バロメッツ
こんしまちゃんは、またまた新たな世界で起きた。
だけど、あたりは暗い。
どうやら固い殻のようなもので自分の体がおおわれているようだ。
その暗い殻に光の亀裂が走る。
薄緑の厚い殻が破れ、上空から太陽の光がそそぐ。
「まぶしい……」
どこか体に違和感がある。
確認すると、こんしまちゃんの全身はモコモコの白い毛でつつまれていた。
「羊毛……?」
しかも固い緑の茎がおへそから延びている。
こんしまちゃんの茎は、地面から生えたもっと太い茎と連結している。
太い茎からは、いくつもの細い茎が放射状に生えていた。
それぞれの茎は小松菜のような濃い緑の葉っぱをつけているようだ……。
現在こんしまちゃんは中心の太い茎におへそを向けたまま右半身を地面につけて横たわっている。
この状態で体を動かそうとした。
しかし、足も胴体もほとんど動かない。寝返りも打てない。
動かせるのは頭と左腕だけだ。
「植物にでも転生したのかな……」
意外にも驚かないこんしまちゃん。
左手で、小松菜みたいな葉っぱをちぎる。
「といっても羊になったような気もするんだけど……もぐ」
葉っぱを口に含み、そしゃくする。
「って、しまった……。また不用意に異世界のものを食べちゃった……」
ごくんと飲み込む。あまくておいしい。
急におなかが切なくなる。茎から生えた別の葉っぱにも手を伸ばし、次から次へと食べていく。
「しまった……でも、やめられない……っ」
そうして茎から生じている小松菜みたいな葉っぱをすべて平らげてしまった。
ここで急激におなかがキュウキュウし始める。
「ああ……なにか食べないと……」
我慢できず、こんしまちゃんは太い茎にもかじりつく。
そこから生えた茎のすべてを食いつくし、自分のおへそから延びる茎さえちぎり取って食べてしまった。
産まれるときに割った薄緑の殻まで口に含む。
それでも空腹は治まらない。
こんしまちゃんは頭を動かして周囲を見た。
ほかに草のない赤茶色の不毛の大地が広がっているだけだった。
「しまった……全部食べちゃった……」
間もなくして、こんしまちゃんは餓死した。
* *
気づくと、また暗闇に光の亀裂が走った。
全身に羊毛をまとい、茎をおへそから延ばした状態でこんしまちゃんは再び大地に転がった。
「転生したの……? でも、また同じ格好……」
「今回の世界は厄介ですよ」
見ると……太い茎の上から、手の平サイズのちっちゃい羊が生えている。
その子羊がか細い声を出す。
「どうやらここでの役目を果たさなければあなたは永遠にそのループから抜け出せないようですね」
「ナビゲーターさん……今回は子羊さんなんだね……」
横たわったままこんしまちゃんが口を動かす。
「で、今回の転生におけるわたしの役目は……?」
「食べられることです!」
メーメーと鳴いて子羊が続ける。
「あなたは『バロメッツ』に転生しました」
「なにそれ……?」
「バロメッツとは、羊を生やす植物のことですよ。今のこんしまちゃんはバロメッツという植物であると同時に、そこから生じた羊でもあります」
「だから中途半端に頭と左腕だけは動かせるんだね……おへそに茎がつながっているのも、全身が羊毛でおおわれているのもわたしがそのバロメッツになったから……」
太い茎の上の子羊をじっと見るこんしまちゃん。
「でもわたし……さっき死んじゃった気がするんだけど……なんでまた同じバロメッツに転生したの……?」
「ちょっとややこしいですが、羊としてのあなたは死んでもバロメッツとしてのあなたは根っことして残されており、死んでいなかったんですよ。今のあなたは、前に死んだ羊の次に産まれた羊でもあるんですね~」
「なんかよく分かんない……」
そう言ってこんしまちゃんは、子羊から目を離した。
無意識のうちに、小松菜のような葉っぱをちぎる。
