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 それからが長かった。

 1週間後に返事をもらうことにして店長と別れたが、受諾の可能性が不明な中で過ごす日々は不安の方が大きかった。

 例え優秀な美容師が10人採用できたとしても、マネジメント経験のない夢丘が彼らを取り仕切るのは無理がある。店長の助けがどうしても必要なのだ。


「頼みます」


 店長が勤める美容室の方角に向かって手を合わせて、日に何度もテレパシーを送った。


        *


 眠りの浅い日が続いて、やっと1週間が経った。

 起きて、カーテンを開けると、窓に雨粒が当たっていた。

 空はどんよりと曇り、明るさは晴れた日の10%もないように感じた。

 嫌な予感がした。

 縁起でもないので、すぐに打ち消したが、その度に予感が追いかけてきた。

 わたしは無理矢理、明るい音楽をかけて、心の中を空っぽにした。


 出かける準備をしている時、スマホが鳴った。

 店長からだった。

 嫌な予感が当たったと思った。

 直前の電話に良かった試しはない。

 それでも、出ないわけにはいかず、通話をONにした。


 案の定だった。

 今日は会えないという。

 まだ気持ちを決めきれないという。

 安定した職場を捨てて新たな挑戦をすることに不安があるし、それに、奥さんの賛成も得られていないので、話し合いの時間がもっと必要だという。


「わかりました」


 あと1週間欲しいということだったので、喉仏(のどぼとけ)まで出かかっていた「良い結果をお待ちしています」という声を飲み込んで、通話をOFFにした。


        *


「奥さんが反対されているのでしょうか?」


 店長と会う予定だった吉祥寺駅前の喫茶店で、夢丘が不安そうな声を出した。


「うん、そうかもしれないね。小さなお子さんがいらっしゃるみたいだから、安定した職場を捨てるのに抵抗があるのかもしれないね」


 年収1,000万円を提示したが、個人事業主であり業務委託契約ということを考えると、奥さんが不安に感じるのは当たり前のように思えた。これから教育費にお金がかかっていくだろうし、家の住み替えや購入も検討されるとなると、将来のことが計算できる安定した待遇に勝るものは無いのだ。


「店長がその気になってくれたとしても、奥さんの同意を得るのは簡単ではないかもしれないね」


「そうですよね~、ふ~」


 左手で頬杖をついた夢丘の語尾がため息のようになった。

 それはそうだ、美容師の候補者選定が順調に進んでいるという報告を受けているのだ。どうにもならないもどかしさを隠すことはできない。

 わたしも同じように息を吐きたかった。でも、それをするとどんどん深みに入っていくような気がしたので、すんでのところで止めた。


「とにかく、1週間後に良い返事が来ることを信じて待っていようよ」


 無理矢理、笑みを浮かべようとしたが、うまくできなかった。

 それを見て夢丘も口角を上げたが、目は笑っていなかった。

 これからも眠りの浅い夜が続くのかと思うと、気が重くなった。



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