終電に乗って
ウェーブのかかった髪を持つ女子高生こんしまちゃんはとある世界での役目を終えたあと渦巻に吸い込まれ、看板に当たって気絶した。
次に気づいたとき、こんしまちゃんは固いベッドにあお向けになっていた。ベッドにはブランケットもシーツもない。部屋自体は白いけど、ところどころヒビが入っている。
今のこんしまちゃんは白い手袋をはめ、紺色の制服を着ている。格好は厚手のジャケットとスラックス。ジャケットは金のボタンを4つ付けたダブルのものである。
起き上がり、ベッドの下に置かれていた紺色の革靴をはく。
すると頭の上から低い声がした。
「あなたはこのステーションの駅長に転生しました」
「また転生……? しかも今度は魔王じゃなくて駅長……」
こんしまちゃんは両手を持ち上げ、頭に乗っているものをそっとつかんだ。
それをひざに置く。正体は紺色の帽子だった。前側につばがある。頭にかぶるクラウン部分は台形をひっくり返してぺしゃんこにしたような形状だ。そのふちは金色の帯で装飾されている。
クラウン部分を伸び縮みさせ、帽子がしゃべる。
「きょうでこのステーションは廃止されるのですが、最後のお客さまがホームに立ちつくしたまま電車に乗ろうとしません。このままではそのお客さまがステーションと共に最期を迎えてしまいます。そこで、駅長となったあなたにお願いします。これから来る最終電車にそのお客さまを乗せてほしいのです!」
「がってん……」
即答し、こんしまちゃんは立ち上がる。
* *
ベッドのある部屋の扉をあけると、すぐステーションのホームに出ることができた。
ホームは手すりのないベランダに似ている。白い長方形のゆかの向こうには足場がなく、風がビュウビュウ吹き荒れている。
そんな風をじっと見ている少女がいる。
黒のトレンチコートを着ており、ほとんど直立不動に見える。
こんしまちゃんは帽子をかぶり、少女の右隣に立った。
「お客さま。もうすぐ終電が来ます……」
「知ってますって」
少女は風から目を離さない。
「でもあたしは乗らないです」
「なぜですか……このステーションに思い入れでも……?」
「いいえ。故郷の星に帰るのが怖いだけです」
こんしまちゃんのほうを見ずに淡々と続ける。
「1年前、あたしの星は世界戦争に突入しました。パパとママも徴兵されました。でも戦地に出る前にあたしを脱出ポッドで逃がしてくれたんです。そしてポッドはこのステーションに不時着しました。だけどこの駅からは、あたしの故郷行きの電車しか出ないんです」
「それでずっとホームに立っていたんですね……ですがそのあいだ食べ物はどうしていたんです……」
「タベモノ? なんですかそれ? 初めて聞きますけど」
「しまった……」
どうやらこの世界には「食べ物」という概念がないらしい。
それに気づいてこんしまちゃんは慌ててごまかす。
「なんでもありません……」
「……ふふ。変な駅長さん」
ちょっとだけ少女は顔をほころばせ、こんしまちゃんに視線をやった。
「駅長さんはちゃんと終電に乗ってくださいね」
「乗るときはお客さまと一緒です……」
こんしまちゃんは切なく言う。
「ステーションと共にあなたが最期を迎えたら……パパとママも悲しみますよ……」
「どうかな……すでに死んでるかもしれないじゃん……」
その言葉にこんしまちゃんが答えようとした瞬間、左からガシャンゴションという音が聞こえてきた。
音がだんだん大きくなる。
風が吹きすさぶホーム前の空間に、ライトをつけた緑色の電車が停止する。
1両編成である。電車内からアナウンスが響く。
『終電です。このステーションには五分だけとまります』
ついで電車の扉1つが左右にひらいた。
それに合わせてこんしまちゃんが、左に立つ少女にまばたきを送った。
「お客さま……もう時間がありません……故郷を見るのが怖いなら……次の駅をいったん通り過ぎるのはどうでしょう……」
「駅長さんのくせに知らないんですか? 次の駅があるあたしの故郷の星こそが終点なんですよ」
「し、しまった……」
こんしまちゃんは少女のほうにつま先を向け、帽子を取って頭を下げた。
「申し訳ありません……」
「別にいいよ」
少女は、左に顔をそむける。
「そもそもこのステーションが廃止されるのも、あたしの星が戦争でメチャクチャになっているからに違いないんだ。だったら戻らずにここで――」
「ダ、ダメです……っ」
さすがのこんしまちゃんも、無理やり少女をかかえて電車に乗ろうかと思った。
でもそれでいいのかという疑問も湧いた。
だから次のように言う。
「でしたらお客さま……」
帽子をかぶりなおし、背筋を伸ばす。
「駅長のわたしにご依頼いただけないでしょうか」
「なにを……?」
「……『自分をパパとママのもとに送り届けてほしい』と」
「それ、駅長さんの仕事なの?」
「駅長とは、これから旅に出るかたとこれから旅を終えるかたを見守る仕事です。よってステーションを離れたあとも、お客さまがちゃんと旅を始め、そして終えることができるよう全力をつくすんです……」
「そう」
少女はそっけなく返答したあと、こんしまちゃんに向きなおって頭をそのジャケットに押しつけてきた。
「だったら頼みます。あたしをパパとママのところに連れていってください。絶対ですよ……」
「もちろんです……」
電車の扉が閉まりそうになる。
こんしまちゃんは少女の手を引いて車内に駆け込む。
『駆け込み乗車はおやめください……と言いたいところですが、きょうだけは許してあげます』
というアナウンスと共に扉が完全に閉じ、電車が出発する。
直後、白いステーションがホームごと崩れ、風のなかへと跡形もなく消えた。
イスの1つもない車内で少女の手を離したあと、こんしまちゃんのかぶる帽子が声を上げる。
「やりましたね! あなたは駅長として終電にお客さまを乗せることに成功しました! これであなたのこの世界での役目は終わりです。では次なる世界へ転生しましょう! おつかれさまでし――」
「いや……まだ終わらせない……」
「へ?」
こんしまちゃんのすごんだ声を聞いて、帽子がうろたえた。
こんしまちゃんは両手に帽子を持ち、つばに顔を近づける。
「わたしは約束した……」
車内の白い壁に背を預ける少女をちらりと見る。
「あの子をパパとママのもとに送り届けるって……。だからこの世界での役目を終えたとしても、わたしはあの子との約束を果たすまでこの世界を離れない……」
「酔狂なかたですねー。ま、あなたが望むなら別に構いませんけど」
そんなふうにひとごとみたいに言う帽子をまた頭に載せる。
少女の近くにこんしまちゃんは寄り、その右隣の壁に背をもたせかけた。
そして電車は風を受け、ガシャンゴションと進んでいく……。
* *
☆今週のしまったポイント:2ポイント(合計9ポイント)
次回「故郷の終点」に続く?




