われらのしまったを取り戻せ!
元駅長の放浪者に転生したこんしまちゃんは牢屋にぶち込まれてしまった。
うっかり「しまった」と口にしてしまったため逮捕されたのだ。
どうやら今いる星では「しまった」と言うことは違法らしい。
今回の世界におけるこんしまちゃんの役目は「再就職」だけど、捕まったからにはどうしようもない。
現在こんしまちゃんは独房の暗い底へと落下中である。
灰色の手錠がかけられた左右の手で紺色の駅長帽子をかかえ、自身の薄茶のトレンチコートに押しつけている。
そして黒いクッションの敷かれたゆかに尻もちをついたあと、目の前にある格子の向こう側から声をかけられた。
「復唱ッ!」
金色のボタンのついた黒の上下を着た女が赤いホイッスルをピーッ! と鳴らす。
「われわれは『ちまった』を憎む!」
「……は、はい……っ。われわれは『ちまった』を……え?」
こんしまちゃんはクッションにお尻をつけたまま首をかしげた。
「あの……『ちまった』じゃなくて『しまった』ではないんですか……?」
「んなっ!」
女がホイッスルを持った右手を震わせる。
「きさまは性懲りもなく『ちまった』をッ!」
「しまった……」
「……ふん」
右足でゆかを踏みつけ、ホイッスルを左胸のポケットにしまう。
「その言葉はわれわれにとっての敵性語も同然なのだ。口に出すのもおぞましい。ゆえに『ちまった』と言い換えている」
「適正ならどんどん言っていいのでは……?」
「おい……『ふさわしい』という意味の『てきせい(適正)』ではなく『敵と見なす』という意味の『てきせい(敵性)』だからな」
「しまった」
「……嘆かわしい。どうやらきさまにはみっちり教育をほどこす必要がありそうだ」
呆れたように、女が首を横に振る。
こんしまちゃんは両ひざを胸と手錠のあいだに入れて質問する。
「すみません……どうしてあなたはそこまでしま……『ちまった』を憎んでいるんですか……そして、どうしてこの星は『ちまった』を禁止しているんでしょう……『ちまった』に実害があるとは思えませんが……」
「教えてやろう」
女は腰を下ろしてあぐらをかき、格子越しにこんしまちゃんに視線を返した。
「この星は5年前まで王政だった。ヤラカシター家のチマッタ王が治めていたのだ」
「チマッタ・ヤラカシターさまですか……」
脳内で「シマッタ・ヤラカシター」という名前に変換するこんしまちゃん。
対する女はせき払いをはさんで続ける。
「だがわれわれ民主派のクーデターによりチマッタは玉座から下ろされた。そして民主派は政治改革を推し進めるにあたって『チマッタ』を敵性語に認定した。その忌むべき名前と同じ音を発した時点で即逮捕とする法律を可決し、人々の持つチマッタへの未練を完全に断ち切ろうとしたわけだ」
「……そのチマッタ・ヤラカシターさまは」
こんしまちゃんが両手で帽子をつかみ、頭に置く。
「いったいなにをやらかしたんです……」
「別になにもやらかしてはいない。民衆の人気もあった。ただわれわれ民主派はヤラカシター家の専政が気に食わなかったのだ」
冷徹な口調で女が言った。
この瞬間。
こんしまちゃんから見て右の壁が轟音と共に突如として爆発した。
「ひゃあ……っ」
手錠をつけたまま両手の平を後頭部に当て、こんしまちゃんはガードを固める。
壁や格子の破片が勢いよく飛来してとても危なかったのだ。
一方女は立ち上がり、爆発したほうをキッとにらみつけた。
「きさまは何者の何様だッ!」
「わたしはこの星の王様だ」
壁にあいた大きな穴から、紺色のラバースーツを着た金髪の若い女性が姿を見せた。
「そう……わたしこそがシマッタ・ヤラカシター王その人である!」
「く……ちまった……!」
黒の上下の女はホイッスルを吹こうとした。
しかしラバースーツの女性――シマッタ王が瞬時に女のふところに飛び込む。
ホイッスルを右手ではじき飛ばしたあと大きな金貨を女に投げる。
「これで壁の修復はできるはずだ」
