クリ野郎
現在こんしまちゃんは炎人種に転生しており、胴体に炎の服をまとっている。
今回の世界における役目は自分の名前を見つけることだ。
* *
朝。こんしまちゃんは炎の家から出て、その家の持ち主の女の子に頭を下げた。
「きのうは泊めてくれてありがとう……」
炎の毛皮でおおわれたハムスターを右肩に乗せたまま、きびすを返す。
きのうは女の子におこられてしまった。でもその後、炎のゆかの上で眠ることを許されたのだ。
炎の服を着たこんしまちゃんとは対照的に家主の女の子は胴体に水の服をまとっている。
見た目は10歳くらいだが、なんかいろいろ迫力がある。
女の子がこんしまちゃんの背後から甲高い声を出す。
「こら、てめクリィッ!」
「わ、わああ……」
驚いて、こんしまちゃんが足をとめた。
「ご……ごめんなさい。やっぱり勝手に家に入ってベッドにもぐり込んでいたこと……まだおこってるよね……」
「ちげえって。それについてはもう水に流したっての」
女の子がこんしまちゃんの正面に回り込む。
「てめえ、きのうはウチに自分の名前を聞いたな。探してんだろ、名前」
「うん……」
こんしまちゃんは中腰になり、女の子に顔を近づけた。
「わたしの名前がなんなのか、どうしても知りたいんだ……だから行かなきゃ……」
「名前を探す旅か。だったらウチもお供する」
女の子は右の親指を立てて自分を指差す。
「ウチもウチの名前が知りてえ」
「じゃ、一緒に探そっか……」
優しい口調でこんしまちゃんは同意した。
「だけど……炎のおうちはどうするの……」
「消す」
そう答えて女の子は右わき腹の水をもいだ。
この水を直方体の炎の家に投げつける。するとシュウシュウという音を立てながら家が跡形もなく消え去った。
* *
こんしまちゃんは女の子と昼の荒野を進んでいく。
右手に小麦畑が続いている。よく見ると小麦の穂を構成する実はすべて水の粒である。その穂から透明な球体がポワポワと上がり、シャボン玉みたいに破裂する。
幻想的な光景を視界に入れつつ、こんしまちゃんは左隣の女の子に質問する。
「ところでわたし……きみのことをなんて呼べばいいかな……」
「なんでもいいっての」
女の子は大きく両手を振ってズンズン歩く。
こんしまちゃんは女の子のはだしを見ながら呼び方を考える。
「なら……水の服を着ているから『ミズキちゃん』で……」
「ミズキだあ……? よりによって、このクリアマ……ッ!」
「しまった……」
「いい名前じゃねえかよ!」
「よかった……」
こんしまちゃんは安心した。
女の子あらためミズキは満足したようで、上機嫌で鼻歌を鳴らし始めた。
「しかしよ、クリ」
クリとは、こんしまちゃんのあだ名である。ク○じゃないだけマシではあるけど……。
「かみしゃまはどこにウチらの名前を隠していると思う?」
「そうだね……」
こんしまちゃんは炎のトップスの前面に右手を当てて答える。
「心のなか……かな」
「クリみてえな答えだな」
「しまった」
「とにかく見当がつかねえわ」
小麦畑から飛んできたシャボン玉を左手でパチンと割るミズキ。
「かみしゃまも意地がわりい。人間一人一人に名前をつけておきながらその名前を本人に教えず世界のどこかに隠すわけだからな。相当のクリ野郎にちげえねえ」
「そういえば……かみしゃまってどこにいるんだろ……」
こんしまちゃんが小さく首をかしげる。
「かみしゃまと直接会ってわたしたちの名前の隠し場所を聞くことができればいいんだけど……」
「クリ。んな簡単に会えるかよ。あ、チョウチョ」
ミズキの左横から火の粉を散らしつつ赤いチョウが飛んできた。
というよりも炎がチョウの姿をかたどっているようだ。それめがけてミズキが大きく口をあける。
「いただきまーす……」
「待った!」
瞬間、炎のチョウがさけぶ。
「なにを隠そう、ボクこそがかみしゃまなのだ」
