臍帯者と魔女
現在こんしまちゃんは50センチのへその緒をおへそから延ばしている。
その役目は、臍帯者として栄養補給をおこなうこと。
食べたり飲んだりすることはできないが自分のへその緒の先端をほかの人のおへそにあてがうことで栄養を分けてもらうことが可能だ。
* *
ワラでできた村で、親切な女の人とへその緒をつないだこんしまちゃん。
だけどそれだけでは十二分に栄養を補給できなかったようなので、また別の人に声をかける。
「――わたしとへその緒つなぎませんか?」
「かまいませんよ」
ワラの上下をまとった20代後半くらいの女性が快くうなずく。
が、その前にこんしまちゃんの左隣を飛んでいたアユが耳打ちする。
「こんしまちゃん。新しい人とへその緒をつなぐ前にやらないといけないことがあります」
アユの口がカパカパ動いて耳たぶに当たる。
「へその緒の先端をきれいにしましょう。さっきあなたは別の人のへそに自分のへその緒の先端をあてがいましたが、そのまま別の人のへそに先端を差すと感染症のリスクがあります」
「しまった……だったら清潔にしないとね……」
丈の短いノースリーブの青いトップスから、へその緒を引き出すこんしまちゃん。
「でもどこで洗おう……」
「そのためのワタシです!」
アユがこんしまちゃんの耳元から離れ、へその緒の先端を口でつつき始めた。
「ワタシがいろいろ食べてきれいにしてあげますよ~!」
「ドクターフィッシュみたい……」
こんしまちゃんが感心しているあいだもアユは口をカパカパさせ、へその緒の先端を掃除してくれた。ちょっとくすぐったかったけれど、なんか気持ちよくもあった。
そんなわけでこんしまちゃんのへその緒はピカピカのツヤツヤになった。
「アユさん……ありがとう……」
「あの~」
待たされていた女性が遠慮がちに声をかける。
「もうへその緒をつなぐ準備はできましたか」
「しまった……待たせてしまってすみません……」
こんしまちゃんはへその緒の丸っこい先端を右手で持って女性に向けた。
女性はうなずき、ワラのトップスをたくし上げておへそを見せた。
そこにへその緒の先端をあてがうこんしまちゃん。
相手のおへそのへこんだ部分にしっかり先端を差し込むことができたので、今度はスムーズに栄養を分けてもらえた。
50センチのへその緒が振動し、全体で「のどごし」を感じる。「おいしい」という感覚も生じる。
ぽかぽかする快さが腹部から体の末端へと届く。空腹感がやわらいでいく。
ただしへその緒を介して摂取するときの「味」は、おへそを貸してくれる相手によって微妙に異なってくるらしい。
このワラの村に来て最初にへその緒をつないだ女性は、のどの内側を引っかくような心地よさをこんしまちゃんに提供してくれた。
一方、現在こんしまちゃんがへその緒をつないでいる女性が与えてくれる感覚は、ドロリとしている。
流動的なヨーグルトのような「味」である。
確かにおいしいのだが、へその緒をつなぐ人によって栄養の味が違ってくることにこんしまちゃんはびっくりしていた。
そしてへその緒の振動が弱まってから、こんしまちゃんは自分のへその緒を女性のへそからきゅぽん! と抜いた。
「栄養を分けてくださり、ありがとうございます……」
「いえいえ、臍帯者のかたが来てくれて助かりました」
妙なことに、その女性はちょっとうれしそうである。
トップスにへその緒を引き入れながら、こんしまちゃんがそのわけをたずねる。
女性は恥ずかしそうに答えた。
「実は、さっきごはんを食べすぎてしまったんです」
右手で自分の二の腕をむにっとつまむ。
「だから余計な栄養を手放したかったんですよ。わたしはすでにこの村の臍帯者の人全員におへそを貸してしまっており、ちょうど栄養を分け与えられない状態でした。ご存じかもしれませんが臍帯者は7日間のインターバルを置かないと同一人物から栄養を摂取できませんからね。そんななか、臍帯者の旅人さんが現れてくれたからとてもありがたかったんです」
「そうだったんですか……」
臍帯者に転生した自分が人の役に立てたような気がして、こんしまちゃんはうれしくなった。
「ひょっとしてこの村には、ほかにも栄養を手放したいかたがいらっしゃるんじゃ……」
「んー……」
女性は申し訳なさそうにかぶりを振る。
「わたしは例外です。基本的にはみんな、生きていくのに必要なぶんの食事しかとりません」
「そうですか……」
こんしまちゃんは困ってしまった。
まだ空腹感は完全には抜けていない。
充分な栄養補給をおこなうには、また別の人にへその緒を突っ込む必要がある。
しかしこれ以上村の人の世話になるのも気が引ける。
だからこんしまちゃんは聞く。
「近くに別の村や町はありますか……」
「徒歩圏内にはないですね」