次はこんしまちゃんに近寄る。
シマッタ王が手刀を手錠に撃ち込む。それと同時に、手錠は破裂したようにコナゴナになった。
「走って逃げるぞ、わたしに続け」
「はい……ありがとうございます……っ」
こんしまちゃんはシマッタ王のあとを追い、壁にあいた穴に入った。
穴のなかはグニャグニャと曲がった円筒形の通路になっていた。
スラリとした紺のラバースーツの背中を見ながら、こんしまちゃんがたずねる。
「どうしてわたしを助けてくれたんです……シマッタさま」
「それは君が『しまった』を愛しているからだ」
金髪をなびかせ、シマッタ王がきれいな横顔を見せる。
「だからこの牢獄に捕らわれていた……そうだろう? そのような『しまった』を大事にできる者をわたしは絶対に見捨てない。わたしは誇り高きヤラカシター家の第48代目当主シマッタ・ヤラカシターなのだからな!」
「シマッタさま」
ここでこんしまちゃんが両手を口に当てる。
「……あ、しまった」
「どうした?」
「その……王様に対してはお名前ではなく『陛下』とお呼びしたほうがいいでしょうか……」
「よいよい」
走りながらシマッタ王が軽く笑う。
「わたしはシマッタという自分の名前で呼ばれるのが好きだ。遠慮なくシマッタと呼べ」
「はい……シマッタさま……」
こんしまちゃんの心はシマッタ王のカリスマ性に焼かれてしまった。
* *
円筒形の通路は山のなかに通じていた。
薄茶の幹を持つ林に出たシマッタ王とこんしまちゃんは入り口を大岩でふさいだあと、林のそばに待機していた部下と共に薄茶の馬に乗った。
木々のあいだを抜け……とある大きな洞窟に入る。
その洞窟のなかには、紺色のトレンチコートを着た人々が大勢いた。
いや……「しまった」と言ってしまったためこんしまちゃんと共に投獄された3人組の男の姿もある。どうやら彼らも牢屋から救出されたようだ。
とはいえ彼らはもともと「しまった」を取り締まっていた側である。
シマッタ王はそれを分かっているのだろうか。
「しまったを愛するみんな。わたしこそがヤラカシター家の第48代目当主シマッタ・ヤラカシターである!」
りりしい声が洞窟内に響く。
2メートルくらいの高さを持つ岩の上に立ち、ラバースーツ姿のシマッタ王が声を張り上げたのだ。
「ここに集められたみんなは『しまった』と口にして不当に投獄された者たちだ。これまでは『しまった』を奪われ、つらかっただろう。わたしもだ! これもわたしがみすみす王権を明け渡してしまったゆえ。すまなかった」
右手を胸に当て、シマッタ王がこうべを垂れる。
聞いているみんなは、しん……となった。
シマッタ王は顔を上げ、ゆっくりと言葉を継ぐ。
「だが『しまった』と言うだけで逮捕されるなどという理不尽なことがまかりとおっていいわけがない。それは基本的しまった権の侵害だ」
両腕を広げ、はっきりとした発音で洞窟に声をとどろかせる。
「ゆえにわたしは宣言する! みんなの奪われた『しまった』を今こそ取り返す! わたしたちには産まれながらに『しまった』と口にする権利がある! その『しまった』と言う自由を何人にも奪わせてはならない!」
さらにひと呼吸おいて、あえて声を抑える。
「さあ、われらのしまったをわれらの手で取り戻すぞ。覚悟はいいな。決意して~……」
「しまったー!」
シマッタ王の言葉を受け、こんしまちゃんを始めとするみんなが利き手を上げて唱和した。
もともとこんしまちゃんを逮捕した例の3人組の男も涙を流し、手を合わせてシマッタ王を拝んでいる。
「そうだよな~。仕事だから仕方なくやっていたけど実はおれも『しまった』と言うだけで逮捕っておかしいと思ってたんだよ~」
「ぼくもー」
「わたしもー」
すっかりシマッタ王に染まったようである。
でもこんしまちゃんは1つ疑問に思ったのでまっすぐ右手を挙げた。
「すみません、シマッタさま……いいですか……」
「なんでも言ってみろ、駅長帽子の娘」