口を引っ込めたミズキとこんしまちゃんのまわりをチョウがパタパタ飛ぶ。
「キミたち2人は名前を探しているようだね」
「そうですが……もしかして教えてくれるんですか……」
こんしまちゃんが立ち止まる。
対するかみしゃまは小麦畑から飛んできたシャボン玉の上であお向けになった。
「やだねー、ボクからは教えないよ~」
「ほら、このクリみてえな態度! やっぱりかみしゃまはクリ野郎じゃねえか!」
ミズキの水の服が沸騰したみたいに泡立つ。
「そもそもてめえ、なんでウチら人間の名前を隠すなんていう面倒なことしやがる!」
「キミたちはこの世界の生き物すべてが精霊の血を引いていることを知っていると思うけど、そもそもの始まりは1億年前にさかのぼる……」
なんかシャボン玉に寝転がったまま、チョウチョ姿のかみしゃまが語りだした。
「そのとき初めて精霊と人間とのあいだに子どもが産まれたのだ。その名前をどうしようかなって話になってさー。いやあ、それ以前は精霊には名前がなくて人間には名前があったんだ。じゃあ精霊と人間の両方の血を持つ子どもには名前を与えるべきか与えざるべきか? これをめぐってみんなが大激論を交わしたんだ。それでボクがかみしゃまとして折衷案を出したのさ~」
ここでシャボン玉が自然に割れた。
再びかみしゃまはチョウの羽をはばたかせ、火の粉を散らす。
「その折衷案とは『名前を隠す』というものだ。これなら、見つからないうちは『名前がない』という精霊の風習を尊重し、見つかったあとは『名前がある』という人間の伝統を大事にできるだろ? 名前を消しもせず、かつ簡単には教えない――これぞ精霊と人間両方を大切にする選択肢なのだ! ボクも嫌がらせでキミたちの名前を隠しているわけじゃないんだよ。分かってくれたかな~」
「知るかああッ! このクリ野郎!」
ミズキが素早く右手を伸ばし、かみしゃまの羽をつかんだ。
かみしゃまが体をバタバタさせる。
「や、やめるのだ~。そもそも人の名前を隠す理由を聞いてきたのはキミじゃないかっ! ボクはそれに答えただけだー」
「うっせえ」
再びミズキが大口をあけ、かみしゃまを食べようとする。
「食われたくなきゃウチらの名前の隠し場所に案内しやがれ」
「お、おどしなんて効かないぞっ。かみしゃまであるボクは永遠不滅の存在なんだから……っ」
「へんっ! そんなのタダのクリみたいなウワサじゃねえかよ。ホントに不滅かどうか試してやってもいいんだぞ」
「くっ。しかたない」
観念したのか、かみしゃまの触角がガクンと下がる。
「案内するしかなさそうだね」
「さすがかみしゃま、クリお利口なこった」
ミズキが口を閉じ、口角を上げる。
かみしゃまのチョウの触角が小麦畑のほうを指し示す。
そしてミズキとかみしゃまとのやりとりをぽかーんと見ていたこんしまちゃんは、ハッとしてつぶやく。
「しまった……わたし、ここにいる意味あったのかな……」
「あんましょげんなよ、クリが」
かみしゃまを右手につまんだままミズキが肩を当ててくる。
「お互いもう少しでてめえの名前とご対面できそうなんだからよ」
* *
水の粒をたわわに実らせた小麦畑を通り抜け――。
かみしゃまとミズキとこんしまちゃんは、滝の前に到着した。
滝とその上流と下流には水の代わりに真っ赤な炎が流れている。マグマですらない。ゆらめく炎が水音みたいな響きと共にゴウゴウと河と滝を作っているのだ。
炎でできた触角を下ろし、かみしゃまが言う。
「あの炎の滝の裏にキミの名前がある」
「おい、キミってどっちだ。ウチか」
ミズキが左の人差し指でこんしまちゃんを指す。
「それとも、このクリのほうか?」
「さあ~てね」
ここにきて、かみしゃまがミズキを挑発するようにすっとぼけた。
ミズキはまた水の服をゴボゴボ沸騰させる。
「んの……ッ、クリ野郎」
「いいのかなー、ボクを気にしてばかりだと危ないかもよ」
「あん……?」
