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「お話はわかりました。ただ、トップクラスの美容師をリクルートするとなると、かなりの条件を提示する必要があります」
東京の美容師の平均年収が450万円程度なので、その1.5倍は出す必要があるという。
「ということは……、700万円ですか」
「そうですね、最低でも600万円は提示する必要があるでしょうね」
「それは若い人でも同じですか?」
「そうです。腕に若いも若くないもありませんから」
そうだった。
経験を積めばうまくなるという世界ではない。
センスがなければお客様を魅了するテクニックは身に付かないだろう。
「わかりました。ということは、10人を雇うとなると、6,000万円から7,000万円を見ておく必要があるわけですね」
「そうです」
「わかりました。次にアシスタントの件ですが、これはどのくらいを見ておけばいいですか?」
「そうですね~、年収で言うと200万円から300万円と幅がありますが、優秀な人を雇うとすると、300万円はみていただいたほうがいいと思います」
「ということは、5人で1,500万円ですね。美容師と合わせると、7,500万円から8,500万円ですか……」
想像以上の金額に声が出なくなった。
それは夢丘も同じようで、口に手を当てて思案顔になっていた。
それに、夢丘と店長の年収を合わせると、人件費だけで1億円という途轍もない金額になるのだ。誰だって声が出なくなる。
「う~ん……」
これに見合う売上を考えると、唸るような声しか出て行かなかった。
夢丘はまだ口に手を当てたままだった。
*
「人件費1億円を賄うための売上って、どれくらい必要なのでしょうか?」
東京美容支援開発を出て、近くのファミレスに入り、席に座った途端、困惑顔が続く夢丘が縋るような目を向けてきた。
まだ客は多くなく、前後の席も横の席も人がいなかったが、それでも声を落として、話の内容が漏れないように気を使っているようだった。
「そうだね~、業務委託契約と神山が言っていたから、仮に50%が美容師側の取り分とすると、最低2億円が必要になるね。但し、消耗品代や利益を考慮する前だから、それを入れると、2億5千万円から3億円必要かもしれないね」
「3億……」
現実離れしたその数字に思考の焦点が合わないのか、口が開いたままになっていた。
それは理解できた。
施術代を1人15,000円とすると、2万人分が必要なのだ。
365日で割ると、1日55人。
座席数が10だから、日に5.5回転。
施術時間は最低2時間はかかるから、営業時間は11時間。
10時開店で21時まで毎日フル稼働ということになる。
飲まず食わず休まずで365日働くことになるのだ。
しかし、それは不可能だった。
ロボットではあるまいし、人間にそれを求めるのは無理だった。
いや、例えロボットだとしても定期的なメンテナンスがいる。
「無理だね」
「そうですね」
わたしがメモに書いた数字を見つめながら、虚ろな声を出した。
「断るしかないね」
返事は返ってこなかった。
弱々しい頷きだけが唯一の反応だった。