女性は、村の外に広がる白樺の林のほうに目を向ける。
「ただしダムならありますよ」
* *
こんしまちゃんはワラの村をあとにして、白樺の林を抜けていく。
へその緒の先端はその途中でアユにきれいにしてもらった。
そして宇宙を運ぶ川に戻ってきた。キラキラした星を散りばめた闇が無音で流れている。
係留していた青い笹舟みたいなボートに乗り込む。
白樺の幹からロープを外す。
それから下流に背を向けて腰を下ろし、ボートの左右から両手を出す。
流れる宇宙に手を突っ込んで、後方へと押す。
するとこんしまちゃんの乗るボートが上流の方向へと進んだ。
川の流れは激しくないので、これをくりかえせば遡上できそうだ。
こんしまちゃんは両ひざを立てている。
青いロングスカートにおおわれたその部位にアユが乗っかる。
「いや~。意外でしたね、こんしまちゃん。まさかこの川をさかのぼった先に宇宙ダムがあるなんてね」
「そうだね……村の人はそう言ってたね……」
こんしまちゃんは手を動かしつつ、天上に広がる逆さまの海を見つめる。
「もしかして……前にわたしが転生した宇宙使いの魔女が管理しているダムだったりして……」
「まっさか~」
アユが尾びれをピチピチさせて笑った。
* *
「……そんなことが」
震えた裏声でアユが言った。
川をさかのぼったこんしまちゃんたちの目の前に立ちはだかっていたのは、ダムの灰色の堤体であった。
左岸と右岸に生えていた白樺はすでにない。まわりに生いしげる木々は、どれも焦げ茶色の枝に緑の葉っぱをつけている。
石造りの斜めの堤体から、キラキラした宇宙が少しずつすべり落ちている。
手前の木の幹にロープをつないだこんしまちゃんは、ボートからおりて堤体をあおいだ。
「思いっきり見覚えある……やっぱりわたしが転生した魔女のダムだよ……」
堤体の向かって右側に、くねくね折れ曲がった階段が設けられている。
そこをのぼると堤体の上に移動することができた。
「わあ……」
緑の山で囲まれた入道雲のようなかたちのダムが姿を現す。
星々を散りばめた宇宙が満々とたたえられている。
「やっぱりきれい……」
「おい、あんた」
かん高い声がこんしまちゃんの右隣で響いた。
粗い麻の上下を着た10歳すぎくらいの男の子がこんしまちゃんを見上げていたのだ。
「このダムになんの用だ」
「ちょっと栄養を分けてもらおうと……あ……!」
こんしまちゃんはしゃがみ、男の子をまじまじと見た。
前にこの世界に転生したときに会った男の子に違いない。
「わたしのこと、覚えてる……? 君はわたしのショーを間近で見てくれたよね……」
「はあ? なに言ってんだ、あんた」
眉をひそめ、男の子が口をとがらす。
「おれはあんたなんか知らねえよ」
「え……」
ショックを受けるこんしまちゃん。
ここで、こんしまちゃんの左肩をアユがつつく。
「忘れたんですか。今のあなたは宇宙使いの魔女とは違う人物なんですよ。当然この少年とも初対面ということです」
「しまった……」
「なにコソコソ話してやがんだ……」
男の子が右手をひたいに当ててため息をつく。
そのとき――。
「メーユ、どうしたの」
凜とした声が聞こえてきた。
ダムのそばに灰色の石造りの家があるのだが、そこから女が1人出てきた。
藍色のスカートがなびく。
白いブラウスに、前がひらいた黒いローブを引っかけている。
黒いタイツとフラットシューズをはき、ヤギのツノのような帽子もかぶっている。
しかも右手には大きな縫い針みたいな杖が握られている。
こんしまちゃんは興奮した。
以前に自分が転生した魔女そのものが姿を見せたからである。
魔女は、肩幅ほどもある帽子のつばを左手でさわりつつこんしまちゃんに視線を投げた。
「どなたですか。わたしに用でも?」
「じ、実は……」
こんしまちゃんは堤体の上を歩いて魔女に近づいた。
「わたしは臍帯者なんですが……ご迷惑でなければわたしとへその緒をつないで栄養を分けてもらえないかと……」
「いいですとも」
魔女は涼しい顔であっさり了承した。
ここで、天上の逆さまの海からオレンジ色の光がふってきた。
「夕方になりましたか。ともかく臍帯者さん、わたしの家に上がってください」
「はい……おじゃまします……」
こんしまちゃんは魔女に続いて家に入った。
なおメーユと呼ばれた男の子とアユは追いかけっこをして堤体の上で遊んでいる。
背もたれのない灰色のイスに座りながら、こんしまちゃんは窓の外を見た。
「宇宙使いの魔女さま……あの男の子は……?」
「わたしの助手です。最近雇いました」
魔女も同じかたちのイスに腰を下ろし、両手をひざに置く。
「ともあれ、わたしのおへそに早いとこ突っ込んでくださいな」
ブラウスをたくし上げ、魔女が自分のおへそをさらす。
