墓かぶりの王
今のこんしまちゃんは「つよつよ主人公」に転生している。
いつものナビゲーターはいないし自分の役目も分からないけれど、最強ならなんとかなるだろう。
大きな岩が転がる色あせた紫の大地にこんしまちゃんは立つ。
はだしである。破れた灰色の布を身につけている。
* *
こんしまちゃんは大地を進み、湖を見つけた。
水面は鏡のようであり、こんしまちゃんの顔をくっきりと映し出した。
「やっぱり……」
湖面には帽子をかぶったこんしまちゃんが映写されている。
帽子は銀色の十字の墓石と一体となっており、外すことはできない。
もしこの世界でこんしまちゃんが力つきれば、自分のかぶったお墓に押しつぶされて地面にうずまることになる。
* *
こんしまちゃんは湖から離れ、不毛の大地をさらに歩いていく。
体感で50分ほど進んだところで前方に銀色の林のようなものが見えた。
いや、林じゃない。それらはすべて十字のかたちのお墓である。
「ここ……墓地なのかな……」
お墓のあいだを縫うように進むこんしまちゃん。
よく見ると墓石の向きはバラバラだし、それぞれのお墓の配置も極端に近かったり離れていたりしてメチャクチャである。
ここで、目の前の十字のお墓が急に浮き上がった。
正確には、その場にうずくまっていた白髪のおじいさんがこんしまちゃんに気づくと同時に立ち上がったのだ。
「おお、わしと同じグレイブ・キャップじゃ」
なお、おじいさんも……灰色の破れた上下にはだしという格好である。
「生き残りじゃ!」
「わああ……っ」
こんしまちゃんは面食らってしまった。
そしておじいさんが立ちくらみを起こしてよろめいたので、その体をささえる。
「だいじょうぶですか……」
「助かったよ、ありがとさんじゃ」
おじいさんはにっこり笑ってお礼を言った。
「それにしても、おまえさんはよく無事じゃったな。わしはこうして埋葬されたみんなのあいだに隠れて事なきを得ていたわけじゃが」
「いえ……それが」
こんしまちゃんは、興奮した様子のおじいさんからそっと手を離す。
「わたしには分からないことが多くて……いったいなにがあったんです……」
「なんと。こたびのことを知らんかったんか。では説明してあげよう」
そう言っておじいさんは「どっこいしょ~」と言って地面に腰を下ろし、あぐらをかいた。
こんしまちゃんはひざを曲げ、正座になっておじいさんと向かい合った。
「ここに来る前にわたし……灰色の直方体の墓石をかぶった女の子に襲われました……撃退しましたけど……お父さんにはなにか心当たりがありますか……」
「あるぞい。だが」
おじいさんは自分の白髪をくしけずって苦笑した。
「わしはお父さんじゃない。おじいさんじゃ」
「しまった。……すみません」
初対面の人を「おじいさん」って呼んだら失礼かなと思ってこんしまちゃんは「お父さん」と呼んだのだがどうやら裏目に出てしまったようだ。
でもおじいさんは慌てて両手を振る。
「あ、すまん。責めるつもりはなかったんじゃ。ただわしの妻は子どもを産む前にお墓の下にうまってしもうたんじゃ。それでわしはお父さんになれんかったのよ」
「そんな事情があったんですか……」
目をパチクリさせるこんしまちゃん。
おじいさんは右手で自分の帽子のお墓をたたき、乾いた音を鳴らす。
「で、こたび起こったことについての説明じゃが。実はのう、最近またグレイブ・キャップ陣営とグレイブ・ハット陣営で殺し合いが始まったんじゃ。わしやおまえさんのような十字型のお墓をかぶった者たちがグレイブ・キャップ側で、直方体の墓石を帽子として載っけているヤツらがグレイブ・ハット側よ」
「……なんとなく状況が分かってきました」
周囲をうめつくす十字型のお墓の林を見回し、こんしまちゃんがうつむく。
「ここに立つたくさんのお墓は……キャップ側のみんながハット側の人たちにやられて築かれたものなんですね……」
「さよう」
おじいさんが悔しそうに左右のこぶしに力を込める。
「グレイブ・ハットの連中はわしらグレイブ・キャップの者たちを圧倒し、全滅させる勢いじゃ」
「あの……」
ボトムスの布をいじりながらこんしまちゃんが聞く。
「どうしてキャップ側とハット側の人たちは殺し合いを始めたんです……」
「なんとなくじゃ!」
腕を組み、おじいさんは薄紫の天をあおいだ。
「別に殺し合いをするのに理由は要らんじゃろうが。そもそもわしらはいつ死んでもいいようにお墓をかぶっとるんじゃから」
「それなら殺し合いをやめるのにも理由は要りませんよね……」
こんしまちゃんは立ち上がり、歩きだした。
「わたしが争いをとめます……グレイブ・ハットのみなさんはどこにいるんです……」
