世界を合体させるメリットについて
ゾンビもののマンガの世界に入っていたこんしまちゃんは闇のマンガ家から打ち切りを告げられたあと、霧のように消えた。
そして、こんしまちゃんはマンガの外に出た。
足もとにはクリーム色のトランポリンが、あたりにはライトブルーの空が広がる。
上空からは、あたたかい陽光がそそぐ。
こんしまちゃんの右隣には金髪青眼の町娘さんが立っている。
もう町娘さんは制服の姿じゃない。純白の布で体をおおっている。
「おおっ、こんしまちゃん。闇のマンガ家がご都合展開で登場人物全員を生き返らせるなどという暴挙に出たおかげであなたも無事でしたか~」
「そうみたい……」
自分や町娘さんのそばにヘイトシグナルの手鏡が浮いていないことを確認し、こんしまちゃんがうなずいた。
「マンガからは安全に脱出できた……役目は果たした……これでまた転生だね……」
「まあ間もなく、そうなると思いますわ~」
町娘さんはあぐらをかき、トランポリンに腰を下ろした。
「闇のマンガ家とやらも、生きた人間のこんしまちゃんをマンガにぶち込んだことでキャラクターのリアリティについて考える機会を得たはずです」
「今度は打ち切りにならないといいね……」
こんしまちゃんは町娘さんの正面に座り、ひざをかかえる。
「……ところで町娘さん……いや、ナビゲーターさん……あなたとこうしてゆっくり話すことができるのも久しぶりだね……」
両腕を太ももの裏に回し、黒いフレアスカートを押さえる。
「前にナビゲーターさん……面食いのいる世界で言ってたっけ……ナビゲーターさんがわたしと共にいるのは……わたしが『しまった』と言うたびに加算される『今週のしまったポイント』のおこぼれにあずかるためだって……」
右のほっぺたを自分のひざ小僧に押し付け、こんしまちゃんが質問する。
「どうかな……? 最近、満足にこんしまポイントをもぐもぐできてる……?」
「ええ、おかげさまでおいしいヤツをね。魂を反転させた言葉であるからして『しまった』はとても美味ですよ」
薄赤い舌の先端を、町娘さんがちょこっと見せた。
「そしてこんしまちゃんも、魂の反転すなわち生まれ変わりを示す『しまった』を何回も言うことで転生をくりかえしているわけですが……その先でもとの世界に再転生することがあなたの目的でしたよね 」
「うん……あなたがわたしにその道を示してくれた……」
臀部をトランポリンの上で震わせるこんしまちゃん。
町娘さんは青い目をキラリと光らせ、あぐらのままこんしまちゃんに少しだけ近づく。
「もっと道を示してあげましょうか」
「できるの……?」
「あるんですよ、攻略法。もとの世界に再転生する現実的なルートが」
断言し、町娘さんがひじを曲げて両肩を回す。
「世界を合体させればいいんです」
「世界合体……」
記憶をたぐり、こんしまちゃんが慎重に言葉を継ぐ。
「確か今週のしまったポイントを10消費することで指定した2つの異世界を合体させることができるんだっけ……」
「そのとおりです」
町娘さんは首を右と左に回し、金髪をきらめかせた。
「言いたいことは分かりますよ。『世界を合体させること』と『もとの世界に再転生すること』になんの関係があるのか、あなたは疑問に思っていますね。ここで重要になるのが――」
首と肩の動きをとめ、自分のひざ小僧を両手でたたく。
「今までの異世界すべてで日本語が使われていたことです」
「……確かに普通に会話できてたし、文字も読めてた……」
とくにこんしまちゃんは炎人種の世界で自分の名前を見つけたときのことを思い出した。
そのとき縦書きで書かれた文字を目にした。
そこにはハッキリと「こんしまちゃん」というひらがなが書かれていた。
「だけど言葉が理解できていたのはお約束というものなんじゃ……」
「んなわけないでしょ、言語というのはそんな簡単なものではありません。それぞれに独自の語彙、文法、発音、表記が存在します。いくら現地の人に転生したとしても魂のベースはもとの世界のこんしまちゃんなんですよー。世界の言葉自体が全然違っていたらまともにコミュニケーションもとれませんわ~」
「で……でも、日本じゃない世界で日本語が使われているっておかしくない……? 今まで訪れたのは実は未来や過去の世界だったとか、もとの世界の人が別の星や次元に移り住んでできた世界だったとか……そういうパターン……?」
