(7)
色々あったが、その間も夢丘との関係は進展を続けていた。
時々、泊まりに行くようになったのだ。
その度に、同棲という言葉が浮かんできて、その甘美な響きに酔いしれそうになった。
そして、新しい部屋を借りて二人で住むことを夢見るようになった。
それでも、最優先が開業準備であることに変わりはなかった。
夢丘は施術中に流す音楽のことが頭から離れないようだった。
「他の美容室とは違う選曲をしたいの」
半同棲を始めてから夢丘の言葉遣いが変化してきていた。
もう年上に対する丁寧語は出てこなくなった。
でも、それが嬉しかった。
より身近になれた実感が心地よかった。
「で、どうしたいの?」
「うん、今まで多くの美容室に行って、どんな曲が流れているのか調べてきたんだけど、多分、配信会社が美容室向けにアレンジしたプレイリストを使っているんだと思うの」
だから、それを使わないで、自分で選曲してプレイリストを作りたいのだという。
「でも、それって可能なの?」
「大丈夫。調べたら、とってもいいシステムがあったの。ものすごい数の中から検索ができて、それを追加していくだけだから簡単そうなの」
そして、ミュージシャンの名前を書いたメモをこちらに向けた。
そこには、リチャード・クレイダーマン、カーペンターズ、アバ、ビーチボーイズ、ヨーロピアン・ジャズ・トリオ、ケニーGなどの名前が記されていた。
「開業する月はリチャード・クレイダーマンで、その翌月はカーペンターズ、そして、夏になったらビーチボーイズやアバ、秋にはヨーロピアン・ジャズ・トリオ、冬にはケニーGという感じでどうかなって思っているの」
特に、リチャード・クレイダーマンには思い入れがあるという。
「お母さんが大ファンで、家でよく彼の曲をかけていたの。そのせいか、体の一部のようになっていて、彼のピアノを聴くと、とても落ち着くの」
そう言ってCDをかけてくれたが、彼女の言う通り、安らぎをもたらすメロディに間違いなかった。
それを伝えると、思い切り顔が綻んだ。
それだけでなく、蘊蓄が止まらなくなった。
1953年にフランスのパリ郊外で生まれたリチャード・クレイダーマンは、1977年に『渚のアデリーヌ』でデビューすると、その美しいメロディと王子様のようなルックスで瞬く間にスターとなり、『イージーリスニング界の貴公子』と呼ばれるようになった。その後もヒット曲を連発し、コンサート活動を精力的に行った結果、ギネスブックで『世界で最も成功したピアニスト』に認定されるというところまで上り詰めた。日本にも多くのファンがおり、毎年のようにコンサートを行っている。
「へ~、凄い人なんだね」
「そうなの。でも、それだけではなくて、人間性も最高なの」
ファンをとても大切にする人で、コンサートに行った人は誰もが感激するという。
それに、日本が大好きで40年間欠かさず来日しているのだという。
「へ~、40年て、凄いね。そんな人、他にはいないよ」
「そうでしょう。だからオープンする日に流したいの。賛成してくれる?」
「もちろん」
ピアノを弾く振りをして彼女を笑わせると、「ありがとう」といって顔を寄せてきた。渚のアデリーヌが部屋の中を満たす中、彼女の唇がわたしに触れた。




