大っ嫌いなアイツ
突然だが、あなたは告白されたことがあるだろうか。
ちなみに私はある。一週間に一回どころか、一日に三回はある。
なんなら現在進行形で受けていたりする。
「星崎由羅李さん! 一目惚れしました! 好きです、付き合ってください!!」
「無理ですごめんなさい」
デカい声に鼓膜が揺れるのを感じながら、いつもの定型文を無感情に告げる。心なしか早口だったかもだけど、まあいいよね。
ちなみにこれは本日四回目の告白。……今日は多いね?
告白を断られた人の行動は、大抵二パターンに分かれる。
食い下がる人と、意気消沈して去る人だ。
「な、なら、お友達からでも!」
「無理ですごめんなさい」
(めんどくせぇ)
なおこの方は前者だった様子。マジでこのパターンめんどくせぇ。
無表情で言われて、さすがに脈なしだと諦めたらしい。泣きそうな顔で駆けて行った。
告白を断ったら、泣いてこっちが悪者みたいな雰囲気になる。でも呼び出しを無視すると、調子に乗ってるとか悪い噂が出回って面倒だ。
だから毎回、来たくもないような屋上に来ている。
(……今日は悪い日だなぁ)
ギィ、と屋上の扉が軋む音が鳴り、私は思わず疲労の息を吐いた。
告白なんて、正直されても嬉しくない。なぜなら大抵の理由が、見た目なのだ。
自分の見目が整っていることくらい、とっくに自覚している。というか、十七年間ずっと特別扱いされてきて、気づかないなんて鈍感にも程がある。
光の加減で薄ら桃色がかかる白髪。
星屑が舞い散る金色の瞳。それを縁取る長い睫毛。
光を跳ね返す白い肌は雪のよう。スラリとした四肢と華奢な身体つきは、どこか危うい儚さ。
自分がとびきり可愛いってことは、鏡を見るたびに思う。
私は可愛い。世界一可愛い。これは誇張でも自慢でもなく、ただの事実だ。
だから“可愛い”だとか“きれい”だとか“天使みたい”だとか、そんな口説き文句は耳にタコができるほど聞いてきた。
でも、一度だって心が揺れたことはなかった。
言われるたびに思う。
――もし私の顔が傷ついても、変わらず私を愛してくれる?
「あら、贅沢な悩みね。さすがは校内ナンバーワン美少女」
「揶揄わないでよ、紫乃。真剣なんだよ」
昼食の弁当を箸で突きながら、目の前の親友をジトっと睨む。
だが当の本人は余裕綽々の表情で小首を傾げてみせる。
「だってそうでしょう? どれだけの女性が、容姿に恵まれず辛い思いをしていると思っているの?」
「そうかもだけど、可愛すぎも困るんだよ」
確かに可愛いのは悪いことじゃない。私も可愛くあれるのは嬉しいし、楽しい。
他より可愛いっていうだけで、みんな私を贔屓してくれるし、お店で特別なおまけやサービスをもらうことだって少なくない。
自分で自分を磨くのも楽しい。日頃ケアして最上級に保っている可愛さに、メイクで少し煌めきをかける。それだけでもう、恐ろしいくらいの美少女になれる。本当に最高だと思う。
でも、男子はちょっと気を使うだけで、その気があると思って告白してくる。断ったら、好きじゃないなら思わせぶりなことをするなとキレられる。
中には彼女がいる男子もいて、「私の彼氏をとったな」と修羅場になったこともある。
可愛い女子は可愛い女子なりに、面倒事が付きまとうのだ。
「ほどほどに可愛いくらいが、世の中一番生きやすいんだよ」
言いながら卵焼きをパクッと口に入れる。
私は甘い派よりしょっぱい派なので、醤油多めのレシピだ。美味しい。
うまうましていると、クラスの男子たちが近づいてくるのが視界に入った。反射的にスンッと表情を消す。
「あの、星崎さん。よかったら、俺たちも一緒に昼食をとってもいいかな?」
先頭に立っている男子が、代表で声をかけてくる。
彼は確か、クラスでも人気な男子の……山、田? 山口? ……なんだっけな。
内心首を傾げつつ、抑揚のない声を意識して告げる。
「無理ですごめんなさい」
「えっ…………そ、そっか。なら、音成さんだけでも……」
自分に自信があったのか、この俺が断れたなんて嘘だろうという表情をした。だがすぐにターゲットを紫乃に切り替える山ナントカ。
というか、これはアレだな。美人なら誰でもいいタイプだ。
紫乃は私ほどじゃないけど、結構な美人だ。
腰まで伸びた黒髪、紫紺の瞳。お淑やかな仕草。背が高くてスタイルもいい。
まさしく大和撫子。ついでに頼り甲斐がある美人ナンバーワン。
そんなお淑やか系美人は、苦笑しながら片手を振る。
「ごめんなさいね。今は由羅李と食事をしているから」
「そ、そっか……あ! なら明日は――」
「無理ですごめんなさい」
「……そ、そっか、うん。じゃ、じゃあ……」