挙手したこんしまちゃんに気づき、シマッタ王が静かに返す。
こんしまちゃんは数歩だけ進み出た。
「具体的に……どうやって『しまった』を取り戻すんですか……」
「素晴らしい質問だ。答えは当然、血で血を洗う争いを――」
シマッタ王は威厳たっぷりに答える。
「絶対やらずに取り返す。『しまったの行進』によってな」
* *
その日から、こんしまちゃんたちの「しまったの行進」が始まった。
しまったの行進とは、「しまった」と書かれたプラカードをかかげながらみんなで道を歩くことである。
シマッタ王みずからが行進の最前列に立ち、プラカードを持つ。灰色のビルの並んだ町を練り歩く。
ただし近隣住民や通行人に迷惑をかけないためにも行進は無言でおこなう。1つの行進に参加できる人数も絞り、広がって歩かないよう気をつける。
そして黒い上下を着た者たちがホイッスルを鳴らし、「しまったの行進」を注意する。
こんしまちゃんにこの星の事情を説明してくれた例の女が再び現れ、シマッタ王たちをにらみつける。
「きさまら……こんなことが許されていいと思っているのか。白昼堂々『ちまった』をかかげるとは破廉恥な……ッ」
「法律的に問題はない」
ラバースーツ姿のシマッタ王が自信満々に胸をそらす。
「逮捕されるのは『ちまった』と口に出した者だけだろう? 『ちまった』という言葉を文字にすること自体は禁止されていない」
「ぬ……ッ! ちまった」
女が歯がみする。
「だがチマッタとその仲間たち。きさまらが牢屋から逃亡したりそのほう助をしたりしたのは事実。ゆえに逮捕する理由は充分なのだ」
「ちまった……!」
そんなわけで、クモの子を散らすようにシマッタ王とこんしまちゃんたちが逃げる。
結果こんしまちゃんはまた投獄された。そして再び壁が爆発し、シマッタ王に救い出された。
こんしまちゃんだけでなく、ほかのみんなも再救出され……もう1度「しまったの行進」が決行された。
何度も何度も入獄と脱獄をくりかえした。
そのうち「しまったの行進」に参加する者たちも増えてきた。
最初から「しまった」と口にしておらず脱獄もしていない人たちを逮捕することは民主派のみなさんにも不可能だったので、次第に「しまったの行進」の規模は膨れ上がっていった。
ついには星の半数近い人々があちこちで「しまったの行進」をおこなうようになった。とくに南半球でその運動が活発化した。
どうやらみんなも「しまった」が制限された世界を窮屈に感じていたようだ。
とうとう民主派も「しまったの行進」を抑えられなくなった。
そこで民主派の代表らとシマッタ王とのあいだに会談が設けられ、双方の妥協点を探る流れとなった。
灰色の円卓のある議事堂で会談はおこなわれた。
民主派としては「しまった」は絶対に許せない。
一方、シマッタ王の側に属する者は基本的しまった権の尊重を望んでいる。
「ふむ……『ちまった』と言う権利も大事だが、同時に人間には『ちまった』と聞かないで済む権利も保障されるべきかもしれんな。では、こうしよう」
シマッタ王が会談の席で提案した。
「この星を2つのエリアに分けるのだ。民主派の多い北半球では『ちまった』と言った者を逮捕するという法律を継続させればいい。ただしわたしの名と同じ音を堂々と口にしたいと思う人が多い南半球では『ちまった』と口にするのをみとめる――これが最善と思う。もちろん各自の引っ越し費用についてはわたしたちお偉いさんが負担する」
「むむ……実質上の分割統治か。それしかないようだな」
民主派の代表らはしぶしぶシマッタ王の提案をのんだ。
シマッタ王はラバースーツのまま笑顔を作る。
「とはいえ、これはみんなの分断ではなく……みんながそれぞれのエリアで幸せに暮らせるように計らった政策だ。『ちまった』以外の法律はそれぞれのエリアで同様に適用されるし、2つのエリアは以前と同じように自由に行き来できるものとする。わたしは南半球からそういったことを監視する」
* *
