わたしとへその緒つなぎませんか?
バロメッツの世界で役目を果たしたこんしまちゃんはまた新たな世界に転生することに成功した。
あお向けの状態でこんしまちゃんは目覚めた。
青色の笹舟みたいな小さなボートに乗っている。
逆さまの青い海が上空に広がっている。白い波が穏やかにゆれているのが分かる。
上半身を起こしてボートのまわりを確認すると、キラキラした星をたたえた闇が川のように流れていた。
ボートはその闇――宇宙に浮いている。
川の流れは激しくない。少しずつ動く下流のほうを見ながら、こんしまちゃんはまばたきした。
宇宙を運ぶ川の右岸と左岸には白樺に似た木がいくつも生えている。
(川が宇宙をたたえているってことは……)
こんしまちゃんは深呼吸して今の自分の状況を把握する。
(ここは『宇宙ダム』のある世界……。前にわたし、この世界で宇宙使いの魔女になったっけ。それにしても、今まで転生した世界にもう1度転生するのは初めてだね……)
ついで自分の格好を注意深く観察した。
(だけど今回は魔女っぽくない……)
現在のこんしまちゃんは20歳くらいに見える。
ボートと同じ青色のロングスカートが黒い靴を隠している。
トップスも青い。ノースリーブで丈が少し短いものだ。
(これ……おへそ見えちゃってるし……あれ)
こんしまちゃんのおへそに、肌と同じ色の細長いものがくっついている。
長さは50センチだろうか。さわると、耳たぶみたいな弾力が感じられる。
(おへそについてる、これはなに……? バロメッツの世界では茎とおへそが連結していたけれど……それとも違うような……)
疑問に思いつつ、こんしまちゃんはおへその細長いものを引っ張ろうとした。
この瞬間、裏声のような声が響く。
「ダメです! それを取ったらいけません!」
宇宙を運ぶ川がしぶきを上げた。
星を散りばめたキラキラした闇のなかから、アユに似た魚が飛び出したのだ。
アユの尾びれがこんしまちゃんの右手をぺしぺしたたく。
こんしまちゃんが手をとめる。
「わああ……っ」
「今回あなたは魔女ではなく『臍帯者』に転生しました!」
空中を泳ぎながらアユが言った。
こんしまちゃんは首をかしげる。
「妻帯者……? それってわたしに妻がいるってこと……?」
「違います」
「しまった」
「……『臍帯』とは、へその緒のことですよ。そしてこの世界における臍帯者とは、産まれたあともへその緒をつなげたままにしている人のことですね~。まあ胎児のときのへその緒と比べると色やかたちは微妙に違いますけれど」
「え、これ……へその緒なの……」
こんしまちゃんが、自分のへそから延びる細長いものをツンツンつつく。
神経もあるようで、さわられている感覚がへその緒を通してしっかりと伝わってくる。
「でも、おかしくない……? 確かへその緒は産まれたあとに切断するんじゃないの……」
「まあ普通はそうです」
アユが宙をくるくると回る。
「しかしこの世界では、へその緒を切り落とせない人間もまれに産まれるんですわ~。その個体はほかの大多数の人とは違って口から食べ物や飲み物を摂取することができないんです。呼吸は可能ですけどね」
「それが今のわたしってこと……?」
こんしまちゃんの顔が青ざめる。
「食べることも飲むこともできないなら生きていけないよ……」
「いえ、別の方法で栄養を摂取することは可能です」
宙を泳ぎ回るのをやめ、アユは口をかぱかぱ動かす。
「そのへその緒の先端を別のだれかのへそにつなげばいいんですよ」
「え……」
「胎児がへその緒を介して親から栄養をもらうのと同じです。臍帯者であるあなたのへその緒は特殊で、その先端を臍帯者以外のへそに直接あてがうことで相手から栄養を分けてもらうことができるんです。ちなみに臍帯者のへその緒は産まれたあとも死ぬまで劣化しませんので、その機能に支障が出ることはありません」
「しまった……」
こんしまちゃんが自分のへその緒を両手で持ち上げる。
「わたし、そんな大事なものを雑に引っ張ろうとしてたんだ……アユさん、とめてくれてありがとう……」
「いえいえ。ともあれ今回の世界におけるこんしまちゃんの役目は――」
アユの正面顔がこんしまちゃんにずいっ! と近づく。
「栄養補給です」
* *