「違いますよ、こんしまちゃんがもといた世界と今までの異世界はなんの関連もありません。正確には、これまでふれた言語も日本語そのものではなく、日本語に極めて類似する言語であると言ったほうがいいでしょう」
くちびるを大きく丁寧に動かしつつ、町娘さんが続ける。
「だけど……日本語とまったく同じ言語を使う人たちが、あなたのもといた国とはまったく別の場所で産まれる可能性もゼロじゃないんです。とっても、とお~っても低い確率ですがね。しかし異世界が無数にあるとしたら、そのなかのいくつかは日本語と同様の言語を獲得しうるのではないですか?」
「まあ絶対にありえないとは言いきれないね……」
こんしまちゃんは町娘さんの口元を見つめていた。
自分のよく知っている口の動きのとおりに動くその部分を。
「……しまった」
「おや、どうしました。ワタシの説明におったまげたんですか」
「それもあるけれど……日本語と似た言葉が使われていることについてはもっと早く気づくこともできたと思って……炎人種の世界でミズキちゃんは『ク○』って言葉を『クリ』って言い換えてた……これってカタカナの『ソ』と『リ』が似ている日本語じゃないと出てこない発想だよね……」
さらにこんしまちゃんはハッとして、あごに右親指のフシを当てる。
「あ、しまった……」
そしてすぐに右腕を太ももの裏に戻す。
「元駅長に転生したとき民主派の女の人が言っていたこともヒントだったね……『ふさわしい』という意味の『てきせい(適正)』と『敵と見なす』という意味の『てきせい(敵性)』をあの人は区別してた……これも日本語と類似する同音異義語じゃないと成立しない言葉だった……」
目をパチクリさせ、首をかしげる。
「ただ……どうしてわたしは毎回都合よく日本語と同じような言語を持つ異世界に転生していたのかな……」
「こんしまちゃんの転生が、『しまった』という言葉に起因するからです」
あぐらの町娘さんがもっと近寄り、こんしまちゃんのスカートにその脚の一部をふれさせる。
「考えてみてください。『しまった』は『たっまし』すなわち『たましい』を反転させた言葉であり、だからこそこんしまちゃんは魂の反転である生まれ変わり……転生を可能にしているわけですけど、これって日本語の語彙だからこそ成立することですよねー」
「……だからわたしは『しまった』の逆転が『たましい』であるとハッキリ通じる世界にしか転生できないってこと……? 転生先の言語が日本語に似ていないと『しまった』が魂の反転でなくなって……生まれ変わりの意味を持てなくなるから……」
「おや、察しのいいことで助かりますわー。とはいえだからこそあなたは日本語に類似する言語を持つ世界にのみ転生し、言葉にも苦労しなかったんですよ」
ほどほどに高く、おっとりした声と共に町娘さんがこんしまちゃんの首筋に湿った息を吹きかける。
「ただし無数の異世界のなかでも日本語と同様の言語を獲得する世界はほとんどない――これも真実。バロメッツの世界でのループは例外として、これまでこんしまちゃんは今週のしまったポイントを使うことすらなく食べ物の概念がもともとなかった世界と宇宙ダムの世界とこのトランポリンの地面を持つ世界に転生していますけどー、もし無数の異世界のなかからこんしまちゃんがランダムに転生しているとしたら、最近の短期間で同じ世界に3度も再転生するなんてほぼありえないでしょ」
「つまり……」
こんしまちゃんも、町娘さんの言わんとしていることがなんとなく分かってきた。
「わたしが転生する異世界の数には限りがあるってこと……?」
「そう。日本語と類似する言語を持つ、限りある異世界のなかからランダムに転生先が選ばれていると仮定できます。もちろん選ばれうる転生先の候補には、こんしまちゃんのもといた世界もあるでしょう。そこも『しまった』の意味を解する日本語を使っているのですから」
「何回も転生を反復すればもとの世界に再転生できるっていう道も現実味を帯びてくるね……」
「そこで世界を合体させるんですよ」
町娘さんが上半身をこんしまちゃんに向かってかたむける。
こんしまちゃんの視界が町娘さんの青い目に支配される。
「いいですか、こんしまちゃん。ポイントを10消費して世界を合体させるメリットは、転生先の世界を1つ減らせることにあります。まあ今週のしまったポイントで既知の世界1つを消滅させることも可能ですが、そっちは15ポイントでちょっと高いですからねえ」
ついで町娘さんは、太ももの裏にあてがわれているこんしまちゃんの両腕を自分の両手でさわさわなでた。