不敵な態度のかみしゃまに対してミズキは眉をひそめる。
すると炎の滝が急に盛り上がり、極太の鞭みたいに躍りだした。
「なんなの、こいつ。なんだってんだ」
「それ、今のうちにー」
驚くミズキの隙を突いてチョウ姿のかみしゃまが右手から逃げた。
そのかみしゃまをのがすまいと、こんしまちゃんが両手を伸ばす。
でも結局、左右の手は空をつかむことしかできなかった。
「しまった……」
「そう、しまっていこうじゃないか」
かみしゃまが右斜め上からこんしまちゃんとミズキに火の粉を飛ばす。
さらに鞭みたいに躍っていた炎の滝が河から分離し、大きな胴長の竜の姿になった。
竜はおたけびを上げ、鋭い手足で宙を引っかく。炎をあたりにまき散らす。
こんしまちゃんのまとう炎の服とは異なり、かなり熱いようだ。
近くの小麦の穂が一瞬で蒸発し、その茎から根元までが見る見るうちに焼失していく。
「クリあちぃ……ッ」
ミズキは上空のかみしゃまをにらんだ。
「てめえ、ウソを教えやがったな!」
「いやいや、ボクは本当に名前のもとまで案内したよ」
小刻みにはばたきつつ、かみしゃまが笑う。
「だけどキミたち知らないの? 宝の前には、それを守る番人がいるもんなんだよ。いや、この場合は番竜かな? あはははっ!」
「あーあー、そういうことかよ、クリだりぃ」
舌打ちし、ミズキがその水の服をゴボゴボと膨張させていく。
「かみしゃま、ホントてめえはクリ野郎だわ」
「キミに言われたくないなー。かみしゃまをおどした時点でキミも人としてどうかと思うよ~」
「黙れよ。クリうぜえ」
ミズキの服のトップスが長そでになり、銃口のかたちを作る。
こんしまちゃんがミズキの後ろから飛び出す。
「わたしも竜をなんとかするよ……それっ……」
自分の服から炎をもいで、炎の竜に投げつける。
でも竜は口をあけ、それをもぐもぐ食べてしまった。しかも食事のあと、その体が震えた。直後、竜の胴長の全身がふくらむ。サイズが一回り大きくなる。
「しまったあ……っ!」
「いいや」
ミズキがふふっと笑う。
「クリナイス」
両腕を前に出したミズキの長そでは左右ともこぶし大の銃口をかたどっていた。
水でできたその2つの口から、水の弾丸が発射される。
連射された弾丸が竜の口内に入り、その胴長の体を貫通する。
ふくらんでいた竜は水の弾丸2発を受け、爆発した。
四方八方に火の粉が散った。
「礼を言うよ、クリ」
ミズキがこんしまちゃんに笑みを向ける。
「てめえが竜を太らせてくれたおかげでねらいやすくなった」
が、ここで八方に散った火の粉がミズキに向かって凝集を始めた。
全方位から火の粉の爆撃がミズキに襲いかかる。
その直前、こんしまちゃんがミズキのそばに寄って声を上げた。
「だめ……っ!」
するとこんしまちゃんの炎の服が竜巻になり、2人を囲んだ。
結果、竜巻が火の粉をことごとく吸収した。
竜巻がやんだところで、かみしゃまが羽を激しくバタバタさせる。
「や、やるねっ。キミたち……じゃあボクはこのへんで」
「いやいや、待ってください」
ここでかみしゃまの直上から声が響く。
「あなた、ワタシを忘れていません?」
炎の毛皮をまとったハムスターが、かみしゃまの羽の上に乗っかった。
「ワタシ、さっきの竜巻に乗って上空に移動していたんですよ」
「……? なんだ、キミは。キミに名前を与えた覚えはない。この世界の生き物じゃないな」
ともあれハムスターにのしかかられて、かみしゃまが地上に落下する。
ハムスターをこんしまちゃんが、かみしゃまをミズキが拾い上げる。
「で、クリ野郎のかみしゃま。あの竜を倒したからには滝の裏の名前とご対面できるんだろうな」
「……もちろんさ」
かみしゃまは、ちょっとおとなしくなっていた。
ミズキは燃えている小麦のほうにも水の弾丸を発射した。
そうして鎮火したあと水の服の長そでを解除する。ミズキの服が、胴体をおおう程度のかたちに戻る。