その葉っぱの下から、羊毛におおわれた人体がでてきた。
「わあああ……っ!」
驚きつつ、体を転がして顔を確かめる。
そこには、いっさい動かない自分の顔面があった。
「ひゃ……っ、こ、この人、今のわたしそっくり……」
「いやいや、それ……前に死んだ羊のあなた自身ですよ」
子羊が太い茎の上からため息をつく。
「バロメッツは羊を産み続けるんです。たとえそのうちの1体が死んでもね……」
「そんな……とにかく食べられないと……もぐもぐ」
反射的にこんしまちゃんは小松菜に似た葉っぱを手当たり次第に口に放り込んでいく。
結局、葉っぱも茎もほとんど一瞬で食いつくしてしまった。
あとには子羊と前の自分の死体が残されていたけれど、どんなにおなかがすいてもそれらを食べる気にはなれなかった。
「しまった……また、死んじゃう……」
2度目の餓死と相成った。
* *
こんしまちゃんは、またまたバロメッツの羊として生誕した。
太い茎のそばに、2体の動かぬこんしまちゃんが転がっている。
「食べられるためには……そうだ」
衝動にあらがえず葉っぱをつまみながらだけど……それでもこんしまちゃんは大きく鳴いた。
「めえー……めえー……」
「お、考えましたね!」
太い茎の上の子羊が手をたたく。
「それでオオカミを呼び寄せようってことですか」
「そうだよ……タイムリミットは茎と葉っぱをわたしが食べつくすまで……めええ~……」
しばらく反復したところで、前方左斜め前に灰色のオオカミが出現した。
赤茶色の不毛の大地に足をつけてこちらの様子をうかがっているようだ。
視界のなかでは豆粒ほどの大きさだ。
「あのオオカミさんにわたしを食べてもらおう……めえ~……!」
今までよりも大きな声でこんしまちゃんが鳴く。
しかしオオカミはぷいっとそっぽを向いて地平線の向こうに消えてしまった。
「しまった……鳴き声だけじゃ限界があるんだ……」
さらにこんしまちゃんは、いつの間にか葉っぱも茎もすべて食べてしまった。
根っこを食べようとしても、頭と左腕だけしか動かせないので地面をほとんど掘ることもできない。
* *
また羊としてこんしまちゃんは生を受ける。
太い茎のまわりには3体の動かぬ自分が横たわっている。
「めえ~……めえ~……」
葉っぱを食べつつともかく鳴いて、オオカミを呼び寄せる。
灰色のオオカミが1匹だけ地平線から現れる。
「ここから……どうしよう……ええい……!」
こんしまちゃんは自分の左わき腹の肉をもいだ。
今のこんしまちゃんはバロメッツという植物でもある。だから痛くなかった。
羊毛のついた肉をオオカミに向かって投げる。
「このにおいで釣る……」
肉は、ほとんど飛ばなかった。
だけど転がったそれに反応したのか、オオカミがこちらに近づいてくる。
灰色の姿がだんだん視界のなかで大きくなる。
「よし……うまくいった……」
オオカミは肉に鼻を近づけたあと、それをかんだ。
でも、すぐにはいた。
きびすを返し、こんしまちゃんから遠ざかる。
「しまった……なんで……?」
「あちゃあ~、においはよかったけれど味は激マズだったってパターンですかね~」
ひとごとみたいに子羊が笑う。
オオカミに逃げられたこんしまちゃんは、さらに餓死を重ねた。
* *
4体の自分の死体のそばで、こんしまちゃんは鳴く。
今度は、もいだ肉から羊毛を取りのぞく。
いったん羊毛を口に含み、それをかみちぎってプッとはく。
毛のほとんどなくなった肉をオオカミへと投げつける。
でもオオカミはそれを味見したあと、やはり去っていった。
「しまった……別の方法を……」
* *
5体目の動かぬ自分は、もう気にしない。
こんしまちゃんはわき腹以外の肉をもいでそれを投げることにした。
だけどオオカミはどの部位の肉もお気に召さないようで味見してからすぐに消える。
* *
