✂ 第12章 ✂ 天空の美容室(1)
オープン予定日の1カ月前になった。
内装工事は順調に進んでおり、採用通知を出した美容師とアシスタントから辞退もなく、すべては計画通りだった。
しかし、ただ一つ、解決していないことがあった。
通訳だ。
外国の女性ミュージシャンに対しては神山不動産が国際部の女性社員を通訳として派遣してくれることになったので問題はなくなったが、一般の外国女性客への対応が決まっていなかった。
常に来店するわけではないので通訳を常駐させるわけにはいかないし、といって、予約が入る度に派遣依頼を出すのもリスクがある。都合よく対応できる人がいるとは限らないからだ。依頼がいつあるかわからないのに、人材を確保してくれる派遣会社なんてあるはずがない。
神山に相談することもできなかった。
彼の会社の社員にもそれぞれの仕事があるのだ。時々美容院を手伝って欲しいとは言えない。
ホームページの英語対応は終わっていたが、女性ミュージシャン以外の外国人客は当面受け入れられそうもない。
残念な話だが、外国人客の受け入れは諦めざるを得なかった。
*
外国人客については残念な結果となったが、開業準備は着々と進んでいた。
シャンプーやトリートメントなどを扱う美容商社も決まったし、美容師とアシスタントの集合教育も2回実施した。
夢丘と富士澤と一緒に、オープンした時の業務の流れなどのシミュレーションも行った。
手抜かりはないはずだった。
あとは、税務署での手続きとなるが、保健所や消防署の検査と同様に神山不動産が対応してくれるので問題はない。
客とのトラブルに備えた賠償保険にも加入してくれている。
万事、問題なさそうだった。
その後も細々としたチェックを続けていたが、ホームページの確認を3人でしている時、夢丘が思いついたように口を開いた。
「今、思ったんですけど、日本語を話せる外国のお客さんなら対応できるんじゃないかなって」
「えっ!」
目から鱗だった。外国人の客=外国語と考えていたから、日本語を話す外国人という発想が出てこなかった。
「確かに。アニメの影響なんかで日本語を話す外国の人が増えているって聞いたことがあるから、意外と多いかもしれないね」
富士澤が納得顔で頷いた。
「そうなんです。昨日テレビを見ていたら、日本語でインタビューに答える外国人が結構いて、もしかしてって思ったんです」
「そうだよね。スラスラでなくても、片言でも話せたら結構通じるよね。そう思わない?」
富士澤に話を振られて、わたしも頷いた。
「確かにそうですね。混み入った話をするわけではないですから、片言でも話せれば十分ですね」
「大丈夫だと思います。施術の選択についてはホームページでチェックしておいてもらえればいいですし、来店した時の再確認は日本語と英語を併記した紙をパウチして、それを見ながらやればいいので、問題ないと思います」
すると、富士澤が頷いたが、まだ大事なことが残っているという。
「細かな要望をどう掴むか、それを考えないといけないね。どういう髪型にしたいのか、というのは人それぞれだから、そのニュアンスを知るためには……」
そこで思案顔になった。〈ここをこういうふうにして〉とか、〈こんな感じで〉とかいう細かな要望を知ることはとても大事なことなのだが、片言とジェスチャーだけでは難しいという。
「う~ん、そうですね~」
実際の施術の場面を思い出しているのか、夢丘も困り顔になった。
「そうだよね~」
わたしの声も沈んでしまった。客が要望する細かなニュアンスを掴むことが大事なのは明らかだった。片言ではうまく掴めない。
それに、美容師ではないわたしに何か言えることはなかった。
それでも、客の立場で考えれば何か思い浮かぶかもしれないと思って施術を受ける場面を想像すると、何故か翻訳機のことが思い出された。東京美容支援開発の担当者が話していたAI翻訳機のことだ。
もしかして……、
ひょっとしたらAI翻訳機が使えるかもしれないことを2人に伝えると、早速、試してみようということになった。
すぐさま担当者に電話を入れて、一つ貸してもらうことにした。