小さいおへそだ。でも、そのひかえめな曲線がきれいである。
こんしまちゃんはお礼を言いながら、へその緒をトップスから引っ張り出す。
このタイミングで魔女が相好を崩した。
「わたしとへその緒をつなぐにあたって2つ注意点があります」
魔女は丸っこいへその緒の先端を見つめている。
「1つ。わたしの体内における宇宙含有量は常人の1億倍です」
淡々と言う。
「人の体は宇宙をたたえています。宇宙こそが栄養の主成分です。わたしの体には極大の栄養が詰まっています」
「だったら……」
へその緒を右手に持って、こんしまちゃんが返す。
「栄養を分けても干からびないということで、臍帯者たちの引っ張りダコになりそうですね……」
「それが、そうでもないんです」
魔女が杖をゆかに置く。
「確かにわたしはかなりの量の栄養を臍帯者に提供できます。しかし臍帯者がへその緒をわたしのおへそにつないだままだと過剰に宇宙を取り込んで爆発します」
「気をつけます……」
そう言ってこんしまちゃんがへその緒の先端を魔女のおへそに差す。
「あ、ところで……注意点のもう1つは……?」
「すぐ分かりますよ」
魔女が両手で、こんしまちゃんのへその緒をそっとつかむ。
「わたしのおへそ……とっても、とっても深いんです」
へその緒がおへそにあてがわれる。
瞬間、細いへその緒を通じてこんしまちゃんになにかが入り込んできた。
「ひゃああ……」
その味はドロリとしたヨーグルトでもない。のどを引っかくような生易しいものでもない。
闇のような冷たさとキラキラとした星のような温かさが同時にへその緒を襲ったのだ。
50センチのへその緒すべてが内側から宇宙の侵略を受ける。
それだけではない。へその緒をとおって腹部に達した宇宙という名の栄養が、こんしまちゃんの体内の空洞と管を押し広げながら全身を宇宙の色に染め始めた。
こんしまちゃんの中身が無音かつ無重量の状態となった。
味は「おいしい」どころではない。まるで自分が大悟したかのようなヤバい解放感がある。
いつまでも吸っていたいと思った。ここで――。
魔女のおへそに、こんしまちゃんのへその緒がズブズブと入り込んでいく。
こんしまちゃんや魔女が外側から押し入れたわけではない。
まるでへその緒自身が求めるかのようにおへそに吸われていっているのだ。
へその緒がどんどん短くなる。なかに入ったへその緒の外側からも冷たさと温かさが襲ってくる。こんしまちゃんはその力にあらがえず、イスから立ち上がった。
ついにはへその緒が5センチほどになってしまった。
こんしまちゃんの顔が、魔女の顔とぶつかった。
「しまった……どうすれば……」
さらにへその緒は魔女のおへそに吸収され、こんしまちゃんのお腹と魔女のお腹がぴったりくっつく。
しかも、まだへその緒はとまらない。
このままではこんしまちゃんそのものが魔女のおへそに吸収されてしまう。
こんしまちゃんの瞳から、宇宙の涙が生まれた。
それを見た宇宙使いの魔女が冷静に言った。
「ここまでですね」
ついでこんしまちゃんのおへその根もとに両手を添え、自分のおへそからこんしまちゃんのへその緒をズルズルと引っ張り出した。
一瞬でこんしまちゃんのお腹は魔女のお腹から分離した。
へその緒が完全に抜かれたあと、こんしまちゃんはふらつきながら再びイスに座った。
「あ、ありがとうございます……魔女さま……」
「どういたしまして。臍帯者さんの体もパンクしたりしなくてよかったです」
魔女は杖を拾い上げ、その縫い針のような先端でこんしまちゃんのへその緒をなでた。
すると、へその緒を濡らすうっすらとした宇宙がたちまちのうちにはじけ飛んだ。
「充分な栄養補給ができたでしょう?」
「はい……そうみたいです……」
こんしまちゃんのお腹も全身もぽかぽかしている。
さわやかな気分でもあり、空腹感は完全に消えている。
「さすが宇宙使いの魔女さまです……味も格別です……」
「わたし自身も1つの宇宙ダムですからね」
魔女はほほえむ。
「しかし宇宙を分け与えるのも快いものです。わたしだけの宇宙をだれかとシェアできるというのは最高です。宇宙がシュワッと抜けていって全身に脱力感が走るのも含めて……『献宇宙』のような感覚があります」
献宇宙とは、献血みたいなものだろうか。
こんしまちゃんも微笑する。
「みんなに分け与えるところも、まるでダムみたいですね……」
「そうです。ダムは素晴らしいです」
杖を振りつつ魔女が言う。
「そして、その恵みを受け取るあなたもまた素晴らしいんですよ。でないと、ダムもわたしも無意味になっちゃいますからね」
* *
☆今週のしまったポイント:4ポイント(合計56ポイント)
次回「グレイブ・キャップ」に続く?