とうとう、動かぬこんしまちゃん100体が太い茎のまわりに積み上がってしまった。
「このまま……わたし……ずっとバロメッツのままなの……?」
こんしまちゃんは頭をフル回転させた。
「そうだ……これなら……!」
太い茎から生えた細い茎をすべてちぎる。
左手と口を使ってそれらを結び合わせ、ロープにする。
先端に肉をくくりつけ、オオカミへと投げる。
オオカミが味見しそうになったタイミングで茎を引っ張る。
すると、逃げた肉を求めてオオカミも移動した。
「やった……これでわたしのもとまで誘導できれば……」
だがオオカミの足は速い。
こんしまちゃんが茎のロープを完全に引き戻す前にオオカミは肉に追いつき、味見した。
そしてそっぽを向いて去る。
「……しまった」
* *
101体の自分の死体を積み上げたこんしまちゃんは、すぐに茎のロープを作って鳴いた。
オオカミが地平線から現れる……。
子羊が葉っぱの上に寝転がって、のんきに笑う。
「またあなたの肉をくくりつけて釣るんですか~。失敗しそうですね~。そのうちあなたの死体でピラミッドが建造されちゃいますよ」
「む……っ」
こんしまちゃんは、その子羊をじいっと見た。
手の平サイズの子羊はけげんな顔でこんしまちゃんを見返す。
「な、なんですか……なにか打開策でも思いついたんで……」
「あった。まだオオカミの試食していない味が……」
「え、それはどこに?」
「あなただよ……」
逃げようとする子羊をこんしまちゃんが左手でわしづかみにする。
「もう羊毛を取る時間はない……でも太い茎から生えていたところから察するに今のあなたも植物……食べられても痛みはないはず……」
ロープを子羊の手足と胴体に巻きつけ、オオカミへと投げる。
「ごめんね……っ。あなたも食べられて……!」
「ちょ、ま……わあああっ!」
子羊が跳ねて、遠くに転がる。
オオカミがやってきたところでこんしまちゃんがロープを引き戻す。
そしてオオカミが子羊に追いつき、パクリと食べた。
今度はおいしかったらしく、こんしまちゃんのもとへとオオカミが走り寄る。
「ありがとう……ナビゲーターさん……って」
オオカミがどんどん大きくなる。
その灰色の口だけで10メートル以上の幅がある。
「ひええ……おっきい……」
こんしまちゃんはすでに、ロープの茎もあたりの葉っぱもすべて食べてしまっていた。
だからあとに残されたのは、こんしまちゃんとこんしまちゃんの死体101個のみ。
積み上げられたそれらすべてを、オオカミの巨大な口が一気に飲み込む。
そのオオカミの口蓋と舌には10列の牙たちが生えそろっていた。
赤茶色の地面ごと、オオカミがこんしまちゃんたちを残らず砕いてえんげした。
こんしまちゃんの体もつぶされたけど、植物でもあるので痛みはない。
まずいものを食べたことに気づいたオオカミは、大きくせき込んだようだ。
暗い胃のなかが激しくゆれた。
だけど、もう遅い。こんしまちゃんは胃酸に溶けていく自分たちの体を見ていた。
そのなかには、赤茶色の土も交ざっている。
ただし根っこはどこにもない……。
綿のような白い羊毛が飛んできて、こんしまちゃんの鼻に乗る。
「ワタシを投げたときは、あなたが乱心したかと思いましたよ」
「本当にごめんね……ともかく、これで食べられるという役目は果たした……でも」
溶解されながら、こんしまちゃんが薄く笑う。
「少し『しまった』とも思ってる……」
「なんでです」
「オオカミにまずいものを食べさせちゃったから……」
「それでも栄養にはなりますよ」
「だといいね……」
そう言ったあと、こんしまちゃんの意識がぷつりと途絶えた。
* *
こんしまちゃんはもう2度と、バロメッツの羊として産まれることはなかった。
* *
☆今週のしまったポイント:9ポイント(合計46ポイント)
次回「わたしとへその緒つなぎませんか?」に続く?




