余計な言葉
それから帰路に着いたけど、私はずっと上機嫌だった。
私を見て顔を赤くしなかったのは、センパイが初めて。すごくすごく嬉しくて、思わず口元が緩んじゃう。
だって私、めちゃくちゃ可愛いじゃん? だから男の人は、みーんな「この子、めっちゃ可愛いっ!」って顔を赤くするんだよ。
でもセンパイはならなかった。つまり……!
「私の顔に、興味がない!」
ということなのだろう。
少し話が変わるが、私の好きな異性のタイプを話そう。
まず、優しくて穏やか、そして誠実な性格は必須。好きな人には甘くて、ちょっとお茶目なところがあってもいい。声も甘ければなおよし。
そして何よりも外せないのが、私の顔に興味がなくて、私の中身を好きになってくれる人!
つまり――華道院センパイは、私の好みど真ん中なのである。
「はー……マジで? 実在したんだ? 信じられなぁい!」
誰もいない道の真ん中で、ニヨニヨしながら叫ぶ。
私の顔に興味がない人、と言葉にするのは簡単だけど、実際にはそうそういなかった。私が可愛いすぎるせいで。
「キミの顔? 興味ないよー。キミの中身を好きになったんだって!」って言う人なら山ほどいて。
でも実際は、私の顔しか見てなくて。
そいつらの言葉を信じて付き合っては失望して、もう一緒にいられないって告げて。
そのたびに「可愛いからって調子に乗るなよ!」って言われて、もう二度とこんな奴とは付き合わないって誓って。
そしてまた甘ぁい言葉に惑わされて付き合うっていう無限ループ。
……思い出したら、一気に気分が下がってきた。あーあ、最悪。
「……でも、センパイはそんなことないんだよね」
あ、また気分上がってきたかも。
あの人が、もし私を好きになってくれたら……付き合うのも、いいかもしれない。あっ、結構楽しそうかも!
お付き合いとまではいかなくても、仲良しの先輩後輩っていうのも……うん、いい!
センパイと仲良し、なりたいかも! あんな貴重な人種、逃す手はないよね!
明日から仲良しになるために、色々頑張ってみようかな!
家に着いて、うきうきしながら鍵を開ける。
途端に香る甘ったるい香水の香り。玄関には男物の靴が一足。
顔を顰めながら蹴飛ばそうとして……やめた。
代わりに踵を揃えて、端に寄せておいた。
だってせっかく気分がいいんだもん。ちょっとくらい優しくしてあげてもいいかな、ってね。
(それに、訊きたいこともあるし)
恩は売っておいたほうがいいもんね。
るんるんでリビングに入って、当然の如くいる那由多と目が合う。
いつもなら「何でいるの! 入んないでって言ってるでしょ、このクソ野郎!」くらいの暴言は吐いているところだが、今日だけはやめてあげる。
鞄もアイツの腹じゃなくて、アイツの隣に投げ置く。
それくらい私は上機嫌だった。
「あれ、珍しいね。いつもなら何かしら言ってくるのに」
「んー? ふふふっ、今日ねー、ちょっといいことがあってねー」
正直ちょっとどころではないのだが、那由多の前だから、少し茶化して言ってみる。
だらしない顔をしているであろう私を見て、どうしてか那由多はちょっと嬉しそうに笑った。
「へぇ……何があったの?」
「えー? うーんとねー」
えへへっと頬に両手をやって、嬉しさのままに言った。
「あのね、私のタイプど真ん中の人に会えたの!」
その瞬間、なぜか那由多の顔がピシッと凍りついた。
だが昔から時々あることなので、気にせずに続ける。
「女子に呼び出されて、濡れ衣着せられてた時に助けてくれてね、ほんとに王子様みたいでね! あの人なら、私、好きになれるかもしれないんだ!」
那由多の表情がどんどん硬く、悲痛になっていく。とうとう俯いて、表情が読めなくなった。
でもどうでもよかった。だってだって、頭の中はセンパイのことでいっぱいだったんだ。
そのまま上機嫌にセンパイとの出会いの瞬間を語ろうとしたけど、その前に那由多が「待って。お願い、待って!」と制止をかけてきた。
「なあに。私、まだ話終わってないんだけど」
「………………れ」
「え?」
ガバッと顔を上げた那由多を見て、どうしてか背筋がひやりとした。
光のない、ガラス玉のように虚無な瞳が、私を貫く。
「だれが、お前に手を出したの」
怖い、と思った。
