世界の人間として!」
「よかった……」
あらためてこんしまちゃんは、薄茶の壁やゆかを見回す。
「ここは建物のなかみたいだし、今度こそ人と会えそうだね……」
「だといいですねー」
ひとごとみたいにお耳さんが返す。
「ちなみに今回のこんしまちゃんの役目は『島からの脱出』です」
「へー……ここ、島なんだ……とりあえず外に出て地形を確認しないと……」
が、こんしまちゃんはその場から動くことができなかった。
ただ、身を揺らすだけだ。こんしまちゃんの挙動に伴い、白いゆかの台がカタカタ鳴る。
いぶかしげにウサギの耳が質問する。
「なんでとまっちゃってるんです。早く行きましょうよ」
「そ、それがお耳さん……足を動かせなくて……」
ゼリー状の白い靴がゆかに貼りついており、両足を前に出せないのだ。
「そうだ……この靴を脱げば……っ」
こんしまちゃんは腰を曲げ、左右の手を靴にふれさせた。
でもゼリー状の素材にからめ取られ、両手までもが靴にくっついた。
「しまった……」
手は靴のなかに沈むように吸い込まれている。
それを抜こうと、こんしまちゃんは背中を後方に倒して力を入れた。
「えいや……っ」
結果、両手はズルッと靴から抜けた。
そして勢い余ってこんしまちゃんはあお向けに倒れた。
両ひざを立てたままあお向けになったのだ。
しかも半袖の白いトップスと黒いスパッツのゼリー状の素材が白いゆかにくっついて、今度は足どころか胴体まで動かせなくなった。
「し、しまった……」
「悪化してるじゃないですか!」
ウサギの耳が曲がり、こんしまちゃんの額を軽くなでる。
「せめてなぐさめてあげましょう……おや?」
このとき正面奥の扉が、蝶つがいをきしませながら室内に向かってゆっくりひらいた。
扉から、こんしまちゃんの3倍以上の高さを持つ薄いピンクのブタが現れた。
そのだ円形の鼻は、ほかの部位に比べて濃いピンクである。また、性別はオスのようだ。
「ひゃああ……っ、おっきいブタさん……っ」
こんしまちゃんは、バロメッツに転生したときに会ったオオカミも巨大だったことを思い出していた。
「これだけおっきいなら脳も発達してるはず……もしかしたら言葉も通じるんじゃ……」
白いゆかにくっついたまま、あお向けのこんしまちゃんが声のボリュームを上げる。
「すみません……わたし、動けなくて……助けてくれませんか……?」
でも巨大ブタはなにも答えず、こんしまちゃんの載った白い台に近づく。
「……しまった。この子に言葉は通じないんだ……」
ブタの鼻がこんしまちゃんの真上に来て影を作る。
さらに口をひらき、歯を見せた。
大きな唾液のしずくが下あごからこんしまちゃんに落ちる。
ねばりけのある液体が全身を濡らしてくる。
刹那、こんしまちゃんは青ざめた。
「まさか……この白い台って……っ」
ようやくこんしまちゃんは気づいた。
自分が白いお皿の上に載っていることに。
「しまった……っ、わたし、食べられちゃう……やだ……やめて……っ!」
前にバロメッツに転生したときは食べられることに拒否感はあまりなかった。
でも今のこんしまちゃんはバロメッツという植物ではなく人間に転生している。ために、生存本能が強く働いているのだろう。
が、必死の訴えもむなしく、ブタはこんしまちゃんを口内に入れた。
口をひらいたときの上の歯と下の歯の距離は2メートルほど。
鼻を白いゆか……もとい皿の上に押し付けて、人の歯並びに似た口をゆっくり閉じる。
上の歯も下の歯もあお向けのこんしまちゃんの背面を通過し、皿に付着した靴と服のゼリー状の素材をこそいだ。
皿とこんしまちゃんは切り離された。
唾液をつけた固い歯がこんしまちゃんの頭部や脚部をなでたあと、背中や臀部のあたりで噛み合わされる。
こんしまちゃんの視界が閉ざされる。
真上にして真正面の口腔奥からぬるく湿った息が落ち、こんしまちゃんの前面をくまなく押す。
さらに自分と同じくらいの大きさを持つ弾力のある物体が足先から頭部までをすべった。
その物体には、べとべとした液体が付着している。
