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 履歴書を送ると、面談という名の面接を1週間後に行うと連絡があった。

 人事部長と経営企画部長が対応するという。

 宮国のことだから一人でも心配なかったが、念のためにわたしも付き添うことにした。


        *


 当日になった。

 久々のQOL薬品本社だった。

 外観は何も変わっていなかったが、玄関のガラスドアの前に立つと、何故か緊張した。

 それでも、受付に顔見知りの女性がいたので、すぐに緊張は解けた。


 7階の応接に通された。

 役員応接だった。

 入ったことがないので、また緊張したが、宮国はそれ以上に緊張しているはずで、しっかりしろ、と自らに気合を入れた。


        *


 ほとんど待つこともなく、人事部長と経営企画部長が部屋に入ってきた。


「高彩さん、お久しぶりです」


 人事部長が笑みを向けてくれた。

 数回しか話したことがない間柄なので親しいわけではなかったが、社長の紹介ということもあるので、愛想よく接してくれたのだろう。

 経営企画部長は初めて見る顔だった。

 それもそのはずで、わたしが辞めてから中途採用で入社したらしい。

 誰でも知っている大手メーカーの開発部門から転職したと自己紹介した。


「宮国さんは研究開発推進本部にいらっしゃるのですね」


 人事部長が口火を切ると、宮国が履歴書に沿って説明をし、それが終わると、経営企画部長が具体的な質問を始めた。


「皮膚科や眼科といったニッチ領域でグローバル・ナンバーワンを目指すという提言を会社にされたそうですが、もう少し具体的にご説明いただけませんか」


「はい。当時、会社の主力は生活習慣病薬でしたが、厳しい競争にさらされていて、何も手を打たないとじり貧になる危険性がありました。そこで、将来のポートフォリオを考えるプロジェクトが始まりました。議論する中で他のメンバーが強く推したのが、遺伝子治療や抗体医薬のバイオベンチャーを買収して、がん治療薬を将来の経営の柱とするというものでした。しかし、それには莫大な投資が必要で、しかも、リスクの大きさを考えると、とても手を出す分野だとは思えませんでした。それで、大手企業との競合を避けて皮膚科や眼科といったニッチ領域でグローバル・ナンバーワンを目指す案を提案しましたが、残念ながら採用されることはありませんでした。でも、今でもこの提案は間違っていなかったと思っています」


 遺伝子治療や抗体医薬を開発しているベンチャー企業を買収するには数千億円規模の投資が必要であること、例え買収できたとしても上市(じょうし)(発売)できる可能性は高いとは言えないこと、しかも、それら新領域の薬を評価できる社内基盤が脆弱(ぜいじゃく)なこと、そういうことを総合すると、かなり無理のある決断だと今も思っていると吐露した。その上で、持論を展開した。


「ニッチ領域と言っても、世界を相手にすればかなりのマーケットになる領域がいくつも存在します。例えば、皮膚科領域では表皮水泡症や天疱瘡(てんぽうそう)膿疱性(のうほうせい)感染などがありますし、眼科領域では網膜色素変性症や黄斑(おうはん)ジストロフィーなどがあります。また、耳鼻科領域では突発性難聴がありますし、難病ではありませんが、耳鳴りで悩んでいる人も数多くいます。このように、アンメットメディカルニーズ(治療法の見つかっていない疾患の医療ニーズ)はまだ数多く存在しているのです」


「なるほど。仰る通りだと思います。ただ、それを開発するとなると、莫大な費用と期間が必要になるのではないでしょうか」


 開発部門出身の経営企画部長だけあって、その実態はよく知っているようだった。


「はい。簡単ではありません。ほとんどが治療薬のない分野ですので、一から始めるとなると大変なことになります」


「ですよね。それなのにニッチ分野を強く推されるということは、何かヒントというか、情報をお持ちなのですか?」


 経営企画部長が身を乗り出すと、宮国の口が動きかけたが、声は出てこなかった。


「ここでは開示できない内容でしょうか?」


 更に身を乗り出すと、それに押されたように、仕方なくといった感じで宮国が口を開いた。


「いくつか情報を持っていますが、守秘義務がありますので、ここでお話しするわけにはいきません。申し訳ないですが」


 しかし、経営企画部長は諦めなかった。


「ヒントの欠片だけでも教えていただけないですか?」


 それでも、宮国が口を割ることはなかった。

 すると、経営企画部長が質問の方向性を変えた。


「例えば、サイトカインの抑制とか、血管内増殖因子の抑制とか、有毛細胞の再生とかでしょうか」


 具体的な内容に触れられると、さすがに宮国もポーカーフェイスを続けることができなくなったらしく、頬を少し緩めた。

 しかし、口が開くことはなかった。

 それでも、経営企画部長の表情に落胆の色は見えなかった。


「わかりました」


 それだけ言って、経営企画部長も口を(つぐ)んだ。

 わたしにはよくわからなかったが、彼にはあれだけで十分のようだった。


 その後、人事部長からいくつかの質問と説明があり、面談は終わった。

 近日中に連絡をするということを告げられて、その場を辞した。



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