「案内してもいいが」
おじいさんも静かに腰を上げる。こんしまちゃんの後ろについてくる。
「おまえさんが行ったところで返り討ちに遭うだけではないか?」
「問題ありません……」
お墓の林から抜け、こんしまちゃんが右腕をグッとかかげる。
「今のわたしは『つよつよ主人公』なんです……」
* *
グレイブ・ハットのアジトは大地にあいた大きなくぼみのなかにあった。
案内してくれたおじいさんと共にこんしまちゃんはハット側のみなさんに取り囲まれ、リーダーとおぼしき男の前に連れて行かれた。
ハット側のリーダーは、背もたれとひじ置きのついたイスに座っていた。
紫の岩を削って玉座にしているようだ。
男の年齢は18くらいだろうか。紫色の髪の毛はちぢれている。
服装はほかのみんなと同じ。破れた灰色の布をまとっているし、はだしだ。
直方体の灰色の墓石も帽子にしてバッチリかぶっている。
「ジジイに、女。なぜオレがキサマらを墓下にうずめなかったか分かるか」
玉座にふんぞり返って、男がこんしまちゃんたちにあごを向ける。
こんしまちゃんが首をかしげる。
「あなたが優しいからですか……?」
「ちげえわ」
一瞬だけフランクな口調になって、男がせき払いする。
「キサマらをオレの前に連れて来させたのは、グレイブ・キャップ側の生き残りの居場所をはかせるためだ。そしてキャップ側の連中を全滅させ、このオレ――アルベス・ウォーグレイブが王としてグレイブ・ハット陣営の勝利を宣言するという筋書きさ」
「ひ……ひええ」
おじいさんがすくみ上がり、ひざをついた。
それを見て玉座の男――アルベスが高笑いする。
こんしまちゃんとおじいさんを囲むアルベスの部下たちもニコニコしている。
「へへ、安心しな……お父さん。別に拷問とかはやんねえからよ」
「まことか。だがわしはお父さんじゃないぞ」
その場で四つん這いになり、おじいさんが子ジカのように手足を震わせる。
一方アルベスは左右のひじ置きに両ひじを載せ、前傾姿勢でほおづえをついた。
「仲間の居場所を素直に話してくれればキサマらの墓石をまっすぐ垂直に立てて埋葬してやる。しかしだんまりを続けたりウソを教えたりした場合は……このオレがじきじきにキサマらの墓石を斜めにおっ立ててやろうじゃないか」
「な、なんて残酷なことを考えるんじゃ……それでは十字型のお墓がバッテン印になるではないか!」
青ざめたおじいさんがバランスを崩し、右に向かって体を横転させる。
対するアルベスはまた高笑いを響かせた。
「はははは! なにせオレは王だからな! 凡百の者たちとはここの出来が違うのだよ!」
右手を持ち上げ、自身のかぶる墓石をトントンつつく。
そして横転したおじいさんを――。
――こんしまちゃんが右からそっとだきかかえた。
「だいじょうぶですか……」
「ありがとさんじゃ」
なんとか自力で直立しながらおじいさんが笑う。
「しかしこのやりとり、ちょいとデジャブを感じるのう」
「しまった……でもあなたが助かったのならいいんです……」
こんしまちゃんも小さく笑い返した。
ここでアルベスが高笑いをやめ、右目をピクピクさせる。
「おい、女。キサマは墓石を斜めに立てられることが怖くないのか」
「怖いです……」
キッとしてこんしまちゃんがアルベスを見つめる。
「だけどみんなが殺し合いをするほうが……もっと嫌……」
「倫理の狂った女だな」
アルベスは右足首を左ひざの上に置いて冷たい視線を送る。
「死ぬことも殺されることも、常にオレたちの頭上にある。キサマやオレがかぶるお墓こそがその証明。殺し合いを否定することはオレたち墓かぶりの生命を侮辱する行為にほかならない。だからこそオレたちは定期的に『なんとなく』殺し合いをおっぱじめるわけだ。その『なんとなく』の根底には墓かぶりの誇りと本能が眠っている」
「……そうですか」
こんしまちゃんは少し顔を和らげ、頭を下げた。
よく考えればこんしまちゃん自身もすでに一人を墓の下に沈めている。最初から偉そうにお説教できる立場じゃないのだ。
「知ったふうなことを言ってすみませんでした……」
「ふん」
左目を閉じ、アルベスが呆れた表情を作る。
「分かったのなら許してやるさ。オレは器のデカい王だからな」
「ありがとうございます……それはそうと」
頭を上げ、こんしまちゃんがアルベスと再び目を合わせた。
「わたしと勝負をしましょうか……わたしが勝ったら」
「争いをやめろと要求するのか?」
「いいえ……」
彼の質問に対してかぶりを振るこんしまちゃん。
