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星屑と悪魔  作者: 璃衣奈
4/5

余計な言葉

 それから帰路に着いたけど、私はずっと上機嫌だった。

 私を見て顔を赤くしなかったのは、センパイが初めて。すごくすごく嬉しくて、思わず口元が緩んじゃう。


 だって私、めちゃくちゃ可愛いじゃん? だから男の人は、みーんな「この子、めっちゃ可愛いっ!」って顔を赤くするんだよ。

 でもセンパイはならなかった。つまり……!



「私の顔に、興味がない!」



 ということなのだろう。


 少し話が変わるが、私の好きな異性のタイプを話そう。


 まず、優しくて穏やか、そして誠実な性格は必須。好きな人には甘くて、ちょっとお茶目なところがあってもいい。声も甘ければなおよし。


 そして何よりも外せないのが、私の顔に興味がなくて、私の中身を好きになってくれる人!



 つまり――華道院センパイは、私の好みど真ん中なのである。



「はー……マジで? 実在したんだ? 信じられなぁい!」



 誰もいない道の真ん中で、ニヨニヨしながら叫ぶ。

 私の顔に興味がない人、と言葉にするのは簡単だけど、実際にはそうそういなかった。私が可愛いすぎるせいで。


「キミの顔? 興味ないよー。キミの中身を好きになったんだって!」って言う人なら山ほどいて。

 でも実際は、私の顔しか見てなくて。

 そいつらの言葉を信じて付き合っては失望して、もう一緒にいられないって告げて。

 そのたびに「可愛いからって調子に乗るなよ!」って言われて、もう二度とこんな奴とは付き合わないって誓って。

 そしてまた甘ぁい言葉に惑わされて付き合うっていう無限ループ。


 ……思い出したら、一気に気分が下がってきた。あーあ、最悪。



「……でも、センパイはそんなことないんだよね」



 あ、また気分上がってきたかも。


 あの人が、もし私を好きになってくれたら……付き合うのも、いいかもしれない。あっ、結構楽しそうかも!

 お付き合いとまではいかなくても、仲良しの先輩後輩っていうのも……うん、いい!


 センパイと仲良し、なりたいかも! あんな貴重な人種、逃す手はないよね!

 明日から仲良しになるために、色々頑張ってみようかな!



 家に着いて、うきうきしながら鍵を開ける。

 途端に香る甘ったるい香水の香り。玄関には男物の靴が一足。


 顔を顰めながら蹴飛ばそうとして……やめた。

 代わりに踵を揃えて、端に寄せておいた。

 だってせっかく気分がいいんだもん。ちょっとくらい優しくしてあげてもいいかな、ってね。



(それに、訊きたいこともあるし)