何度も断られて、さすがに諦めたらしい。取り巻きを引き連れてトボトボと帰って行った。
ほらね困るでしょ、と紫乃を見ると、苦笑を零された。
「彼、よかったの? 学年でも有名なイケメンよ?」
「知らないし、興味ない。というか紫乃だって断ったじゃん」
「彼氏がいるのに、別の男子と昼食なんてできるわけないじゃない」
さらりと言われて、そうだったと思い出す。紫乃は大学生の彼氏がいるんだった。
相当彼にゾッコンらしく、しょっちゅう惚気話を聞かされていた。
誰に告白されても頷かなかった高嶺の花に彼氏がいるとわかった時は、学校中が阿鼻叫喚(主に男子が)だった。
「そっか。でも私、イケメンとは思わなかったかな」
躊躇う理由もないし誤解されたくないのでズバッと言うと、背後で悲痛な呻き声が聞こえた気がした。
それを無視して続ける。
「名前すら知らないし。どうでもいいかな」
「ああ……そう。そうなのね。でももっと言葉をオブラートに包んだ方がいいわよ」
「知らない」
ぷいっと顔を背けて、紫乃の弁当からミートボールを頂戴する。
あーと抗議の目で見られたが、口に肉巻きアスパラガスを突っ込むと、目をキラキラさせて何も言わなくなった。
そうして二人でうまうましていると、突然廊下の方が騒がしくなった。
女子の黄色い悲鳴が響いている。少しうるさいくらいだ。
「ねぇ、由羅李。あれって……」
「あーわかってる。わかってるから言わないでお願い」
何か言いたげな紫乃の言葉を遮って止める。同情したような視線が痛い。
せっかく楽しく食事していたのに最悪だ、と内心で毒づく。
黄色い悲鳴はどんどん大きくなっていく。
「ヤバい、かっこよすぎ……!」
「いつ見てもイケメンすぎて死ねる!」
「あー、何番目でもいいから、彼女になりたいなぁ」
(バカバカしい)
内心で毒づく。
本当にバカバカしいと思う。あんな男の何がいいのか。
騒ぎの元凶がちょうど扉の前を通った。
派手な女子たちに抱きつかれて平然としている。混ざり合った甘ったるい香水が漂ってきて、軽い吐き気を覚える。
顔を顰めた時、ソイツと視線が合いかけて、慌てて顔を背ける。
視界から外れる瞬間、ソイツは私に笑いかけてきた。
瞬間、クラス中の女子が叫んで、黄色い悲鳴が爆発する。
「きゃああああああ!!」
「うそ、私に笑いかけてくれた!」
「はあ!? 何言ってんの、私に決まってるでしょ!?」
騒ぎ出したクラスに、ソイツは愉快そうに笑いながら通り過ぎていった。
飛び交う醜い言い争いを無視して、弁当箱を片付ける。
どうやったらあんなに勘違いができるんだろうと呟くと、近くにいた一軍女子たちがギロリと睨みつけてきた。
美少女は引っ込んでろ、ということらしい。了解と返す代わりに肩をすくめてみせる。
(あーあ。今日はほんとに、悪い日だなぁ)
ため息をついて、次の授業の準備を始めた。
☆☆*:.。. o .。.:*☆
「…………疲れた」
ため息を吐く。この一日で、どれだけの幸せが逃げたことだろう。
今日は本当に散々だ。告白は多いし一軍女子には睨まれるし、放課後は担任に雑用まで頼まれた。
「お願いだからこれ以上はやめてほしい……」
だがこんなに切実に祈っているのに、何故だろうか。先程から嫌な悪寒が止まらない。
お願いします……と魂を込めて神に祈りを捧げる。
家について扉を開けると、男物の靴が一足あった。
うわあ、と顔を思いっきり顰めてそれを蹴り飛ばす。
私は現在一人暮らしだ。といっても、別に両親が他界したとかではない。
両親は幼い頃に離婚して、私は父親に引き取られた。その父親も今は海外でバリバリに働いている、というだけだ。
当然、この家にあるのも私の靴だけ……なのだが、コイツは勝手に入ってくる例外だ。
ドスドスと足音を立てながら家に上がって、人の気配に舌打ちする。漂う甘ったるい香水は、私の趣味じゃないと何度も言っているが、アイツは一向に香水を変えないから苛立つ。
リビングには、よくよく知っている予想通りの顔があった。
「ほんっっと、最悪」
「そこまで言わなくてもよくない?」
傷つくよ? という言葉とは裏腹に、口元には余裕の笑み。楽しくて仕方がないといった様子に腹が立つ。
濡羽色の髪に藍色の瞳。色香を纏う甘い顔立は、確かに整っていると思う。
耳元のピアスをチャラリと鳴らして、大嫌いなソイツは笑う。
「マジでお前、嫌い」
「つれないなあ。幼馴染じゃん、優しくしてよ」
馴れ馴れしい口調に嫌悪感が募る。
私の幼馴染で腐れ縁のコイツは、天王寺那由多。
十を超える彼女がいる、正真正銘のクズ野郎だ。