そしてミズキとこんしまちゃんは、滝の裏に入った。
そこには洞窟のような穴があいていた。
こんしまちゃんの炎の服が洞窟内を照らす。
奥へと進んでいき、棺桶みたいな直方体の木製の箱を発見する。
ミズキがあごを動かし、箱を指す。
「クリ。てめえがあけろよ。ウチはクリ野郎をつまんでいるせいで右手がふさがってんだ」
「分かった……」
こんしまちゃんはしゃがみ、箱のふたをギイ……と取る。
箱のなかには、棺桶よりも一回り小さい白い紙が入っていた。
それをひっくり返すと、縦書きの黒い文字で「こんしまちゃん」と書かれていた。
「え……?」
もとの世界の自分の名前が出てきたものだから、こんしまちゃんはビックリした。
さらにミズキがくくくと笑い声を漏らす。
「あーあ、そりゃクリ。てめえの名前だな」
笑いながら、首を横に振る。
「ウチの名前がそんなクリみてえに間抜けな語感なわけがねえ」
「ミズキちゃん……」
こんしまちゃんはしゃがんだままミズキの左手を右手で握った。
「わたしが名前を見つけられたのはミズキちゃんのおかげだよ……」
「クリが。先に探し出せたからって嫌みかよ」
ミズキは、そっとこんしまちゃんの手を振り払う。
この瞬間こんしまちゃんの体を淡い光がつつみ始めた。
自分の名前を見つけるという役目を果たしたため、また別の世界へと転生するのだ。
こんしまちゃんが慌てる。
「しまった……わたし、役目を果たしちゃったんだ。でもミズキちゃんの名前が……。そうだ、駅長に転生したときみたいに滞在時間を延長できないの……?」
「いや……もういいって」
静かにミズキが声を出す。
「てめえは名前を見つけたんだろ? だったらもうウチと行動する理由はねえよな」
「でも……っ」
「それにウチさ、名前なんて見つけなくてもいいような気もしてきたんだ」
ミズキが、棺桶のなかの白い紙を見下ろす。
「……こんなクリ間抜けな名前が出てきてそれを本名にしなくちゃいけないのなら、ウチはてめえがくれたミズキって名前のほうが万倍もいい」
「おお、待っていたよ……その気づきを」
刹那、ミズキの右手のかみしゃまがそう言った。
炎のチョウの体を変態させる。炎は長方形に伸びた。その火の粉が消え失せ、1枚の白い紙になった。
紙には縦書きの黒字で「ミズキ」と書かれていた。
どこからともなく、かみしゃまの声が洞窟内に反響する。
「おめでとう、ミズキ! キミも自分の名前を探し当てたのさ~。そう、名前を持っていたのはこんしまちゃんで、その宝までの道をはばんでいた番人は人に対して素直になれなかったキミ自身の心だったのだ!」
「適当こきやがって。てめえのクリどうでもいい見解なんざ知るかよ」
自分の名前を見つめ、ミズキが言い返す。
「ウチは最初から、この名前が気に入ってたんだっつうの、クリ野郎が」
「よかったね、ミズキちゃん……」
光に飲まれながらこんしまちゃんが声をかけた。
ミズキが笑い返す。
「へっ、クリしょうもねえわ。よく考えればてめえの名前を知ったからってなにが変わるわけでもねえ」
ついで左手で、こんしまちゃんの右手をパチンとたたく。
「つうわけでお別れだな、クリ。……いや、こんしまちゃん。お互い、これで――」
「クリ野郎から解放されるね……!」
「はは……」
優しげにミズキがツッコむ。
「てめえもそんなきたない言葉を使うのかよ」
「しまった」
こんしまちゃんは口元を押さえようとした。その直前、手をとめてほほえんだ。
「でもやっぱり……今はクリでいいや……」
「同感だ、それと」
ミズキの服から伸びた水が、こんしまちゃんのほおをなでた。
したたる水が、こんしまちゃんの炎の服をシュウシュウ溶かした。
「――クリありがとう」
そして最後の言葉と共に、炎も水もすべてが消える。
* *
☆今週のしまったポイント:7ポイント(合計37ポイント)
次回「バロメッツ」に続く?