まあ、こんな経緯でシマッタ王は南半球で権力の座に返り咲くこととなった。
会談の席から帰ったシマッタ王は紺色の玉座に腰かけた。
ラバースーツの上に、銀色でモフモフの外套を羽織る。
シマッタ王が君臨した南半球の町では人々が「しまったー!」という歓声を上げた。基本的しまった権がみとめられたことを祝って、「しまった」という言葉であいさつするようにもなった。
そんなめでたいムードのなかで、シマッタ王がこんしまちゃんを玉座の間に呼び出した。
「駅長帽子の娘。あなたもご苦労だった」
「は……!」
こんしまちゃんはひざをつき、シマッタ王に頭を下げた。
シマッタ王は玉座から立ち上がり、腕を組む。
「あなたには『しまったの行進』の最古参の1人として褒美をとらせる。なにを望む」
「ではおそれながら……」
上目づかいでこんしまちゃんは視線を上げる。
「職をいただきたく存じます」
「希望は?」
「駅長への再就職です」
「それはちょうどいい。この星は2つのエリアに分かれたため、別の星と接続する電車のステーションをもう1つ設けたいと思ってたのだ。観光客が『しまった』を望むか望まないかでおりるステーションを選べるようにな。費用についても……まあわたしがなんとかしよう。そんなに予算があるわけじゃないが、1つのステーションくらいは建設できるさ」
ついでシマッタ王が堂々と宣言する。
「では第48代目ヤラカシター家当主シマッタ・ヤラカシター王として命ずる! あなたこそが新たなステーションの駅長になるのだ!」
「ありがたき幸せ……」
こんしまちゃんは深々と頭を下げて感謝の意を示した。
* *
それから間もなくして、簡易的なものではあるが新しいステーションが南極の上空にできあがった。
南極といっても寒くはない。
白い長方形のホームに立ち、こんしまちゃんは自分の格好を確かめた。
厚手の紺色の制服を身にまとい、白い手袋をはめている。
紺色の革靴と駅長の帽子も装備している。
クラウン部分を伸び縮みさせ、帽子が低い声を出す。
「よかったですね~、これでこんしまちゃんの役目――再就職は完了ですよ!」
「最初は投獄されて役目を果たせるか不安だったけど……ホントになんとかなっちゃった……でも前の世界の墓かぶりの王といい……最初に転生した魔王といい……王様ってどこの世界でもすごいんだね……さてと」
こんしまちゃんはホームの先の、風がビュウビュウ吹き荒れている空間を見る。
向かって左から、ライトをつけた緑色の電車が飛んできてホーム前に停止した。
1両編成の電車の扉1つが左右にひらき、なかから赤いトレンチコートを着た男の子が姿を見せた。
ホームにおりて、こんしまちゃんに近づく。
「駅長さん! この駅に初めてやってきたお客さんはオレですよね!」
「そうですよ」
こんしまちゃんはひざを曲げ、男の子と目を合わせた。
保護者はいないけれど、この世界では子どもの1人旅も普通なのかもしれない。
ともあれ男の子は興奮したように質問を重ねる。
「で、このステーションの名前はなんなんです!」
「名前……?」
ステーションの命名権は駅長にある。
こんしまちゃんは考えて、男の子にささやいた。
「シマッタステーションかな……」
「え……だっせー!」
男の子が手をたたいて笑う。
対するこんしまちゃんがほほえみを返す。
「それはしまったね……でもわたしはこの名前がいいんだ……」
「オレもそういうダサさ、嫌いじゃないですよ!」
ステーションを離れる電車にちらりと目をやって、赤いトレンチコートの男の子が小声を出す。
「だからオレ、ここにおりてしまったんだと思います」
「そう……ところで」
こんしまちゃんが帽子を整え、言う。
「しまった」
「なんです、それ」
「ここのあいさつ……」
「おもしろいですね! しまった!」
その男の子は、元気よくあいさつを返してくれた。
* *
☆今週のしまったポイント:6ポイント(合計69ポイント)
次回「ヘイトシグナル」に続く?