「現在こんしまちゃんは今週のしまったポイントを78ポイント保有しています。今まで転生した世界を思い出してみましょう……魔王のいた世界、食べ物の概念がなかった世界、このクリーム色のトランポリンのある世界……」
そう言いながら身を振動させ、足もとをぐらぐらゆらす。
「……面食いのいる世界、宇宙ダムのある世界、背中にコブを持つ世界、炎人種のいる世界、バロメッツの世界、墓かぶりの世界……闇のマンガ家の作り出したマンガの世界はノーカンとして、ざっと9個の異世界をあなたは渡り歩いたわけです。ここで70ポイントを使って2つの異世界同士を合体させまくれば、既知の世界だけでもその数はたったの2個になるんです」
「なにが……言いたいの……ナビゲーターさん……」
「やだな~、都合が悪くなったからって察しの悪いフリしないでくださいよー。ようは異世界を合体させまくってその数を減らせば、あなたの転生先の世界の候補も減少し……そのぶん次の転生先としてあなたがもともといた世界が選ばれやすくなるってことじゃないですか~。転生先の異世界が無数にあったら世界をたくさん減らしてもほぼ無意味ですけど……これまでの異世界ですべて日本語が使われていたことから転生先の世界の個数には限りがあると分かった今なら、なかなか現実的な案と言えませんか」
「……ありがとう、ナビゲーターさん。もとの世界までの最短ルートを示してくれて……」
こんしまちゃんは静かに礼を返した。
「だけど……わたしは世界を合体させない……」
「なぜです。別にわたしは世界を消滅させろだとか言ってんじゃないんですよ」
青い目を離さず、町娘さんが問うた。
「それともあなたは、もとの世界に帰りたくないんですか」
「帰りたいよ……」
ノータイムでこんしまちゃんが返す。
「それでも……だからって……それぞれの世界に住む人の生活をめちゃくちゃにすることはできないし、したくない……これまで転生したどの世界のみんなも、それぞれで独自の世界を築いてた……きっと、これから新しく転生する世界もそうだと思う……だから、その世界の根幹を部外者のわたしが揺るがすことは絶対にダメなんだ……」
「ふう~ん」
気の抜けた声を出し、町娘さんはこんしまちゃんから青い目を遠ざけた。
「まあ、ワタシはこんしまちゃんの『しまった』を食べさせてもらってる身ですからね~、あなたがそうしたいなら……ワタシも強制できません」
「ただ……ナビゲーターさんのおかげで転生先の候補が絞られていることは分かったから……もとの世界への再転生にも希望が見えてきた……世界を合体させなくても、きっといつかもとの世界に帰れるよ……」
そしてこのとき、こんしまちゃんの体のまわりに淡い光が生じた。
「あ、次の転生の時間みたいだね……」
「結局こんしまちゃんは」
町娘さんがあぐらの状態で自分の上半身を後ろに倒す。
「今週のしまったポイントはまだ使わないんですか」
「いや……今回は、すでに行った世界から転生先を指定するよ……」
こんしまちゃんはすっくと立ち上がった。
「バロメッツの世界に転生する……あの世界でだけ、ほかの人と会ってないから……本当に日本語っぽい言葉が使われているか確かめる必要がある……」
「へえ、転生先の世界の指定で5ポイントを使うわけですか」
トランポリンに後頭部をつけ、町娘さんがこんしまちゃんを見上げる。
「でもまたバロメッツに転生したら、それを確かめるすべもなく再び地獄のループの始まりですよ」
「しまった……だったら転生する個体の特徴の指定でさらに5ポイント消費するよ……バロメッツじゃない『人間』がいい……」
そう念じると、こんしまちゃんの目の前に大きな火の玉7個と小さな火の玉9個がどこからともなく現れた。大きな火の玉が1個だけしぼんで消滅した。
「あれ……? 前は小さな火の玉のほうも消えたような……」
「大きな火の玉は10ポイントのかたまりですよ」
町娘さんは寝転がったまま、両手であぐらの足首をつかんでいる。
「合計10ポイント消費なら、大きな火の玉1つだけを消したほうが効率的ってことです」
「しまった……そのとおりだね……」
淡い光のなか、こんしまちゃんが納得する。
同時に町娘さんがくりかえした。
「そう、効率的なんですよ」
……このとき町娘さんの背中からコウモリに似た翼がわずかにのぞいたような気がした。
* *
☆今週のしまったポイント:-6ポイント(合計70ポイント)
次回「不味さは武器だ」に続く?




