(4)
彼らをエレベーターまで見送ると、最上階に残っているのは2人だけになった。
「お疲れ様」
冷蔵庫で冷やしておいたシャンパンで乾杯した。
文字通り疲れてはいたが、それが心地よかった。
それに何より1日中お客様と美容師たちの弾けるような笑顔に包まれたことがありがたく、嬉しくて仕方なかった。
正に至福の時を過ごすことができた。
わたしたちはこの日のことを一生、忘れないだろう。
幸先の良いスタートが切れたことに感謝して、もう一度乾杯した。
グラスを置いた夢丘は、窓際に立って眼下の街の灯りを見下ろしていた。
そんな彼女の横顔を見て、〈今だ、今しかない〉と胸に秘めていた言葉を確認した。
オープン初日の夜、彼女に伝える言葉を。
部屋の電気を消すと、窓から見える東京の夜景が光のオブジェとなって輝きを増した。
見上げると、夜空には満天の星が輝いていた。
まるで天空の美容室の門出を祝うように。
そしてロマンティックなムードを盛り上げるように。
「きれいね」
ため息のような呟きが耳に届いた。
わたしは近づき、腰に手を回そうとした。
その時、
「50年後もこうやって乾杯できたらいいな」
潤んだ瞳でわたしを見た。
えっ?
50年後って……、
それって、金婚式のこと?
あっ、
…………、
天空のプロポーズを、夢丘に言われてしまった。
あ~、
思い描いた通りにならなかったので思わず声を出しそうになったが、すんでのところで胸の内にとどめた。
でも、不思議とガッカリはしなかった。
なにも、男がプロポーズをするのが決まりではないのだ。
愛する女性から一生に一度の言葉を聞くのは最高に嬉しいことだし、特別な瞬間のように感じた。
だから、胸に秘めていた言葉を素直に出すことができた。
「君への愛の証として」
後ろ手に持った小箱を彼女に差し出し、静かに蓋を開けた。
その瞬間、彼女の顔がみるみる崩れていった。
今夜プレゼントされるとは思っていなかったのだろう、突然のことに平静ではいられなくなったようだった。
「永遠の愛を誓って」
わたしは指環を取り出し、彼女の左手の小指にそれをはめた。
すると、ダイヤモンドの輝きの上に真珠のような涙が落ちた。
煌めきが見守る中、わたしは唇を合わせ、「ありがとう」と呟いた。