「たとえ劣勢だとしても殺し合いに参加している時点でわたしたちキャップ側にも責任はあります……優勢にあるという状況だけを見てハット側へと一方的に要求したりするのは違うと思います……だからわたしが勝った場合はアルベスさまがキャップとハットをまとめる墓かぶりの王になってください……そのうえで殺し合いをもっと思いっきりやるよう指示してほしいんです……」
「殺し合いをもっと思いっきり……? 女、具体的な方法を言え」
アルベスが身を乗り出す。
こんしまちゃんはうやうやしく答える。
「……『殺しをしてはならない』という項目を殺し合いのルールに加えればいいんです……」
ゆっくり言葉を続けていく。
「考えてみてください……殺されればもう人は殺し合いに参加できなくなります……それは、もったいなくないですか……? 墓かぶりとして産まれたからには、もっと死や殺しと隣り合わせでいたいですよね……だから殺しを禁止するんです……それなら殺し合いをみんなでずっと楽しむことができます……」
「おお……っ。それは素晴らしい!」
アルベスの部下たちやおじいさんが歓声を上げた。
でもアルベス自身はしぶい顔で指摘する。
「詭弁だな。王たるオレはだまされんぞ。それでは殺し合いにならないだろうが」
「なります……」
こんしまちゃんが食い下がる。
「なぜならわたしたちは、お墓をかぶっているから……」
自分の頭の十字を右手でなでる。
「もしわたしたちが墓かぶりでなければ……殺しをともなわない殺し合いはわたしたちから死と殺しを忘れさせ……わたしたちの存在意義を破壊したでしょう……しかし、常にお墓をかぶっているのであれば……たとえ殺しのない殺し合いの渦中にあってもわたしたちは絶対に死と殺しを忘れない……なぜなら自分のお墓の重みを……生きているあいだずっと感じているから……」
言葉が自然に出てくる。
こんしまちゃんというよりも、こんしまちゃんの転生先の魂が言葉を発しているような感覚だった。
「頭上のお墓と共にある限りわたしたちは……死ぬことも殺されることも……絶対に忘れません……それを証明し続けるためにも……わたしたちは生きなくてはならないし殺してもいけないんです……死と殺しを否定するためではなく……死と殺しを肯定するために生きる・生かす……それこそが真の墓かぶりの誇りになるのではないでしょうか……」
「なるほどな」
みなが見守るなか、アルベスがうなずいた。
「オレは偉大な王だからな、キサマの意見もきちんと聞くさ。いいだろう、女。キサマが勝ったらオレが墓かぶりを統括する王となり、グレイブ・キャップもグレイブ・ハットも等しく『殺しのない殺し合い』に導いてやる」
「提案を受け入れてくださるんですね……」
「勘違いするな。キサマの意見を聞きはしたが、決めたのは王たるオレ――アルベス・ウォーグレイブ自身だ。他人の提案に従ったのでもなく説得されたのでもなく、それを参考にしたオレがオレ自身の意思によって責任をもって実行するのだ。当然ながらこれがうまくいってもキサマの手柄にはならんからな」
そしてちぢれた紫の髪をゆらし、玉座から立ち上がる。
「だがキサマが勝負に負けたら、どうする」
「それはありえません……」
こんしまちゃんは、アルベスに半歩近づいてほほえんだ。
「今のわたしは『つよつよ』ですから……」
「はは! いいハッタリをかます女だ」
ついでアルベスは右のこぶしを構えた。
「ならオレは勝負を受けんさ。キサマが負けたときの代償を提示できない以上、勝負に乗るメリットはないからな。だからオレはキサマを無視し、勝手に『殺しのない殺し合い』を実現する!」
そう言って、こぶしを地面に撃ち込む。
「なによりこの政策については……もし失敗しても損害はないし、またやりなおせば済む話だ」
アルベスのこぶしが地面を震動させる。
直後、こんしまちゃんたちのまわりの空に十字や直方体の墓石が舞い上がった。
十字のほうが圧倒的に多い。
お墓の林があった方向からも、多くの十字型の墓石が飛び上がったようだ。
「驚いたか、みなの者。直近の百年間で寿命を迎えず墓石の下に沈められた者たちをオレが復活させてやったのさ」
右腕を回しつつ、アルベスが口角を上げる。
「みんなと殺しのない殺し合いを楽しみたいからな。オレは王。このくらいのこと、どうということもない! はははは!」
宙を飛ぶそれぞれの墓石の下に、人がくっついている。
遠くから直方体の墓石が飛んできて、こんしまちゃんたちのそばに着地した。
「なんか分からんが生き返ったぞ!」
飛んできたのは、こんしまちゃんと同じくらいの背丈の少女だった。
彼女は、こんしまちゃんがうっかりお墓の下に沈めてしまった少女だった。