アユによると、今のこんしまちゃんは栄養不足におちいっているらしい。
だから自分のへその緒を臍帯者以外のだれかのへそにつないで栄養を補給する必要があるとのことだ。
やるべきことを確認したこんしまちゃんは、右岸の白樺の幹の1つにボートを係留した。
ボートの内側にまるでへその緒のようなロープが取り付けられていたので、それを利用したのだ。
地上に立ったこんしまちゃんは、宇宙の川を離れて木々のあいだを抜けていく。
ナビゲーターのアユも、こんしまちゃんの左隣に浮いた状態でついてくる。
とはいえ50センチのへその緒をおへそにぶら下げたままだと歩きにくい。
そのへその緒に神経はあるけれど、手足のように自由に動かせるわけじゃないので腰に巻きつけることもできない。
そこでこんしまちゃんは、丈の短い青いトップスのなかにへその緒の大部分を入れ込んでおいた。トップスのすその部分はゆるめのゴムっぽいものでできていたので、へその緒が圧迫されることも落ちてくることもなかった。
* *
白樺の林を抜けたあと、村に着いた。
村の家は、すべてワラで作られていた。
住民のみんなもワラでできた上下を身にまとっている。
若い男性の1人がこんしまちゃんに気づき、笑顔で話しかけてきた。
「旅のかたですか。なにかお困りでしたら、遠慮なく言ってください」
「あ、ありがとうございます……でも間に合っていますので……」
こんしまちゃんはぺこりと頭を下げてその好青年から離れた。
アユが小声でささやく。
「どうしてあの人に『へその緒をつなごう』と言わなかったんです。親切そうなかたでしたし、頼んだら喜んでおへそを貸してくれたと思いますよ」
「い、異性の人は……ハードル高すぎるから……気持ち的に……」
というわけで、こんしまちゃんは同性の村人を探す。
子どもやご年配のかたや妊娠している人や元気のなさそうな人や仕事中の人から栄養を分けてもらうのは気が引けるので、それ以外の人を探し求める。
そしてこんしまちゃんは、村の中央にある井戸の近くで、20歳とおぼしき女の人が切り株に座っているのを見つけた。
こんしまちゃんはおずおずと声をかける。
「あ、あの……すみません……その」
いざ言おうとすると、とても恥ずかしいような気がした。
(背中にコブのある世界で自分のコブがニセモノであるとカミングアウトしようとしていたときとは別の恥ずかしさだよ……)
言葉に詰まるこんしまちゃん。
対する女の人はにっこり笑って、こんしまちゃんのへその緒の根もとを見た。その部分はトップスに隠れていない。
「どうしたんです、旅のかた」
「わ……」
こんしまちゃんは意を決し、ひと息に言った。
「わたしとへその緒つなぎませんか?」
しかし直後、赤らめた顔を両手でおおった。
「しまった……ホントに言っちゃった。いきなり頼まれても困りますよね……」
「だいじょうぶです」
女の人は笑顔のまま切り株から立ち上がった。
「臍帯者のかたですよね? うちの村にも何人かいますよ。遠慮せず、わたしのおへそを使ってください」
「ありがとうございます……でもわたしにお金はありません……」
事実、こんしまちゃんは無一文であった。
だけど相手の女の人は「いいんですよ」と優しく返した。
「確かに、普通なら対価をいただくところです。でも困っているあなたに要求することなんてできませんよ」
女の人は切り株から離れ、井戸に近づいた。
その井戸に立てかけてある柄杓っぽいものを右手で握り、井戸に差し入れる。
そして柄杓を引き戻す。
その器には、キラキラとした宇宙が満々とたたえられていた。
左手で宇宙をすくい、彼女がそれをごくんと飲んだ。口から飲んだのである。
ついで器に余った宇宙を井戸のそばにまいた。
宇宙の闇が砂に吸われて見えなくなった。
柄杓を井戸に立てかけなおし、彼女がこんしまちゃんのもとまで戻ってきた。
「わたしも栄養補給完了です。さあ、あなたもへその緒をつないでいいですよ」
ワラのトップスを少したくし上げ、女性が自分のへそを見せる。
へこんだかたちのおへそだ。こんしまちゃんとは違って臍帯者ではないらしい。
こんしまちゃんは何度もお礼を言って、自分のトップスから50センチのへその緒をズルズルと引き出した。
「では、あてがいます……っ」
へその緒の丸っこい先端を目の前の女性のへそに当てる。