 恩は売っておいたほうがいいもんね。


 るんるんでリビングに入って、当然の如くいる那由多なゆたと目が合う。

 いつもなら「何でいるの! 入んないでって言ってるでしょ、このクソ野郎!」くらいの暴言は吐いているところだが、今日だけはやめてあげる。

 鞄もアイツの腹じゃなくて、アイツの隣に投げ置く。

 それくらい私は上機嫌だった。



「あれ、珍しいね。いつもなら何かしら言ってくるのに」


「んー? ふふふっ、今日ねー、ちょっといいことがあってねー」



 正直ちょっとどころではないのだが、那由多の前だから、少し茶化して言ってみる。

 だらしない顔をしているであろう私を見て、どうしてか那由多はちょっと嬉しそうに笑った。



「へぇ……何があったの?」


「えー? うーんとねー」



 えへへっと頬に両手をやって、嬉しさのままに言った。



「あのね、私のタイプど真ん中の人に会えたの!」



 その瞬間、なぜか那由多の顔がピシッと凍りついた。

 だが昔から時々あることなので、気にせずに続ける。



「女子に呼び出されて、濡れ衣着せられてた時に助けてくれてね、ほんとに王子様みたいでね! あの人なら、私、好きになれるかもしれないんだ!」



 那由多の表情がどんどん硬く、悲痛になっていく。とうとう俯いて、表情が読めなくなった。

 でもどうでもよかった。だってだって、頭の中はセンパイのことでいっぱいだったんだ。


 そのまま上機嫌にセンパイとの出会いの瞬間を語ろうとしたけど、その前に那由多が「待って。お願い、待って!」と制止をかけてきた。



「なあに。私、まだ話終わってないんだけど」


「………………れ」


「え?」



 ガバッと顔を上げた那由多を見て、どうしてか背筋がひやりとした。

 光のない、ガラス玉のように虚無な瞳が、私を貫く。



「だれが、お前に手を出したの」



 怖い、と思った。


 何か、見てはいけないものを、見てしまったかのような。

 覗いてはいけないものを、覗いてしまったかのような。



 何か言おうと唇を開いて、掠れた吐息しか漏れないことに驚く。

 そこでようやくカラカラに渇いた喉に気づいて、生唾を飲み込んで潤す。


 一度強く目を閉じてから、無理矢理いつも通りの笑みを作った。



「そのことで、訊きたかったんだよ。なにせ、名前すらわかんないからさ」



 いつもの明るい調子で言う私を、那由多は無表情で見る。

 再び湧き上がる恐怖に笑顔が消えかけた瞬間、那由多がにこりと笑った。

 いつもの飄々とした軽薄な雰囲気が広がって、あの得体の知れない不気味な空気が霧散する。



「そっかー。でも名前すらわかんないなら、特定は難しいんじゃない?」


「苗字だけはわかってるんだ。あと多分あの人、結構有名なんじゃないかな」



 私を呼び出した女子生徒は、センパイを見てすぐに名前を呼んだ。

 センパイ顔良いし優しいし、結構人気者なのではないだろうか。


 那由多は学校中に彼女がいるから、顔も広いはず。もしかしら、知り合いかもしれない。



「華道院センパイって言うんだけど、知ってる?」


「……さぁ、知らないかな。初めて聞いた」


「そっか」



 にっこり言われて、そういえばコイツは女の敵であると同時に、男の敵でもあったと思い出す。

 可愛い彼女がたくさんいるコイツは、男子の嫉妬の的だろう。

 …………男の敵で女の敵って、全人類の敵じゃん。どんだけクズなんだコイツは。


 質問する相手を間違ったなとため息を吐きつつ、「はやく出てけや」と那由多の膝に蹴りを繰り出した。

 が、ひょいっと軽く避けられて、今度は拳を構える。


 ソイツの腹に向かって正拳突きを叩き込もうとしたが、立ち上がって半身で躱されてしまった。

 そのまま腕を引き寄せられて、抱きしめられる。


 ……………………抱きしめられる??


 反射的に顔を上げると、すぐそこに目を閉じた那由多の顔が――!



「く、んなーー!!」


「わぁ」



 無我夢中で突き飛ばして、解放された反動で床に尻餅をついた。

 ぜぇぜぇ息を整えながら、笑っている無駄に良い顔を睨みつける。



「こンの、女誑し野郎! キスすれば全ての女子が堕ちるってわけじゃないんだかんねっ!」


「俺のキスを拒むのなんて、由羅李くらいだよー。ねぇさ、なんで俺とキスするの嫌なわけ? 俺顔良いし、お望みなら深いのだってしてあげるよ?」


(ファーストキッスがディープとか性急すぎる!!)



 そう、私はキスをしたことがない。私の唇は未だ未使用の新品状態である。


 立ちあがろうとしたけど、腰が抜けたらしくて足に力が入らない。

 視線が那由多より下なことに悔しさを感じつつ、精一杯反論する。



「い、いらないし! 私は! キスは本気で好きになった人としたいの!」



 続いて飛び出したのは、後にどう考えても不要だった余計な言葉。



「私とキスしたいんだったら、口説き落としてみせて!!」



 那由多の目に、なにかよくない光が宿った――気がした。


 一拍遅れて、自分がなにを言ったか理解した。

 ザッと全身の血の気が引いた。



(や――ばい。やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばい――っ!!)


「……そっか。口説き落とせば、していいんだ?」



 ひどい顔をしているであろう私を見て、那由多はすごく綺麗に笑った。

 その危うい色香に当てられて、じり、と尻餅をついた体勢のまま後退する。


 ゆっくりとした足取りで近づいてきた那由多が、ぐっと背筋を傾けて、耳元で囁く。




「覚悟しててね?」




 そのまま私の横をすり抜けて、那由多は帰って行った。


 五分くらい呆然としていたと思う。いつの間にか目に涙が滲んで、呼吸が浅くなっていた。


 心を占めるのは、後悔と絶望の念。



「………………………………やばい……………………」



 那由多は、やると言ったらやる。

 絶対に、本気で私を堕とそうとしてくる。私が折れるまで、何度も何度も。


 嘘でしょう? いつか、好きにならなきゃいけないの?

 アイツを――那由多を。



「お……堕ちる、もんかああぁぁぁ!」



 そうだ、堕ちるもんか。私は、絶対絶対堕ちたりしない!

 あんなクズを好きに、なんて……ぜぇったい、なってやんないんだから!

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