その少女が指をポキポキ鳴らしながらこんしまちゃんをにらむ。
「あっ、キャップ側のヤバいヤツ! 今度こそみずからの墓標につぶされろッ!」
「待て待て」
ここでアルベスが二人のあいだに入る。
「おおいに殺し合え。だが殺すな、生きろ」
このアルベスの言葉は、とても大きく響いた。
地平線の向こうにも届くほどの音量だった。遠くの者にも自分の言葉を伝えているのだろう。
「殺したらもう殺せなくなるだろう? 死んだらもう死ねなくなるだろう? だからなるだけ生きて、殺しと死を頭上の墓と共に思い続けるのだ。これは殺しと死を恐怖することではない。否定することでもない。いずれ直面する死を、生への最大の報酬として自他が育てていくことにほかならない。そうして熟成させた死によって一人をみんなが見取るとき、それが新たな『殺しなき殺人』のかたちとなるのだ」
「あ、なるほどな! なんか難しいけど、アルベスさま、すごーい!」
少女はアルベスを慕っているようで、うれしそうに両手をパチパチ鳴らした。
アルベスは再び玉座に腰を下ろし、大きく口をあけて笑った。
「はははは! キサマら、これからはオレがみなの王だ! キャップ側もハット側も口答えは許さん! なにせ王は偉いのだからな! ははは!」
それに呼応し、アルベスの部下たちがニコニコして拍手する。
さらに……こんしまちゃんの近くに一人の女性が新たに着地した。
十字のお墓の帽子をかぶっている。
女性のお腹は大きい。まわりにアルベスの部下たちがいるのに気づいておびえていたが、そんな彼女におじいさんが駆け寄る。
「だいじょうぶじゃよ、今はもう殺されることはない。アルベスさまが殺しのない殺し合いのために、みんなを復活させてくださったのじゃ。そしてメイ……また会えて、うれしいぞい」
それからおじいさんがうつむく。
「しかしわしは、すっかりジジイになってしまった」
「なに言ってるの、シュライク」
おびえるのをやめた女性がお腹をちょっとさする。
「あなたはおじいさんじゃないわ、お父さんよ。だって、まだこの子は生きているから……時のとまったお墓の下で……ずっとお父さんと会うのを楽しみにしていたの……」
「そうか、わしはお父さんか……よかったよかった……」
おじいさんは破顔し、涙をぬぐった。
「きっと立派なお墓をかぶって産まれてくるに違いない」
「よかったな、お父さん!」
アルベスの部下たちもうれしそうに手をたたいた。
おじいさんはみんなにお礼を言って、あたりを見回した。
「あれ……あの子はどこに行ったんじゃ……あらためて『ありがとさんじゃ』と伝えたかったのに……」
* *
つよつよ主人公であるこんしまちゃんは、瞬時にその場を離れて鏡面のような湖に引き返していた。
これ以上自分が出しゃばるのは……なんか違うと思ったからである。
十字のお墓をかぶった自分の顔が湖面に映る。
ここで、その湖に映ったこんしまちゃんの口が勝手にあいた。
「この世界での役目を果たしましたね、こんしまちゃん」
「ナビゲーターさん……」
こんしまちゃんが湖面の自分の顔を見る。
「なんで今回は現れなかったの……」
「いやあ~、ワタシがいなくてもこんしまちゃんがどこまでやれるかちょっと試しただけですよ~」
湖面の顔がケタケタ笑う。
「で、今回の異世界でのあなたの役目は争いをなくすことでした」
でも湖に映った顔はちょっと眉根を寄せる。
「しかし予想外でしたね」
「なにが……?」
「あなた、今回はつよつよ主人公だったんですよ。だったらこの世界の人間を全滅させて争いをとめたり……みんなを力で屈服させて王として君臨するという手もあったじゃないですか。それなのに話し合いで解決するなんて、強キャラ主人公という設定を生かしていないにもほどがあります」
「そんなことないよ……つよつよ主人公であるからこそ、余裕をもって話し合いができただけ……」
「むむっ!」
ひたいに右手を当て、湖面の顔がうなる。
「そこは『しまった……もっとつよつよ主人公の特性を生かせばよかった』って言うところじゃないですかー」
「言わないよ……今、わたしは後悔していないから……」
こんしまちゃんが湖をツンツンし、波紋を作る。
映った顔のみならず、かぶっているお墓の帽子も波紋によって少しゆがんだ。
「それに、見て……いくら『つよつよ主人公』って言ったって……」
ナビゲーターとこんしまちゃんは、互いに笑顔を向け合った。
「その頭には……ずっとお墓があるんだよ……ここに生きている、ほかのみんなと同じだね……」
* *
☆今週のしまったポイント:2ポイント(合計56ポイント)
次回「厳しい法律」に続く?