一方、女性はこんしまちゃんに確認してから、へその緒をそっと右手に取った。
先端をぐっとへそに押しつける。
「もっと押し込んでいいんですよ。でないとわたしのおへそからあなたのへその緒に栄養がしっかり届きません」
「し、しまった……すみません」
こんしまちゃんは、へその緒の先端をしっかりと相手のへそに差し込む。
すると、先端から根もとに向かってなにかが流れ込んでくる感覚が生じた。
50センチのへその緒が1個ののどのように振動する。
飲み物やかみ砕いた食べ物をのどに送り込んでいるときみたいな心地よさが感じられる。内側からのどを軽く引っかかれたり押し広げられたりする快さとでも言えばいいだろうか。その感覚が50センチにわたって続いている。
それだけでなく、相手の脈動までとくん、とくん……と伝わってくるようだ。
快さはへその緒の根もとに達したあと、腹部をあたためる。
そして腹部から両の脚へとおりる。肩と首にものぼる。頭部から四肢の末端までがぽかぽかしてくる。
この感情をあらわせる言葉は1つしかない。「気持ちいい」とも少し違うかもしれない。
こんしまちゃんは、まさにあの言葉を口にした。
「おいしい……」
「気に入ってもらえましたか」
目の前の女性が、へその緒を自分のへそにあてがったままほほえむ。
こんしまちゃんは慌てて謝る。
「しまった……またまたごめんなさい……」
「いえいえ、どうせならおいしいって言ってもらえるほうがうれしいですよ」
そしてへその緒の振動が徐々に弱まってくる。
体のぽかぽかした感じや心地よさも和らぐ。
本能的にこんしまちゃんはこれ以上の栄養補給はできないと感じ、へその緒を女性のへそから引き抜いた。
引き抜くとき、きゅぽん! という音が響いた気がした。完全に空耳だけど……。
へその緒も体も落ち着いた。でも、ほんのりとしたぬくもりのようなものがこんしまちゃんの全身をおおっている。
こんしまちゃんはへその緒をトップスのなかに入れなおした。
たくし上げていたワラのトップスのすそを引き下げてへそを隠す女の人に、再度感謝を伝える。
「わたしとへその緒をつないでくれて本当にありがとうございます……これで栄養をとれました……なんか、ちょっと申し訳ないくらいです……」
「引け目を感じることはありません」
女性は切り株に腰を下ろし、ふんわりとした声音で続ける。
「実はわたしの弟も臍帯者なんです。その弟も一時期、へその緒を別の人のへそにあてがって栄養を補給することを恥ずかしがっていました」
「そうだったんですか……」
「でも恥ずかしがることはないんです。栄養を口から取り入れるか、へその緒から取り入れるか……違いはそれだけなんです。どちらも生きるために必要なことです」
よく見ると、女性のくちびるには宇宙のキラキラが少しだけ残っていた。
その口の端がやわらかく上がる。
「――へその緒から栄養を摂取することも『生きる』という尊い営みの1つなんですよ」
* *
井戸の近くにいる女の人と別れたこんしまちゃんは、左隣に浮くアユに話しかける。
「ともあれ、これで栄養補給は完了……役目を果たしたから、もう転生の時間だね……」
「あー、それなんですが」
裏声を出しつつ、アユが尾びれでこんしまちゃんの左肩をぺしりとたたいた。
「栄養補給はまだ完了していません」
「え……なんで」
「成人1人が動くのにもけっこうなエネルギーが要るんですよ。さっきのへその緒つなぎだけでは足りません。相手の栄養を吸いつくしたら向こうが干からびちゃいますので、1回のへその緒つなぎで摂取できる栄養の量には制限があるんですよ~。なお同じ人から同等の栄養を再摂取するには7日間のインターバルが必要です」
「し、しまった……そこまで考えてなかった……」
あらためて栄養補給がまだ完了していないと聞かされると同時に、こんしまちゃんのへその緒の根もとがキュウッと引き締まった。どこか空腹の感覚に似ている気がした。
ちょっとつらかったので、こんしまちゃんはまた別の女の人に声をかけた。
無意識のうちに、さきほどと同じ言葉が口から出た。
「わたしとへその緒つなぎませんか?」
* *
☆今週のしまったポイント:6ポイント(合計52ポイント)
次回「臍帯者と魔女」に続く?