何か、見てはいけないものを、見てしまったかのような。
覗いてはいけないものを、覗いてしまったかのような。
何か言おうと唇を開いて、掠れた吐息しか漏れないことに驚く。
そこでようやくカラカラに渇いた喉に気づいて、生唾を飲み込んで潤す。
一度強く目を閉じてから、無理矢理いつも通りの笑みを作った。
「そのことで、訊きたかったんだよ。なにせ、名前すらわかんないからさ」
いつもの明るい調子で言う私を、那由多は無表情で見る。
再び湧き上がる恐怖に笑顔が消えかけた瞬間、那由多がにこりと笑った。
いつもの飄々とした軽薄な雰囲気が広がって、あの得体の知れない不気味な空気が霧散する。
「そっかー。でも名前すらわかんないなら、特定は難しいんじゃない?」
「苗字だけはわかってるんだ。あと多分あの人、結構有名なんじゃないかな」
私を呼び出した女子生徒は、センパイを見てすぐに名前を呼んだ。
センパイ顔良いし優しいし、結構人気者なのではないだろうか。
那由多は学校中に彼女がいるから、顔も広いはず。もしかしら、知り合いかもしれない。
「華道院センパイって言うんだけど、知ってる?」
「……さぁ、知らないかな。初めて聞いた」
「そっか」
にっこり言われて、そういえばコイツは女の敵であると同時に、男の敵でもあったと思い出す。
可愛い彼女がたくさんいるコイツは、男子の嫉妬の的だろう。
…………男の敵で女の敵って、全人類の敵じゃん。どんだけクズなんだコイツは。
質問する相手を間違ったなとため息を吐きつつ、「はやく出てけや」と那由多の膝に蹴りを繰り出した。
が、ひょいっと軽く避けられて、今度は拳を構える。
ソイツの腹に向かって正拳突きを叩き込もうとしたが、立ち上がって半身で躱されてしまった。
そのまま腕を引き寄せられて、抱きしめられる。
……………………抱きしめられる??
反射的に顔を上げると、すぐそこに目を閉じた那由多の顔が――!
「く、んなーー!!」
「わぁ」
無我夢中で突き飛ばして、解放された反動で床に尻餅をついた。
ぜぇぜぇ息を整えながら、笑っている無駄に良い顔を睨みつける。
「こンの、女誑し野郎! キスすれば全ての女子が堕ちるってわけじゃないんだかんねっ!」
「俺のキスを拒むのなんて、由羅李くらいだよー。ねぇさ、なんで俺とキスするの嫌なわけ? 俺顔良いし、お望みなら深いのだってしてあげるよ?」
(ファーストキッスがディープとか性急すぎる!!)
そう、私はキスをしたことがない。私の唇は未だ未使用の新品状態である。
立ちあがろうとしたけど、腰が抜けたらしくて足に力が入らない。
視線が那由多より下なことに悔しさを感じつつ、精一杯反論する。
「い、いらないし! 私は! キスは本気で好きになった人としたいの!」
続いて飛び出したのは、後にどう考えても不要だった余計な言葉。
「私とキスしたいんだったら、口説き落としてみせて!!」
那由多の目に、なにかよくない光が宿った――気がした。
一拍遅れて、自分がなにを言ったか理解した。
ザッと全身の血の気が引いた。
(や――ばい。やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばい――っ!!)
「……そっか。口説き落とせば、していいんだ?」
ひどい顔をしているであろう私を見て、那由多はすごく綺麗に笑った。
その危うい色香に当てられて、じり、と尻餅をついた体勢のまま後退する。
ゆっくりとした足取りで近づいてきた那由多が、ぐっと背筋を傾けて、耳元で囁く。
「覚悟しててね?」
そのまま私の横をすり抜けて、那由多は帰って行った。
五分くらい呆然としていたと思う。いつの間にか目に涙が滲んで、呼吸が浅くなっていた。
心を占めるのは、後悔と絶望の念。
「………………………………やばい……………………」
那由多は、やると言ったらやる。
絶対に、本気で私を堕とそうとしてくる。私が折れるまで、何度も何度も。
嘘でしょう? いつか、好きにならなきゃいけないの?
アイツを――那由多を。
「お……堕ちる、もんかああぁぁぁ!」
そうだ、堕ちるもんか。私は、絶対絶対堕ちたりしない!
あんなクズを好きに、なんて……ぜぇったい、なってやんないんだから!




