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不穏な兆し

 ある日、市場から戻る途中、水瓶を抱えた老婆とすれ違った。


「お手伝いしましょうか?」

 私が尋ねると、老婆は

「あらレナちゃん、いつも悪いねぇ」

 と水瓶を私に渡す。


「魔法の練習は大変じゃないかい?」

「はい!エルド様との鍛錬は毎日楽しいです!今日は少し、畑を焦がしてしまいましたけど……」


 苦笑いで答えると、周りにいた子どもたちが「あははっ!またぁ?」と声を上げ、皆でどっと笑った。


 そんないつも通りの賑やかな声の中、ふと村の若者たちの会話が耳に入る。


「聞いたか? ソレイユ王国が魔物に襲われたらしい」

「ああ、王都が半分焼けたって話だぞ。復旧に人手が足りず、近隣の国々にも救援を求めてるってな」


 私は立ち止まった。

 胸の奥で、時間が一瞬止まった気がした。


 ソレイユ――。

 十年前に捨てられた祖国の名を、こんなにも突然に耳にするとは思わなかった。

 水瓶を持つ腕に力が入り、心臓が早鐘を打つ。


「ソレイユの人達は無事なのか?」

「噂じゃ第一王子が復興を指揮してるらしい。確か……アルヴェール殿下だったか?」


 足元の土が揺らぐような感覚に襲われ、私は思わず水瓶を落としそうになった。

 慌てて拾い直す私に、老婆が心配そうに声をかけた。


「レナちゃん、大丈夫かい?」


「……はい。少し、考えごとをしていました」

 微笑みで誤魔化したけれど、心の中では嵐が吹き荒れていた。


 十年前のあの日、泣きながら馬車に揺られた幼い私。

 王家から切り捨てられた私。

 けれど、国は今、魔物に脅かされている。


(私は、どうするべきなのだろうか……)


その夜、私は眠ることができなかった。

村で耳にした噂が頭の中をぐるぐると駆け巡る。


『ソレイユ王国が魔物に襲われた』

『王都が焼け、復旧に追われている』

『兄が指揮を執っている』


「……お兄様」

呟いても返事はない。

月明かりだけが私を照らし、静かな部屋に、心臓の早鐘の音だけが響いていた。


瞼を閉じても、浮かぶのは十年前の夜。

父に拒絶され、母の泣き声を背に、馬車に揺られた幼い私。

その私を今も彼らは覚えているのだろうか。

それとも、王家から切り捨てられた存在として忘れ去られたのか。


考えるたびに胸が痛み、眠りは遠ざかっていく。


____翌朝


私はいつも通りに稽古場へ向かった。

いつもと同じように、呼吸を整え、掌に魔力を集める。

しかし炎は不規則に揺れ、風が暴れて乱れる。


「……っ!」


息を切らし、制御に失敗した炎が燃え上がる


「どうした」


背後から低い声がした。振り返れば、腕を組んで立つ師の姿。


「集中が足りんぞ。お前らしくない」


私は慌てて首を振った。

「いえ……大丈夫です。少し疲れているだけで」


けれど、彼の鋭い視線は逃さなかった。

「……目の下に隈がある。昨夜、眠れなかったのか?」


一瞬、胸が詰まった。

けれど、気づかれまいと無理やり笑顔を作る。


「大したことではありません。少し、本を読むのに夢中になってしまって……」


「隠すな」


彼は短くも厳しくそう言う。

その瞳は、私の心を見透かしているようで息が詰まる。


「……」


けれど、この場ではどうしても言えなかった。


村で耳にした祖国の話を、まだ口にする勇気が出なかった。

私はただ「本当に、大丈夫ですから……」とだけ答えると、再び魔力の制御に向き合う。


その日一日の稽古は散々だった。


魔力は思うようにまとまらず、何度も小さな爆ぜ音を立て、畑の端を焦がしてしまう。

村の子どもにも「あははっ!今日のお姉ちゃん下手〜」とからかわれる。


私は笑顔で返したが、胸の奥は張り裂けそうに痛む。

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