「ひええ……っ、これ唾液だ……さっきのは舌だったんだ……っ」
舌は再びこんしまちゃんの前面をなめた。
背面の歯が垂直に立ち、こんしまちゃんはあお向けから直立になった。
しかし足首を舌で突かれたため転倒し、今度は舌の上にうつ伏せで倒れた。
瞬間、暗い口内が震動する。
こんしまちゃんにまとわりついた全身の唾液が揺れる。舌がピンと伸ばされ、固くなる。
直後、口腔の奥から突風が吹いた。
ブタの口がひらき、歯のあいだから光が漏れる。
ついで「ブーッ!」と鳴きながらブタが舌をさらに伸ばし、こんしまちゃんを斜め下にはき出した。
こんしまちゃんは後ろに縦回転し、またあお向けの状態で白い皿に落下した。
唾液まみれのためかゼリー状の素材の粘着力が弱まり、靴や服は皿にくっついていない。
すぐに起き上がる。
一瞬、向かって右の窓から脱出しようと思ったけれど、ゆかから窓までの高さは5メートル以上あるので諦める。
「なら……っ!」
よってこんしまちゃんはブタに向かってダッシュした。
白い皿を蹴り、薄茶のゆかに着地する。
ブタは大口をあけたまま視線を天井にやって頭部を左右に振っている。
こんしまちゃんは左右の前足のあいだをくぐり、後ろ足のあいだも通り抜けた。
正面奥のあいている扉から外に出る。
外には、さっきの建物と同等の大きさの小屋がいくつも建てられていた。
地面からは2メートル以上もある濃い緑の草本がいくつも生えている。
草のあいだを縫って走り、こんしまちゃんは小屋のないほうにひたすら駆けた。
森に入り、自分の身長と同じ太さの根っこに取り付く。
汗の溶けた唾液を根っこに染み込ませながら、呼吸を整える。
「い……胃袋直行かと思った……」
「危なかったですね~」
ウサギの耳がこんしまちゃんの上で震えて唾液を散らす。
「あのまま死んでいたら島からの脱出が果たされないどころかこの世界で日本語っぽい言葉を使う人がいるかも確かめられませんからね。いや、あるいは……以前のバロメッツのときのように、あなたが死んでもループしてやりなおせていた可能性があったのでは?」
「たとえリスタートできるとしても、あんな体験もう嫌だよ……」
こんしまちゃんがつま先の向きを変え、大きな根っこに背中を預ける。
「だけどなんでブタさんは、せっかく口に入れたわたしをはき出したんだろ……」
「そんなの明白だと思いますけどねー」
両耳が根もとから曲がり、こんしまちゃんのほおをつつく。
「あなた、不味かったんですよ。ブーッ! ってはいちゃうほどにね」
「え……まずかったって……そんなことで助かったの……?」
左右の手の甲をかいで自分のにおいを確かめるこんしまちゃん。
でも唾液が混ざっているため、それもほとんど分からない。
「そういえばバロメッツに転生したときもオオカミさんがわたしの肉をはいてたね……最後は味をちゃんと確かめる前に飲み込んじゃったから、それができなかったわけだけど……。さっきのブタさんはわたしをすぐに飲み込まず舌で味をとっくり確認したおかげで……まずいものを食べずに済んだんだ……」
「はい、もしこんしまちゃんがおいしかったら、今回の旅はすでに終わっていたでしょうね」
ほおをつついていたウサギの耳の動きがとまる。
「自然界において不味さは武器なんですよ。だって美味だったらあっという間に食いつくされてしまうでしょう? どんなに戦闘力や適応力があっても『あいつはうまい! 意地でも食べてやる!』と思われちゃあおしまいなんですわ~」
ついで耳が、こんしまちゃんの頭部でピンと立つ。
「まわりよりも強くなるとか環境に適応するとか以外にも、自分の不味さを極めることで実践される生存戦略もあるってことです」
「そっか……じゃあ」
こんしまちゃんは根っこから背を離し、両手をからめて天に伸ばした。
「まずいわたしは……無敵だね」
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☆今週のしまったポイント:4ポイント(合計74ポイント)
次回「いずれ食われる日が来ても」に続く?




